第539回のスポットライトリサーチは、大阪府立大学大学院 理学系研究科分子科学専攻 (現:大阪公立大学大学院 理学研究科化学専攻)藤原研究室に在籍されていた長谷川 大輝 (はせがわ ひろき)さんにお願いしました。
藤原研究室では、伝導性・磁性・光機能性などの様々な機能性を併せ持つ複合機能性物質の開発を行っており、具体的には光機能性を有する分子性伝導体や安定有機ラジカルを用いた分子性有機磁性金属・超伝導体、テトラチアフルバレン骨格を有する配位子を用いた磁性遷移金属錯体などの開発を研究テーマとしております。
本プレスリリースの研究内容は、金属配位性を持つラジカル分子についてです。本研究グループでは、切れたり繋がったりを繰り返す不対電子を用いた動的共有結合と、金属イオンと分子の間で形成される配位結合、2種類の結合を併せ持つ新分子の合成に世界で初めて成功しました。そして分子の性質を調べたところ、2種類の反応は互いを阻害せず働くことが示されました。この研究成果は「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載され、プレスリリースに成果の概要が公開されています。
Hiroki Hasegawa, Daisuke Sakamaki, Hideki Fujiwara
Angew. Chem. Int. Ed. 2023, e202302498
指導教員であった酒巻 大輔 准教授より長谷川さんについてコメントを頂戴いたしました!
長谷川君は、配属当初から持ち前の明るさで飲み会などのイベントを率先して盛り上げてくれた研究室のムードメーカー的学生です。しかしただのお祭り男ではなく、いざ研究を始めると非常に丁寧かつ粘り強い一面を見せてくれました。本研究のアイデアは6年ほど前に着想したもので、当時自分でラジカルの合成をやってみたものの、思いのほか難航し、そのまましばらくお蔵入りしていました。その後、現所属に移り、改めて本腰を入れて取り組もうと考え、3年前長谷川君にテーマを託しました。この研究は我々にとって全くの手探りの部分が多く、研究途中では予想通り多くの困難に直面しました。しかし長谷川君はそのポジティブさと粘り強さをいかんなく発揮してこれらをことごとく乗り越え、研究開始当初の想定を超えるきれいな仕事として完成させてくれました。この経験を活かして、企業でも大いに活躍されることを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
切れたり繋がったりを繰り返す共有結合(動的共有結合)は、物質の自己集合化や自己修復性材料への応用が期待されています。ラジカルの二量化とその開裂は、副生成物が生じず、触媒を必要としないことから最もシンプルな動的共有結合です。一方、物質の自己集合における別の重要な相互作用として、金属イオンと配位子の間で形成される配位結合があります。しかしながら、この2種類の反応性を併せ持つラジカルはこれまでに合成例が無く、これらが同時に両立しうるかは明らかになっていませんでした。我々はこれまでに、芳香族アミンと共役したジシアノメチルラジカル(1・)が、可逆的な二量化-開裂反応を示すことを報告しています(Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 8634)。今回、このラジカルのフェニル基をピリジル基に置き換えることで、金属イオンへの配位結合能を有する動的共有結合性ラジカルの合成に初めて成功しました。このラジカルは溶液中で単量体と二量体の間を行き来しています。そこにPd(II)イオンを加えると、二量体2分子とPd(II)イオン2つからなる環状錯体が選択的に生成しました。また環状錯体のラジカル間共有結合は、熱や圧力を加えることで開裂し、再度結合する動的共有結合性を示しました。さらに、この環状錯体にPd(II)イオンとより強く配位する分子(xantphos)を加えることで、二量体を金属イオンから遊離させることに成功し、ラジカルの動的共有結合と金属–配位子結合という2種類の反応が互いを阻害せずに働くことが示されました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ラジカルの二量体に金属イオンを少しずつ加えながらNMR測定をした実験に思い入れがあります。この実験では、ラジカル二量体分子を溶かした溶液にPd(II)イオンを段階的に滴下し、NMRスペクトルの変化を追うことで、錯体形成挙動を調べることが出来ます。正確な結果を得るためには二量体の初期濃度や滴下するイオン濃度や量をどれくらいに設定すればよいのかなど、事前に考えることが多い実験でした。そのこともあり、得られたスペクトルが、錯体の単結晶を溶かしたNMRスペクトルへ段階的に近づいていくのを確認できたときには、ものすごい達成感を得ました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
錯体の単結晶を得るのが難しかったです。研究当初は、少し構造の異なるラジカルを配位子として錯体を合成していました。その場合でも環状錯体が形成されていると考えられるNMRスペクトルが得られたのですが、錯体の単結晶は何十通りの方法で作製を試みても得られず、X線単結晶構造解析によって構造を明らかにすることが出来ませんでした。そこで単結晶を得やすくするために、ラジカルの構造をより収まりの良いコンパクトな錯体を作ると予想されるものに変更し、3-ピリジル基を有する今回のラジカルを合成しました。この配位子から形成される錯体は、結晶性が高く、良質な単結晶を得ることができ、無事に構造を明らかにすることが出来ました。想定していた通りの環状錯体構造を確認できた時は、心から嬉しく思いました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
2023年度からは食品メーカーに勤務しています。大学での基礎研究とは異なると思っていましたが、いざ入社してみると、NMR装置や近赤外分光器など見慣れた装置が多く、研究室の雰囲気なども大学と近い印象を受けました。研究内容は全然違いますが、大学で培ってきた研究技術や知識を活かすことで新たな発見をしたいと思っています。
また、私は高校理科の教員免許を持っていることもあり、次世代の子どもたちに化学の魅力や面白さを伝える活動に興味があります。今後の化学がますます発展するために、微力ながら力になりたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。このような機会をいただけたこと大変光栄に思います。
学生時代を振り返ると、私は程よく研究を楽しんでいたように感じます。一般的に大学院生は研究しかしないイメージがあるのかもしれませんが、私は研究が義務になると、毎日が苦痛になるように感じていました。そのため、するときはする、休む時は休む、今日できなかったことは明日すればいい、そういう楽観的な思考を大切にしていました。そういったメリハリを持つことが心の余裕に繋がり、その結果、このような成果をあげられたように感じています。
最後になりますが、このような機会を与えてくださりましたChem-Stationスタッフの皆様に感謝申し上げます。そして、本研究の遂行にあたり、終始ご懇篤なご指導を賜りました藤原先生、酒巻先生へこの場を借りて深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:長谷川 大輝 (はせがわ ひろき)
所属:大阪府立大学大学院 理学系研究科分子科学専攻 (現:大阪公立大学大学院 理学研究科化学専攻)藤原研究室 2023年3月 修了
研究テーマ(当時):ピリジル基を有するジシアノメチルラジカルの動的共有結合性および錯形成挙動