第526回のスポットライトリサーチは、東京工業大学物質理工学院(田中健研究室)に所属されていた石垣 信穂 さんにお願いしました。
石垣さんの所属されていた田中健研究室では、遷移金属触媒または光などの外部刺激を用いた反応開発などを展開されています。今回ご紹介するのは、2次元分子の芳香族性を壊しながら、ホウ素やケイ素を導入して3次元分子を合成する光反応を開発したという報告です。加えて、合成した3次元分子について、医薬品候補化合物の探索における合成プラットフォームとして利用できることも確認された本成果は、Nature Communications 誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Dearomative Triple Elementalization of Quinolines Driven by Visible Light”
Ishigaki, S.; Nagashima, Y.; Yukimori, D.; Tanaka, J.; Matsumoto, T.; Miyamoto, K.; Uchiyama, M.; Tanaka, K. Nature Communications, 2023, 14, 652. DOI: 10.1038/s41467-023-36161-4
研究を指導された永島佑貴 助教から、石垣さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
本研究は、私が田辺三菱製薬で創薬研究に従事していた頃に着想し、東大の内山先生の元で予備実験をさせて頂き、東工大の田中先生の元で完成させたプロジェクトであり、様々な機関の方々に大変にお世話になりました。2019年にジボロン(ホウ素―ホウ素結合)を光励起させると変わった化学反応が起こることを発見した(J. Am. Chem. Soc., 2019, 141, 9819)ことがきっかけで、実用的な分子合成に応用できないかと考えていました。特に、多置換のヘテロ飽和環は医薬品に頻繁に見られる構造で、ここにホウ素やケイ素などの電気陽性な典型元素を入れた分子を作ってみたいと思いスタートしました。まず、東大で先の研究を遂行してくれた行森大貴さんが卒業間際に共に初期検討を実施してくれて、なんとか望みの分子が得られそうだと分かりました。その後2020年に私が東工大に着任し、私のグループで共に研究することになった最初の学生が、今回のスポットライトリサーチの主役である石垣信穂さんです。
石垣さんは明るくよく喋る学生で、居室のムードメーカーの一人でした。また、凄まじい実験数をこなせるパワフルさも持っており、私の想定以上の検討が行われ、研究を成功に導いてくれました。得られた分子は、ヘテロ飽和環の性質と有機ホウ素/ケイ素化合物の性質を併せ持つため、安定性や反応性が普通とは異なり、単離や誘導化など色々な場面でとても苦労されたと思いますが、「諦めずに何度でもやり直す」の精神で3年間やり切ってくれました。さらに、コロナ禍の行動制限を活用して計算化学も習得済で、理論計算の部分も遂行しました。昼夜を問わず時間を作り出し、本研究以外にも、計算化学のプロジェクトや全く別の研究テーマなど色々なことに挑戦してくれた結果、数多くの知見を残してくれました。そんな彼女は現在、奇遇にも製薬企業にて創薬研究に従事されております。そのパワフルな実験スタイルと新しいことに挑戦できるフットワークを活かして、きっと私以上に業界で活躍してくれるに違いありません(笑)。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私たちは、光励起を利用することで、容易に入手可能な2次元芳香族化合物であるキノリンに対し、脱芳香族的にホウ素、ケイ素、炭素の3元素を導入しながら3次元分子へ変換する光反応の開発に成功しました。
ホウ素とケイ素は、炭素、水素、窒素、酸素などによって構成される有機化合物に組み合わせることで、Lewis酸性、電子状態、立体構造などを変化させるなど、他の元素では実現できないようなさまざまな特性を付与することができ、機能性分子や生理活性物質の部分構造として重要です。また、クロスカップリング反応の反応剤としても有用な化合物です。そのため、有機ホウ素・ケイ素化合物は、材料化学や創薬化学など幅広い分野で注目を集めています。しかし、医薬品候補化合物等に用いられる、C(sp3)–B 結合やC(sp3)–Si 結合を有する飽和化合物の合成は極めて難しく、創薬に応用する際の迅速な化合物探索を妨げる要因となっています。
一方、近年、光エネルギーを有機反応に用いることで、従来の手法(熱的条件)では達成できない特異な反応が進行することが活発に報告されています。実際に私たちのグループでも、ジボロン(ホウ素―ホウ素結合)の光励起を利用することで従来法では合成困難であった分子合成に成功しています[1]。この知見を利用し本研究では、ケイ素―ホウ素結合を有するシリルボランを光励起させ、ヘテロ飽和環の合成に適用できるのではないかと考えました。種々の検討の結果、アルキルアニオンによって脱芳香族化されたキノリンとシリルボランによって生成したアニオン性アート錯体に可視光照射することで、ケイ素-ホウ素結合を活性化させ、位置、立体選択的なカルボシリルホウ素化反応が高い効率で進行することを見出しました。
さらに、得られた分子のホウ素官能基、ケイ素官能基は、様々な官能基に変換可能であることを確認しました。そのため、本反応で得られる分子は、多様な環状飽和ヘテロ環化合物を与える新たなプラットフォームになると期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
思い入れのある点は、反応機構の解明です。本反応は、従来の反応形式と異なるため、提案した反応機構を実験化学と理論計算の両方の観点から説明することにしました。本反応が光励起後にどのような挙動を示すのか(例えば、ケイ素-ホウ素結合が光励起によってどのように開裂するか、または協奏的に反応が進行するか)調べるべく添加剤を加えた様々な対照実験を行い、収率の変動を追跡しました。また、本反応系中では寿命が短いと想定されるシリルラジカル中間体を何とか検出すべく検討を重ねた結果、添加剤と付加した分子の検出に成功しました。さらに、理論計算による活性化エネルギーの比較によってもラジカル機構を支持する結果が得られ、光励起により本反応が加速されるメカニズムを明らかにしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
得られたヘテロ飽和環分子において、ホウ素官能基、ケイ素官能基の誘導化に苦労を要しました。合成プラットフォーム(中間体)としての応用を目指して、ホウ素官能基、ケイ素官能基の変換反応を試みましたが、一般的に報告されている手法では、うまく反応が進行しませんでした。そこで、失敗データから反応が進行しない理由を丁寧に考察したところ、かさ高いホウ素官能基とケイ素官能基が隣り合わせの位置にいるため、ケイ素官能基が通常よりも脱離しやすいことに原因があると考えました。そこで、この原因に適した試薬を選択し、反応させたところ様々な変換反応が進行することを確認し、当初期待したような合成プラットフォームとしての有用性を示すことができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
2023年4月から、製薬会社でメディシナルケミストとして従事します。化学の観点から、人々の命を救いたいという私の夢に一歩近づき、とてもワクワクしています。ケミストとしての誇りを忘れず、世界中の患者様に笑顔を届けられるような医薬品を創出できるよう精進したいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございました。本研究は、思う通りに結果がでず、一年弱ほど停滞していました。そんなときも、決して諦めず日々、研究に向き合ったこと、新しいことに積極的に挑戦したことで結果を出すことができました。研究で思い通りの結果が出ず、諦めたくなる場面は多々ありますが、諦めないこと、既存の考えにとらわれず挑戦することが大切だと痛感しました。
最後になりましたが、本研究を紹介できるという貴重な機会を頂いた Chem-Station のスタッフの皆様に感謝申し上げます。また本研究を進めるにあたり、単結晶X線構造解析において、東京大学大学院薬学研究科 宮本和範准教授、株式会社リガク 松本崇博士、理論計算において東京大学大学院薬学研究科 基礎有機化学教室 内山真伸教授にご指導いただいたことを感謝申し上げます。最後に、研究方針から研究室生活に関することまでで熱心にご指導を頂きました永島先生、田中健先生をはじめ、一緒に切磋琢磨した田中健研究室の皆様に感謝申し上げます
研究者の略歴
名前:石垣 信穂(いしがき しほ)
所属(当時):東京工業大学 物質理工学院 応用科学系
略歴:
2021年3月 東京工業大学物質理工学院応用化学系 卒業
2023年3月 東京工業大学物質理工学院応用化学系応用科学コース 博士前期課程終了(田中健教授)
関連リンク
- “Quadruple Borylation of Terminal Alkynes” Daiki Yukimori, Yuki Nagashima,* Chao Wang, Atsuya Muranaka, and Masanobu Uchiyama* J. Am. Chem. Soc., 2019, 141, 9819–9822.