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スポットライトリサーチ

世界で初めて一重項分裂光反応の静水圧制御を達成

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第508回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 理学院化学系 火原・福原研究室の木下 智和 (きのした ともかず)さんにお願いしました。

火原・福原研究室 福原グループでは、分析化学・超分子化学・光化学・高分子化学と多岐に渡る横断的学際領域に発展しつつある超分子アロステリック増幅センシングという分析手法を提唱し、この概念をさらに飛躍させることを目的として研究を進めています。本プレスリリースの研究内容は分子内一重項分裂についてです。本研究グループでは外部刺激に着目し、溶液中のペンタセンダイマーの一重項分裂に対する溶媒および静水圧の影響を検討しました。そして、極性を持つ溶媒を用いたペンタセンダイマー溶液においては、圧によって一重項分裂が促進されることを見出しました。また過渡吸収測定によって励起状態について詳細な検討を行い、圧力という外的刺激による制御を達成しました。

この研究成果は、「Chemical Science」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Control of intramolecular singlet fission in a pentacene dimer by hydrostatic pressure

Tomokazu Kinoshita, Shunta Nakamura, Makoto Harada, Taku Hasobe, Gaku Fukuhara

Chem. Sci., 2023,14, 3293-3301

DOI: doi.org/10.1039/D3SC00312D

指導教員の福原学 准教授より木下さんについてコメントを頂戴いたしました!

木下智和君のもともとの研究は、「細胞内で機能する感圧応答化学センサーの創製」ですが、この研究の過程で、彼独自に一重項分裂(SF)光化学過程に興味を持ったみたいです。当初は、私もそこまで重要視していませんでしたが、彼の研究提案(SFの静水圧制御)を聞き、即座にその重要性・新規性に気付きました。彼の努力と試行錯誤の末、得られた結果が今回の成果です。この成果は、励起状態増幅過程であるSFを能動的に静水圧で制御可能であることを世界に先駆けて発見した事実になり、今後かなり幅広い研究展開が可能となりました。当研究室で実践している「静水圧制御・感圧化学センサーの創製」は、かなり面白いサイエンス的事実と応用が期待できますので、多くの若い学生さんやポスドクの方が参入されることを切望しております!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

静水圧と呼ばれる、溶液中に等方的にかかる圧力を外部刺激として、分子内一重項分裂(分子内SF)の光化学過程を制御する手法を確立しました。

SFは1つの励起子から2つの励起子を作りだすような“励起子増幅過程”であると言えます。多重励起子を生み出すSFは太陽電池に限らず、光増感反応や一重項酸素を生成することで光線力学療法など様々な応用展開が期待されており、非常に魅力的な光化学過程であると言えます。溶液系の分子内SFにおいてはここ数年、SFが可能なペンタセンやテトラセンをさまざまな架橋部位で結合させたダイマーやオリゴマーを用いて、反応速度や量子収率を調整する検討が行われてきました(図1)。一方、当研究室ではこれまでに外部刺激として静水圧を印加し、分子のコンフォメーションや溶媒和を変化させることで積極的かつ能動的に光化学過程を制御してきました(熱活性化遅延蛍光や凝集誘起発光など)。

こうした背景の基、本研究では“分子内SFの静水圧制御”をコンセプトに、羽曾部先生の研究室(慶應義塾大学)で取り扱っているビフェニル架橋したペンタセンダイマー(Pc-BP-Pc)を用い、研究を進めてきました(2)。実験ではPc-BP-Pc溶液を用い、静水圧の分光を通して強相関励起子対1(TT)が生成する反応速度の算出を行いました。この結果非常に興味深いことに、分極した溶媒(トルエン、THF)では静水圧に対して1(TT)生成速度(kSF)が上昇し、Pc-BP-Pcから脱溶媒和することで進行していることが明らかになりました。また、各圧力下での三重項の量子収率と寿命を算出した結果、Pc-BP-Pcのコンフォーマーの変化と溶媒粘度に比例して収率の低下(図3)と短寿命化が観測されました。

これにより、ビフェニルの様に“硬そう”に見える分子であっても、溶媒和、コンフォーマー、粘度といった様々な要素が静水圧によってダイナミックに変化していく分子内SFの系を初めて実証することができました。

図1 一重項分裂(SF)の概略および分子内SFの例

図2 Pc-BP-Pcの構造式および結果

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究は元々、自分が取り組んでいたテーマではありませんでしたが、共同研究者の羽曾部先生の講演、個人的に読んだ論文やケムステの記事を通して、SFに対して高い関心を寄せておりました。そうした中で、偶然にも私がSFの研究に携わり、研究成果の発表まで関わることができました。このような背景から、本研究は自身にとって非常に思い入れのある研究テーマとなりました。

研究で工夫した点としては、研究の鍵となる静水圧に対して変化する分子内SF過程の詳細な直接的観測手法として、静水圧下での過渡吸収測定を行いました。静水圧分光分析ではテフロンチューブの付いた石英セルに試料溶液を満たし、それを専用の金属製の外部セルに入れて水を送り込むことで圧力をかけています(図3参照)。本研究では、新たにこの外部セルを固定する台座をナノ秒過渡吸収測定装置内に組み込むことで、これまで前例の無かった静水圧を印加した状態での過渡吸収測定を達成しました。

図3. 静水圧分光装置および静水圧ナノ秒過渡吸収測定装置

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

分子内SFに圧力をかけると面白そうといった発想から始まった本研究ですが、研究室でもこれまでに扱ったことの無い領域であったために、文献を読んで一から研究を進めること自体がこれまで以上に難しい研究であったと思います。前述のナノ秒過渡吸収測定に関しても実験系の調整や解析・計算などの面においては、手探りの状態で研究を進めていました。なかでも三重項の量子収率の計算においては計算が複雑な面があり、使用する数値を細かくチェックしながら光学系の調整と測定を繰り返し行い、それと同時に大気圧下の既出のデータを比較して妥当性の検討を行ってきました。このため、結果を出すまでにかなり時間を要しましたが、共著者の中村さん(当時D3)の協力もあり1つずつ問題を解決しながら研究を進めてきました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在は、本研究でも扱った静水圧分光から得られた様々な研究成果を基にして、圧力に対して応答する感圧化学センサーの構築から、イメージングやドラッグデリバリーシステム等を見据えた化学センサーへと、幅広い研究展開を構想しています。博士課程は残り2年ですが、こうした様々な研究構想の具現化を目指して日々研究を積み重ねていきたいと思います。

卒業後に関しては具体的に決まっているわけではありませんが、基礎・応用に限らず、化学分野の研究に携わっていければと考えております。その中で既存の分野の枠や通説に捉われずに、“0 から1 を生み出す”ようなブレイクスルーとなり得る研究を通して、広く今後の化学や社会への貢献を目指していきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究を初めた際は、これまでたまたま興味を持っていろいろと調べていたSFの研究に携わることになり、未知の領域であることに対する不安もありましたが、何か伏線めいたものを感じました。現在やっている研究とは一見すると関係しないように見えるものでも後から繋がったり、重大なヒントになったりすることは研究を広げていく上で非常に重要な体験になったと思います。また、当研究室では本研究の成果を基に研究が展開されており、当初予想もしなかった方向に研究が広がることに対しては驚きもありますが、これこそ研究の醍醐味ではないかと思います。

最後に、本研究を遂行するにあたり、ご指導いただいた福原先生、羽曾部先生、研究にご協力いただきました羽曾部研究室の皆様、研究生活を支えてくださった研究室の皆様に感謝申し上げます。また、このような機会を与えてくださいましたChem-Stationの皆様に深謝いたします。

研究者の略歴

名前:木下 智和(きのした ともかず)

所属(大学・学部・研究室): 東京工業大学 理学院化学系 火原・福原研究室

経歴

2022年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士前期課程修了

2022年4月~ 東京工業大学 理学院化学系 博士後期課程

2022年4月~2022年3月 東京工業大学次世代研究者挑戦的研究プログラム

2023年4月~ 日本学術振興会特別研究員DC2

研究テーマ:静水圧に応答する感圧化学センサーの創成

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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