第534回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学府(平井研究室)博士後期課程1年の伊ヶ崎 孝洋 さんにお願いしました。
伊ヶ崎さんの所属する平井研究室では、特に天然物、糖、脂質を元にした、従来よりも生物活性の高い分子や新規機能性分子などの設計・合成・機能評価する研究を展開されています。今回ご紹介するのは、天然型の複合糖質を改変した新たな擬複合糖質の設計と触媒的・立体選択的に合成する手法の開発、また合成した化合物の生物活性の発見についての成果です。本成果は、Angewandte Chemie International Edition 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。加えて、伊ヶ崎さんは先日開催された第33回万有福岡シンポジウムにおいてポスター賞を受賞されています(24名中2人選出)。
“Ligand‐Controlled Stereoselective Synthesis and Biological Activity of 2‐Exomethylene Pseudo‐glycoconjugates: Discovery of Mincle‐Selective Ligands”
Ikazaki, T.; Ishikawa, E.; Tamashima, H.; Akiyama, H.; Kimuro, Y.; Yoritate, M.; Matoba, H.; Imamura, A.; Ishida, H.; Yamasaki, S.; Hirai, G. Angewandte Chemie International Edition, 2023, 62, e202302569. DOI:10.1002/anie.202302569
研究室を主宰されている平井 剛 教授から、伊ヶ崎さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
この研究は、当研究室で取り組んでいる擬天然物開発の1つです。伊ケ崎君は、この論文でチャレンジングな”試薬制御のグリコシル化”を実現し、擬複合糖質研究を切り拓きました。見た目より結構難しい合成で、特にβ体の選択的合成は偉業だと思います。そんな成果をセミナーで「β体ができました」とニコリともせず、淡々と報告してきたところは伊ケ崎君らしいところですが、おそらく顔だけ笑っていなかっただけで、本人は内心大興奮だったんだと思います。そんなこんなで「笑わない男」という称号を得ましたが、これから博士課程で大きく飛躍し、このスポットライトリサーチに再登場して笑顔の成長度も見せてほしいです。
なお今回の論文の化合物は、OBの木室佑亮君とそもそも別目的で開発したもので、木室君がやっていた研究もめちゃくちゃ面白いので、今後発表する論文に期待してほしいです。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
天然型複合糖質の構造をわずかに改変したアナログ分子(擬複合糖質)の開発は、複合糖質を起点とする創薬研究において極めて重要です。複合糖質の糖部2位官能基(水酸基、アミノ基など)はその機能を特徴づける重要な官能基ですが、これをフルオロ基に置換すると、劇的に生物機能が変化することが知られています。しかし、それ以外の擬複合糖質に関しては、有機合成の煩雑さなどの理由から、詳細には検証されてきませんでした。
今回私たちは、新規擬複合糖質として2位官能基をエキソメチレン基に置換した2-エキソメチレン型擬複合糖質(2-exo-グリコシド)を設計しました(図1)。本分子は、エキソメチレン基による糖骨格の歪みや、水素結合の代わりにπ電子を介した、新たな分子間相互作用が期待できる興味深い構造的特徴を有しています。これらの特徴が、天然型複合糖質とは異なる興味深い生物活性につながると期待しました。
本研究ではまず、2-exo-グリコシドの立体選択的な合成法の開発に取り組みました。一般にグリコシル化の立体選択性の制御には、2位官能基による隣接基関与などを利用することが多いですが、2位官能基がエキソメチレンであるために、その戦略はとれませんでした。そこで、グルカール誘導体1を用いたTsuji-Trost型のグリコシル化反応を利用し、Pd触媒のリガンドによって立体選択性を制御することを考えました。これまで、試薬により両異性体の選択的な合成を達成した例は少なく、難しい試みではありましたが、リガンド探索の結果dppfと(R)-DTBM-SEGPHOSを使い分けることで立体選択性を制御できることを見出しました(図2)。
2-エキソメチレン型擬複合糖質のポテンシャルを評価するため、2-エキソメチレン型擬グルコシルセラミド(2-exo-GlcCer)を合成し、免疫受容体のリガンドとしての機能を評価しました(図3)。その結果、2-exo-α-GlcCerは、天然型α-GlcCerをリガンドとするNKT細胞のT細胞抗原受容体を活性化しませんでした。一方で、天然型β-GlcCerをリガンドとするC型レクチン受容体Mincleを選択的に、かつ天然型GlcCerよりも強力に活性化することを見出しました。本結果より、エキソメチレン基の導入は、天然型複合型糖質の生物活性を変化・増強させることを実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
グリコシル化のリガンド検討に非常に苦労しました。検討したリガンドのほとんどがα選択的にグリコシドを与えた一方で、β選択的にグリコシル化が進行するリガンドが全く見つかってきませんでした。毎日のようにリガンドを検討し、NMRチャートでα体とβ体のピークの比とにらめっこする日々が続きました。ついには(R)-DTBM-SEGPHOSを用いると、β選択的にグリコシル化が進行することを見出しましたが、結局約50種のリガンドを検討して、β選択性が発現するリガンドはこれ1種のみでした。正直ラッキーだったの一言に尽きますが、初めて選択性の逆転を確認したときに、あきらめずに続けてきてよかったと心の底から思いました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
反応機構解析が難しかったです。アルコールを求核剤としたときの還元的脱離の機構や、リガンドによる立体選択性の発現機構など、わからないことだらけでした。そこで、コントロール実験を実施して、反応機構の手がかりを探しました。実験結果をもとに教員や学生間で盛んにディスカッションし、最終的には説得力のある機構を論文に掲載できました。ですが、さらなる解析による詳細な機構解明が必要であると考えていて、今後明らかにしていきたいです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今回の研究からもわかるように、元の構造からちょっと変えただけで劇的に機能が変化するところに、擬天然物の研究の面白さがあります。これからの博士課程でも擬複合糖質に関して研究しますが、あっと言わせるような研究成果が報告できたらなと思っています。さらに先の将来に関しては明確なビジョンは見えていませんが、博士課程修了後は、大学での経験を活かし、社会に役立つモノづくりに携わりたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
当たり前のことですが、健康なくして充実した研究生活はあり得ません。自分も最近、風邪をひいて寝込んだり、胃腸の調子がおかしくなったりと体調を崩しがちで、健康の大切さをしみじみと感じています。皆さん忙しいのは重々承知の上ですが、休めるときに休むことは、研究を頑張るのと同じくらい大事だと思っています。「ガンガンいこうぜ」と「いのちだいじに」をうまく切り替えていきましょう。
最後になりますが、日ごろより熱心なご指導を頂いております平井先生、寄立先生、的場先生、共同研究でお世話になりました大阪大学の山崎教授、石川助教、順天堂大学の秋山特任助教、岐阜大学の石田教授、今村准教授、そしてこのような貴重な機会を与えていただいたChem-Stationのスタッフの方々に、この場を借りて熱く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:伊ヶ崎 孝洋(いかざき たかひろ)
所属:九州大学大学院薬学府薬物分子設計学分野
研究テーマ:2-エキソメチレン型擬複合糖質の合成と機能評価
略歴:
2021年3月 九州大学 薬学部 創薬科学科卒業
2023年3月 九州大学大学院 薬学府 創薬科学専攻 修士課程修了
受賞:第33回万有福岡シンポジウム Best Poster賞