第 516 回のスポットライトリサーチは、長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科(薬学系)生命薬科学専攻 博士2年の 中尾 樹希 (なかお・じゅき) さんにお願いしました!
中尾さんの所属される機能性分子化学研究室 (山吉麻子 教授 研究室) では、「生体分子 (核酸・タンパク質)」、「創薬 (機能性分子開発)」、「診断 (検出法開発)」をキーワードに、合成化学、物理化学、生化学、生物学などの観点から、生命現象の解析や疾患治療分子の開発を目指した研究を展開されています。テーマの一つに「光を用いた遺伝子発現制御技術の開発」を据えており、研究グループではこれまでに、光照射によって標的遺伝子と架橋を形成する光架橋性核酸医薬を開発してきました。
さらに今回、中尾さんらのグループは、これまでよりもさらに簡便かつ普遍的に人工核酸へ光架橋性を付与可能な新規機能性分子の開発に成功しました。その成果は非常に高く評価され、ChemBioChem誌に掲載されるとともに、cover article として選出されました。さらに山吉教授らは、同誌に 「化学と生物学の次世代を担う科学者」として認定され、本研究成果は特別号「ChemBioTalents 2022/23」 においても紹介されています。
Unique Crosslinking Properties of Psoralen-conjugated Oligonucleotides developed by Novel Psoralen N-Hydroxysuccinimide Esters
Juki Nakao, Yu Mikame, Honoka Eshima, Tsuyoshi Yamamoto, Chikara Dohno, Takehiko Wada, Asako Yamayoshi,
研究室を主宰される教授の山吉麻子 先生より、中尾さんの研究姿勢についてコメントを頂戴しております!
現在、当研究室に在籍している博士後期課程の学生の中で、中尾君は、自ら新しい分子設計や研究計画を発案してディスカッションに来る頻度の一番高い学生です。ユニークな発想で色々な分子を提案してくれてきましたが、新しい分子というものは、なかなか結果に結び付かない期間がどうしても長くなりがちです。そのような中、今回の論文では助教の三瓶先生との二人三脚の中で思わぬ研究成果に結び付き、世界に発信できたことを嬉しく思っております。これからも予期しない「思わぬ結果」を大事にして、素晴らしいサイエンティストとして成長して欲しいと期待しています。
それでは、今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究は独自に新規光架橋性試薬(Psoralen-NHS)を開発し、これを用いて作製した Psoralen 導入型オリゴ核酸(Ps-Oligo)の光架橋特性を明らかとした研究です。Psoralen (ソラレン) は天然由来の光架橋剤で、皮膚疾患の治療薬として用いられてきました。Psoralen は UV を照射することで標的 DNA と架橋体を形成し、強固に標的 DNA と結合します (図1, a)。特に、オリゴ核酸に光架橋性を付与した Ps-Oligo は、DNA を標的にすることができる新たな創薬モダリティーとして非常に注目を集めています。Ps-Oligo はこれまでに、様々な報告で核酸医薬としての有効性が評価されてきました。
図1 (a) PsoralenとThymineの [2+2]光環化付加反応、(b) 本研究の概略図 |
一方で、オリゴ核酸に対して Psoralen を導入するためには、特殊な手法(固相ホスホロアミダイト法)を用いる必要があり、DNA 合成機を所有していない実験室では合成は困難でした。そこで我々は、様々な人工核酸に簡便に光架橋性を付与することが可能な新規 Psoralen-NHS を合成しました。さらに、核酸へ Psoralen を導入する際のリンカー導入部位を検討することによって、光架橋効率を大きく向上させることに成功しました (図1, b)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では Psoralen を DNA だけでなく、人工核酸である Peptide Nucleic Acid (PNA) に導入し (Ps-PNA)、標的 DNA に対する架橋効率を評価しました。 PNA とは DNA の主鎖構造がペプチド骨格に置換された人工核酸のことで、ゲノム編集技術などへの応用が期待されている代表的な人工核酸です (図2)。私はこの PNA へ大きな思い入れがあります。当研究室では以前から Ps-Oligo と併用することが可能な様々な人工核酸に着目してきましたが、これまで細胞系で十分な効果を得ることが出来ていませんでした。そんな中、今回の Psoralen-NHS の開発に至り、論文という成果にもなり非常にうれしく思っています。今後、細胞系や実験動物を用いた実験に Ps-PNA を用い大きく展開をしていきたいです。
図2 PNA の化学構造式 |
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究テーマで難しかったところは、我々が予測した結果とは異なる結果が得られたことでした。我々は当初、Ps-PNA が標的二重鎖 DNA に対して三重鎖を介して結合するだろうと予測していたのですが、実際は標的二重鎖 DNA の鎖内に侵入し、その結果、鎖交換を誘発していました。この鎖交換によって、Ps-PNA は標的二重鎖 DNA の内の一方の鎖と新たに二重鎖を形成します (図3)。想定外の結果が得られたため、その解析に難渋しましたが、先生方とのディスカッションを重ねる中で、鎖交換という現象に辿り着くことができました。この鎖交換を証明するために複数の実験法を用いて解析を行い、結果として、本論文で最も面白いポイントを生み出すことになりました。
図3 標的二重鎖 DNA と Ps-PNA との鎖交換 |
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在は、アカデミアに残り、自分が面白く興味深いと思える研究を続けていけたらと考えています。まだまだ勉強不足で、私の周りには知らないことが溢れていますが、謙虚に学習を続けることで、一つでも多く新しいことを発見していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
ここまで読んでくださりありがとうございました。
本論文は、実験結果の考察が非常に難しく、担当教員だけでなく共著の先生方の熱心なお力添えがあってこそ形になったと思っております。私が本論文を執筆するにあたり学んだ点は、実験結果を出した後の考察が非常に大切であり、実験結果を正しく解釈するためには確かな知識と経験、批判的な視点が必要だということでした。当たり前のことではありますが、私にとって上記を改めて学ぶことができた良い機会になりました。
最期に、本研究の遂行・論文の作成にあたり熱心にご指導頂きました山吉麻子教授、山本剛史准教授、三瓶悠助教、大阪大学の堂野主税先生、東北大学の和田健彦先生、研究室の皆様、ならびに本研究を取り上げてくださった Chem-Station のスタッフの皆様にこの場を借りて心から感謝を申し上げます。
研究者の略歴
」
名前: 中尾樹希
所属: 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科(薬学系)生命薬科学専攻 機能性分子化学研究室
研究テーマ: 光ゲノム編集を可能とする新規光架橋性核酸の開発
中尾さん、山吉先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!