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スポットライトリサーチ

リチウムを用いたメカノケミカル脱水素環化法によるナノグラフェン合成

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第531回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域 有機化学研究室(伊丹研究室)に在籍されていた藤代 栞奈 (ふじしろ かんな)さんにお願いしました。

伊丹研究室は、カーボンナノリング、ナノグラフェン様分子など、様々な構造を有する芳香族中分子〜高分子の合成を多数報告しています。本プレスリリースの研究内容はナノグラフェンの合成についてで、ナノグラフェン合成の最終工程の脱水素環化(通称グラフェン化)において、空気中で比較的安全に取り扱えるリチウムを用いて、有機溶媒をほとんど使わずに(従来の250分の1以下)固体状態での迅速合成(最短5分)が可能となる新手法を開発しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Lithium-Mediated Mechanochemical Cyclodehydrogenation

Kanna Fujishiro, Yuta Morinaka, Yohei Ono, Tsuyoshi Tanaka, Lawrence T. Scott, Hideto Ito*, and Kenichiro Itami*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 14, 8163–8175

DOI: doi.org/10.1021/jacs.3c01185

本記事のアイキャッチ画像は名古屋大学ITbMの高橋一誠講師により作成されたものです。

指導教員である伊藤先生伊丹先生より、藤代さんについてコメントを頂戴いたしました!

伊藤英人 先生より

藤代さんは新型コロナウィルス流行の2020年4月に研究室に配属され、メカノケミカル反応を含めて新しい構造のナノグラフェンを合成するというテーマで研究活動をスタートしました。メカノケミカル反応を使ったナノカーボン合成自体の構想は2017年ボールミルメーカーであるVerder-Scientific社とIRMAILの研究企画賞を頂いた時からあったのですが、学生に部分的にしか試してもらったことがなく全くうまくいっていませんでした。その後、2019年に北海道大学の伊藤肇先生や久保田浩司先生のCREST研究に参加させてもらったことを皮切りに、きちんとしたテーマとして初めて藤代さんに託したものでした。コロナ渦もあり、2021年秋までは全く良い結果が得られず、内心藤代さんのメンタルを心配していましたが、めげることなくなんでも色々試してくれる研究姿勢には僕自身も大いに助けれられました。この頃にメカノケミカル脱水素環化に舵を切り、誰もやっていなかった金属リチウムを使った固体反応を試すことになります。最初の1,1’-ビナフチルからペリレンが合成できたTLCを見せてもらいましたが、綺麗に光り輝く(蛍光)ペリレンを見て反応の綺麗さに僕も感動を覚えました。その後は凄まじかったですね。水を得た魚の如く、ボールを得たボールミルのようにゴリゴリ実験を進め、溶液系では実現できないメカノケミカル反応へと確立してくれました。特に、2022年〜2023年3月の卒業まで、年末年始土日も含めてラボの誰よりも頑張っている姿は、研究室メンバーにとって良い刺激になり、僕も藤代さんと研究について日々ディスカッションして試行錯誤できた3年間はとても良い思い出となり、彼女の有終の美となる今回の論文も非常に満足するものとなりました。個人的に博士課程への進学を何度も勧めましたが、いつか博士号を取得しに戻ってくるのではと根拠のない淡い期待を抱きつつ、企業でもきっと大活躍してくれるであろう藤代さんの将来を祈願して、卒業を見送りました。

伊丹健一郎 先生より

この研究の(私自身の)出発点は伊藤肇さん(一生頭の上がらない学生時代の大先輩!)とのディスカッションにありました。難溶性分子の合成のために溶解性置換基を分子につけるという従来型アプローチから脱却したいよねと2019年5月に集中講義に来て下さったときに意気投合して、その後伊藤英人君を伊藤さんのCREST研究に参加させてもらう形でうちの研究室でもボールミル合成化学がスタートしました(伊藤が多くてわかりにくくてすみません)。今回の主役の藤代さんは配属当初はメカノケミカルとは違うアプローチで新奇なナノグラフェンの合成を行っていましたが、M1の秋に今回の反応を発見して論文化に至りました。彼女が、最適な条件を見つけ出し、自らの反応の有用性を最もわかりやすい形で示していくプロセスは、藤代イズム満載でした。1ミリの妥協も許さず、徹底的に(本当に徹底的に!)反応のパラメータを最適化していきました。鬼のように実験をして、我々はただただそれを見守っているような状況でした。藤代さんでなければこの作品はできなかったと横で見ていた研究室メンバーは全員納得するものでした。リチウムとメカノのコラボでこんなにシンプルで強力な合成化学ができるのかとただただ驚いています。脱水素環化ならば、Scholl法、Scott法に続く藤代法として化学の歴史に残るものと思っています。常に一生懸命で、心優しく、少し頑固で、なんだかんだ言って、でもとにかく超努力家の藤代さん。3年間で大成長を遂げた彼女がこれから企業研究者として歴史に残る作品を作る日を楽しみにしています。藤代さん、本当におめでとう!!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

現在、最も汎用されているナノグラフェンの合成法として、ベンゼン環が連なった前駆体に対し脱水素環化反応を施す手法が知られています。塩化鉄などの酸化剤を用いた脱水素環化反応はScholl(ショール)反応とも呼ばれ、100年前に開発されて以降、近年では100報以上の関連論文が毎年報告されています。しかし、前駆体の構造によっては望まない転位反応が起こることや、電子不足な芳香環を含む前駆体は酸化されにくく反応が進行しないことが知られており、適用できる基質には限りがあります。

今回我々は、空気中で比較的安全に取り扱えるリチウムを用いて、有機溶媒をほとんど使わずに固体状態でナノグラフェンを効率よく合成する新手法を開発しました。成功の鍵は、「ボールミル」と呼ばれるステンレス製の粉砕機で固体反応剤どうしを有機溶媒に溶かすことなく機械的に混合攪拌して反応(メカノケミカル反応)させたことにあります。リチウムは金属の中で最大の還元力をもつ一方で金属塊状態で安定であり、溶液中での実効的な反応性が低い金属でした。その反面、リチウムはワイヤー状金属などとして非常に取り扱いやすく、空気中でも比較的安全に取り扱うことができます。今回、ボールミルによるメカノケミカル反応を用いて、溶液中では実現できなかった「リチウムと反応基質の高分散状態」を作り出すことで、高活性な脱水素環化反応が可能となりました。また、開発した反応を用いて、これまで溶液中合成が不可能であった不溶性クインテリレンをはじめとする20種類以上のナノグラフェンの短時間・高効率合成が可能となりました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるところは、ボールミルを用いればリチウムが新たな脱水素環化反応剤として使えることを見つけた点です。本反応を開発する前には、「固体状態での反応が可能なボールミルを用いれば、溶解性が低いナノグラフェンを効率よく合成できるのではないか」という仮説のもと、ボールミルを用いてナノグラフェンを合成する他の形式の反応を検討していました。しかし、初期に試したいくつかの反応は、ボールミルを用いた条件よりも通常の溶液条件の方が収率が良いなど、期待していた結果は得られませんでした。その中で、アルカリ金属を用いた固体中脱水素環化反応の検討を少しずつ始め、これまで報告されていなかったリチウムを使った反応が効率よく進行する条件を見つけることができました。反応の進行を確認した時の嬉しさは今でもよく覚えており、TLCプレート上でオレンジ色蛍光を発するペリレンのスポットがspot-to-spotで観察された時にとても感動しました。結果として、ボールミルを使ってこそ実現できた反応となり、従来の脱水素環化反応の適用限界を突破することができて非常に満足しています。また、研究室にはボールミルを使うメンバーが少なく、反応のセットアップは自分なりに工夫・改良を重ねました。操作が簡単で実用的な反応だと思いますので、今後ナノグラフェン合成の手法として活用されることを願っています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

生成物の溶解性が非常に低く、精製や分析が難しかったです。重クロロホルム中・室温でのNMR測定が難しい生成物が多く、加熱して長時間測定することがしばしばありました。論文投稿前には、研究棟の一番性能の良いNMR装置を毎晩のように貸し切っていました。特に、ナフタレン骨格が5つ縮環した構造をもつクインテリレンという化合物は、あらゆる溶媒に溶けず、カラムクロマトグラフィーなど通常の精製方法が使えませんでした。研究室の先生方や先輩方とディスカッションを重ね、反応条件・精製方法を繰り返し検討しました。クインテリレンが生成していることは、質量分析、ラマン・IR分光、還元してのNMR測定など間接証拠を集めることでなんとか確認することができました。クインテリレンの合成は大変でしたが、不溶性のナノグラフェン合成にとってメカノケミカル反応が適していることを示す最良の実施例となったと思っています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

2023年度からは化学系企業に勤務しています。大学での基礎研究とは大きく異なる仕事をすることになると思いますが、今後もずっと化学と関わり続けていきたいです。また、専攻の異なる友人と話していると、化学は親しみにくい学問なのだということを時々感じます。化学が好きなので、化学の楽しさや面白さを伝えられるような人でいたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

読んでくださり、ありがとうございます。ケムステに掲載していただけること大変光栄に思います。そして本研究は一人ではできなかった研究であり、関わってくださった方々に感謝したいです。

自分の話となり恐縮ですが、私はM1でテーマを変更しボールミル反応を用いた研究を始めました。その後も、ボールミルを使ってこの論文とは別の形式の反応を検討したり、溶液合成をメインに検討した時期があったりと、新奇ナノグラフェン合成という大きな目標は変わらないものの、その中で様々な反応に取り組んできました。そして、M1の11月ごろに今回報告した反応が初めてうまくいった次第です。紆余曲折したのちに開発した反応なので、論文化することができて感慨深いです。結果が出ない間は焦りましたが、今思い返せばいろいろ挑戦してみて本当によかったと思っています。

最後になりますが、実験やディスカッションでお世話になった東ソー株式会社の森中裕太博士、Lawrence T. Scott 名誉教授、いつも親身に相談に乗ってくださりたくさん助けてくださった伊藤英人准教授と伊丹健一郎教授にこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前: 藤代 栞奈 (ふじしろ かんな)

所属 (論文投稿時) : 名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域有機化学研究室

研究テーマ: メカノケミカル反応を用いた新奇ナノグラフェンの合成

略歴:

2021年3月 名古屋大学理学部化学科 卒業

2023年3月 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)博士前期課程 修了

2023年4月〜現在 化学企業勤務

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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