第520回のスポットライトリサーチは、琉球大学大学院 理工学研究科海洋自然科学専攻 地殻内部水圏地化学研究室に在籍されていた満留 由来(みつとめ ゆき)さんにお願いしました。
地殻内部水圏地化学研究室では地球化学を専門とし、特に、地殻内部流体(地下水、冷湧水、海底熱水、マグマ、石油、天然ガス、ガスハイドレートなど)を新たに「地殻内部水圏」と名付け、地球化学的な手法を用いて研究対象としています。具体的には潜水艇を使って冷湧水や熱水といった海底から湧出する流体を採取したり、掘削船と使って海底下の流体を採取したりして、流体中の溶存ガスや重金属の濃度、あるいは各種同位体といった化学組成・同位体組成分析を行い、流体の起源や移動過程、あるいは海底下における化学反応過程の解明を行っています。
本プレスリリースの研究は、海底泥火山の表層堆積物中における希ガスを分析した内容です。本研究グループは、種子島沖海底泥火山の表層堆積物中における希ガスの溶解平衡温度が,海底下数kmの地温に相当することを明らかにしました。この成果は,海底泥火山の噴出メカニズムを明らかにする上で重要な知見であると共に,海底泥火山へのマントル起源ヘリウムの寄与はあまりなく,あくまでも非火山的な活動による噴出現象であることを裏づける結果であると言えます。
この研究成果は、「Scientific Reports」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Yuki Mitsutome, Tomohiro Toki*, Takanori Kagoshima, Yuji Sano, Yama Tomonaga, Akira Ijiri
Sci Rep 13, 5051 (2023)
研究室を主宰されている土岐 知弘准教授より満留さんについてコメントを頂戴いたしました!
満留さんは,とにかく船に乗るのが好き。人も好き。
体を動かすことがとにかく好き。そういう意味では, 連携作業がもっとも大事な船上作業にうってつけの人材だったと言 える。本研究テーマは, コロナ禍に咲いた徒花のような内容になっている。 何しろ分析という分析はスイスで行ったものだが, その時期当研究室の研究費はなかなかに厳しいものであった。 そのため,不幸中の幸いというか, すべての分析をスイスの共同研究者にやってもらい, 極めて有意義なデータを取得することができた。そうして, 今回それなりに影響力の高いジャーナルに成果が掲載されたことは 喜ばしいことではあるが, いかんせん最先端の希ガス分析自体を体感できていないことは, 彼女としても心残りであったことだろう。 社会人ドクターにでもなって,“青春” を取り返しに来るのもよいのではないか。 いつでも門戸を開いて待っている。とは言え, 今は無事に見つけた分析会社で,業務をしっかりとやって, また一つスキルアップしていることと思う。 さらに高く羽ばたくことを,切に願っている。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
泥火山は,高間隙水圧をもった堆積物が地震などをきっかけに地表に噴出することによって形成される小丘であり,巨大地震に関連して活動を活発化させている可能性も指摘されています。海底泥火山は,日本周辺では熊野沖や種子島沖において発見されています。海底泥火山の表層堆積物中の物質の起源深度は,海底泥火山の噴出メカニズムの解明につながる知見であり,これまでにも水やメタンの同位体比などを用いた起源深度の推定が行われてきました。地下水や湖底の間隙水において,過去の気温の復元に,アルゴンやクリプトンの濃度を利用した研究はありましたが,海底におけるこれらの濃度を用いた平衡温度の推定は,これまでにない手法と言えます。本研究では,種子島沖に分布する海底泥火山群のうち,4つの泥火山(第1〜3及び第14泥火山)を対象として表層堆積物を採取し,希ガスの化学分析を行いました。観測された希ガス濃度から計算すると,希ガスの溶解平衡温度が第1泥火山であれば83~230℃,第14泥火山であれば91~168℃であると見積もることに成功しました。地温勾配を用いて得られた溶解平衡温度を深度に換算すると,3~9 km程度であることから,種子島沖海底泥火山の希ガスの起源深度は海底下3~9 km程度であり,海底下18 km付近にあるとされているプレート境界までは達していないことが示唆されました。このことは,泥火山活動が非火山性の活動であることを裏づけています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
思い入れのあるところは,本研究のテーマである起源深度についての考察です。最初は観測されたヘリウムがマントル起源であるのか,地殻起源であるのか,ということを重視していました。しかし,指導教員の先生や共著者の方とやりとりする中で,ヘリウム以外の考察についても深めることができました。また,地震発生による泥火山活動の時期の推定に関しても,初めは考察しておらず,希ガスの拡散について話していた延長で得られたものだったため,思い入れがあります。これまでの研究で対象としていたサンプルと比較すると,本研究では採取できるサンプル数が限られていたため,最初は議論をどこまで広げられるか不安でしたが,最終的に泥火山活動が記録された可能性のある時期の推定まですることができ,非常に嬉しく思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究で特に難しかったのは,サンプリングです。採取する海底堆積物に礫などが含まれていると,使用する銅管が詰まりコアパイプを破損させてしまうおそれがありました。その際に,礫が詰まっていないか様子を見ながらジャッキを上げて堆積物を詰める作業が慣れるまでなかなか感覚がつかめず,難しく感じました。サンプル数も各泥火山につき1〜3つであり,1つ1つのサンプルが非常に重要となってくるため,特に慎重に行いました。海底堆積物をコアから銅管に詰める作業は大気や海水が混入しないように素早く行わなければならないため,一緒に作業した人たちと作業の担当を決め,協力して行うことで無事サンプルを採取することができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在は主に水質検査の業務を行なっていますが,将来は博士の学位を取得して自然科学,特に地球化学の分野の研究に携わりたいと思っています。私は人間が直接見ることが困難な深海底や海底下を対象とした研究に魅力を感じています。これから知識を増やし,他の研究者とも協力して,未だ解明されていない深海底の謎を少しでも明らかにできるような研究者になりたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究を進めるにあたって,人との繋がりがとても重要だと感じました。研究航海中など,他分野を専門とする人たちが集まる環境では,自分とは異なる視点からの意見を聴くことができました。人と話していく中で新しい発見や考えが生まれることも多くあると思うので,そのような経験を大事にして上手く自分の力にできたらいいと思います。
この場をお借りして,研究において一からご指導くださった土岐知弘先生,多大なるご協力をいただいた共著者の皆様及び航海の乗船者の皆様に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:満留 由来(みつとめ ゆき)
研究テーマ:地殻内部流体
略歴:2020年3月 琉球大学理学部海洋自然科学科化学系 卒業
2022年3月 琉球大学大学院理工学研究科海洋自然科学専攻 修了