[スポンサーリンク]

一般的な話題

50年来の謎反応を解明せよ

[スポンサーリンク]

タイトル画像は50年前の論文に記載されている反応ですが、反応機構を提案できますか?
有機化学を専門にされている方でもぱっと見ではわからないと思います。そもそも1炭素増えてるのっておかしくないですか?

この反応は1973年に、ComerとTempleによってJ. Org. Chem.誌に発表された論文に掲載されています。

“The reaction of cyclopentanones with methylsulfinyl carbanion”

Comer, W. T.; Temple, D. L.

J. Org. Chem. 1973, 38, 2121. DOI: 10.1021/jo00952a002

ジメチルスルホキシド(DMSO)に強塩基である水素化ナトリウム(NaH)を作用させて生じるアニオンは、カルボニル基のα-位のプロトンの引き抜きによりエノラートアニオンを発生させるのに用いられることがあります。シクロペンタノンを用いていますので、その対応するエノラートアニオンがもう一分子のシクロペンタノンに付加する反応(アルドール反応)が起こるのは十分にありえる反応です。これはエノラートの化学で度々問題になる副反応として知られています。さらにアルドール反応によって生じたヒドロキシ基が脱離すれば不飽和ケトンになるというのもアルドール反応あるあるな副反応です。これらを基にしてComerらは上記の反応について考察し、以下のような反応機構を提案していました。
重水素化したDMSO(重DMSO)を溶媒として用いることにより、DMSOの1炭素が生成物に追加された1炭素と結論づけたことになります。

んーでもケトンに対してDMSOのアニオンが求核付加反応するってのはどうなんだろうか?と筆者も不思議に思ったかもしれません。同じことを考えたのかはわかりませんが、R. B. Woodward教授のもとで当時博士の学位を取得すべく研究をしていた、現ハーバード大学教授のStuart L. Schreiber教授もこの反応について議論していたそうです。1974年には自身の手でこの実験を再現し、生成物の構造が正しいことはWoodward教授の分析によっても確認されました。しかし、自身のプロジェクトが忙しかったために、時は過ぎ、いつしか忘れ去られていました。しかし、最近になって大学院生時代の思い出ばなしの中で、この反応が出され、同僚であるAndrew G. Myers教授らは真の反応機構について明らかにしたいと思い立ちました。

“Proposed resolution of a mechanistic puzzle of long duration: Self-condensation of cyclopentanone to form an 11-carbon dienoic acid”

Peszko, M. T.; Schreiber, S. L.; Myers, A. G.

J. Org. Chem., in press DOI: 10.1021/acs.joc.3c00492

まず、Comerらの実験を再現すべく重水素化したDMSO中での反応を試みましたが、結果が再現されず鍵となるメチレン基の11位には重水素がほとんど導入されませんでした。では、この炭素はどこから来たのでしょうか?


そのヒントは実験操作にありました。もとの論文では最初の発熱を伴う反応の終了後に、ジエチルエーテルとジクロロメタン(1:1)の溶媒に注ぎ、冷蔵庫で一晩放置するという操作があります。そこでMeyersらは反応終了後に重水素化したジクロロメタン(重ジクロロメタン)に注ぎ生成物を調べたところ、問題となる11位のメチレン基はほぼ完全に重水素化されていることを発見しました。従って、考えられる反応機構としては(eq 3)に示したように、まずシクロペンタノンの二量体が塩基の作用でジエノラートアニオン(3)となっており、これがジクロロメタンと反応することでクロロメチル化された4ができます。ここから付加、脱離を伴う炭素ー炭素結合の開裂が起こることで化合物1となるわけです。

実際別途化合物4を合成して塩基で処理すると収率よく化合物1が生成することも確認していますので、間違いないと言っていいと思います。50年前に胸につっかえていたものがスカッと爽やかに取れたのはさぞかし気持ちよかったことでしょう。あなたの心には何が残っていますか?

関連書籍

ペリプラノン

投稿者の記事一覧

有機合成化学が専門。主に天然物化学、ケミカルバイオロジーについて書いていきたいと思います。

関連記事

  1. ゲルマニウム触媒でアルキンからベンゼンをつくる
  2. ACD/ChemSketch Freeware 12.0
  3. 【11月開催】第3回 マツモトファインケミカル技術セミナー 有機…
  4. 2019年ケムステ人気記事ランキング
  5. ラジカル種の反応性を精密に制御する-プベルリンCの世界初全合成
  6. 有機化学を俯瞰する -有機化学の誕生から21世紀まで–【後編】
  7. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑤(解答編…
  8. 有機強相関電子材料の可逆的な絶縁体-金属転移の誘起に成功

コメント、感想はこちらへ

注目情報

ピックアップ記事

  1. キレトロピー反応 Cheletropic Reaction
  2. クロロ[(1,3-ジメシチルイミダゾール-2-イリデン)(N,N-ジメチルベンジルアミン)パラジウム(II)]:Chloro[(1,3-dimesitylimidazol-2-ylidene)(N,N-dimethylbenzylamine)palladium(II)]
  3. シャープレス不斉アミノヒドロキシル化 Sharpless Asyemmtric Aminohydroxylation (SharplessAA)
  4. 続・企業の研究を通して感じたこと
  5. 高効率な可視-紫外フォトン・アップコンバージョン材料の開発 ~太陽光や室内LED光から紫外光の発生~
  6. 有機合成化学協会誌2020年9月号:キラルナフタレン多量体・PNNP四座配位子・π共役系有機分子・フェンタニル混入ヘロイン・プロオリゴ型核酸医薬
  7. 小林製薬、「神薬」2種類を今春刷新
  8. 前田 浩 Hiroshi Maeda
  9. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑥:実験室でも長持ち「ステンレス定規」の巻
  10. Reaxys Prize 2011募集中!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

【酵素模倣】酸素ガスを用いた MOF 内での高スピン鉄(IV)オキソの発生

Long らは酸素分子を酸化剤に用いて酵素を模倣した反応活性種を金属-有機構造体中に発生させ、C-H…

【書評】奇跡の薬 16 の物語 ペニシリンからリアップ、バイアグラ、新型コロナワクチンまで

ペニシリンはたまたま混入したアオカビから発見された──だけではない.薬の…

MEDCHEM NEWS 33-2 号「2022年度医薬化学部会賞」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける分子生成の基礎と応用

開催日:2024/05/22 申込みはこちら■開催概要「分子生成」という技術は様々な問題…

AlphaFold3の登場!!再びブレイクスルーとなりうるのか~実際にβ版を使用してみた~

2021年にタンパク質の立体構造予測ツールであるAlphaFold2 (AF2) が登場し、様々な分…

【5月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 有機金属化合物 オルガチックスによる「密着性向上効果の発現(プライマー)」

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

マテリアルズ・インフォマティクスにおける回帰手法の基礎

開催日:2024/05/15 申込みはこちら■開催概要マテリアルズ・インフォマティクスを…

分子は基板表面で「寝返り」をうつ!「一時停止」蒸着法で自発分極の制御自在

第613回のスポットライトリサーチは、千葉大学 石井久夫研究室の大原 正裕(おおはら まさひろ)さん…

GoodNotesに化学構造が書きやすいノートが新登場!その使用感はいかに?

みなさんは現在どのようなもので授業ノートを取っていますでしょうか。私が学生だったときには電子…

化学者のためのWordマクロ -Supporting Informationの作成作業効率化-

「化合物データの帰属チェックリスト、見やすいんですが、もっと使いやすくならないですか」ある日、ラ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP