ついに500回目!第500回のスポットライトリサーチは、大阪公立大学大学院 工学研究科 有機機能化学研究グループの岡 大志(おか たいし)さんにお願いしました。
有機機能化学研究グループでは、新規π電子系化合物、とりわけ機能性色素の開発ならびにそれらの産業分野への応用を目指して、基礎から応用まで幅広く研究を行っています。本プレスリリースの研究内容は近赤外吸収色素についてで、これまで閉殻分子とみられていた近赤外吸収色素が、閉殻と開殻の中間的な電子構造を持つことを発見しました。また色素内で開殻構造の割合が増加すると、吸収できる近赤外光の波長が長くなることを明らかにしました。
この研究成果は、「Chemical Science」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Takeshi Maeda, Taishi Oka, Daisuke Sakamaki, Hideki Fujiwara, Naoya Suzuki, Shigeyuki Yagi, Tatsuki Konishi and Kenji Kamada
Chem. Sci., 2023,14, 1978-1985
研究室を主宰されている八木繁幸 教授より岡さんについてコメントを頂戴いたしました!
岡大志君は、学部4年時に私の研究室に配属されてから博士後期課程1年の現在に至るまでの4年間、今回の研究テーマに取り組み続け、ようやく大きな成果へとつなげてくれました。当研究室では機能性色素をはじめとする色素材料の創出に取り組んでおり、最近では特に、近赤外領域に吸収や発光を示す分子の合成や構造-物性-機能相関について研究を展開しています。今回、閉殻分子として取り扱われていた近赤外吸収色素が中間開殻性を示すことを明らかにしましたが、前田壮志准教授の指導の下、同君は合成の側面から大いに貢献してくれました。この研究をまとめることができたことや、このようにケムステに取り上げて頂いたことは、学位取得、さらには、将来の目標に向けて、きっと自信になると思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
これまで閉殻分子として認識されていたオキソカーボン骨格を中心に持つ近赤外吸収ポリメチン色素が中間開殻性を有することを実験的に明らかにした研究です。
近赤外光は可視光に隣接した波長領域の電磁波であり、人間はその光を見ることが出来ません。また、生体組織に吸収されにくいため、生体透過性が高いという特徴を有しています。近赤外光を吸収する材料は、セキュリティインクやバイオイメージングへの応用が期待されていますが、分子の安定性が低いという欠点があります。しかし、低い安定性が何に起因しているのかは明らかにされていません。近赤外光を吸収する分子の安定性向上のために、正確な電子状態を把握する必要があります。
これまで、近赤外吸収色素は閉殻分子として認識されていましたが、開殻分子としての性質も持ち合わせることが予想されていました。[1] 一般的に分子はHOMOとLUMOのエネルギーギャップ(ΔEgap)に相当する波長の光を吸収します。ΔEgapが大きい場合、基底状態では2つの電子がHOMOに収容されます(下図左)。一方、ΔEgapが限りなく0に近い場合、フントの規則に従って2つの軌道(HOMOとLUMO)に電子が1つずつ収容される状態となります(下図右)。この考えによると、ΔEgapが極めて小さな近赤外吸収色素ではLUMOに占める電子の割合が増え、閉殻と開殻の中間的な電子状態(中間開殻性)を取ると考えられます(下図中央)。しかし、近赤外吸収色素の中間開殻性は計算上での予測にとどまっており、実験的に明らかにされていませんでした[2]。
今回、我々は近赤外領域に鋭い吸収を持つポリメチン色素であるスクアレン色素とクロコナイン色素に着目し、1H NMR、ESR、SQUIDデバイスを用いた磁化率測定、X線結晶構造解析により、これら色素が中間開殻性をもつことを示しました。さらに、これらポリメチン色素が二光子吸収特性を有することを明らかにし、中間開殻性の強さの指針であるジラジカル因子y0値を実験的に算出しました。
[1] J. Fabian, R. Zahradník, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1989, 28, 677–694. [2] D. López-Carballeira, D. Casanova, F. Ruipérez, ChemPhysChem, 2018, 19, 2224–2233.Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
私が研究室に配属されてから一貫して取り組んできたテーマであり、3年かけてようやく形になったことから非常に思い入れがある研究です。研究開始当初、四員環オキソカーボンを中心にもつスクアレン色素の中間開殻性について研究していました。しかし、スクアレン色素では、中間開殻性を証明するための明確なデータが得られず、方針転換を迫られました。そこで、自分なりに工夫し、スクアレン色素より長波長領域に吸収を示す五員環オキソカーボンからなるクロコナイン色素に展開しました。合成したクロコナイン色素の1H NMRスペクトルでは,室温でピークが観測されないという特異な現象が観測され、それが中間開殼性を証明するための足がかりになりました。さらに、クロコナイン色素のESR測定で、中間開殻性に関連する熱励起三重項種に由来する共鳴シグナルが観測された時には,作業仮説とおりにクロコナイン色素が中間開殻性を持つことが確信でき、非常に嬉しかったことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
分子の持つ中間開殻性という特異な性質を様々な測定データから裏付けていく必要があり、難しかったです。共同研究者の大阪公立大学大学院理学研究科の藤原先生、酒巻先生、産業技術総合研究所の鎌田先生に教わりながら、1つの化合物に対して1H NMR測定、SQUID磁気測定、ESR測定、二光子吸収測定、X線結晶構造解析という5つの測定方法を駆使して、多角的にポリメチン色素の中間開殻性を評価することで成果に繋がりました。
また、これらの磁気測定では常磁性の不純物が結果に大きく影響するので、徹底的に精製しなければならず、その点が技術的に難しかったです。特に、SQUID測定では、金属製のスパチュラを用いるだけで、ごく微量の常磁性不純物が混入するため、適当な結果が得られないことがありました。そこで、合成、精製、秤量に至るまで金属製の器具を一切使わず、セラミック製のハサミ、プラスチックのスプーン、竹ひごなどで代用して、常磁性不純物による影響を低減しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学の世界ではよく失敗が起こり、数ヶ月かけて行った実験が全く無駄になってしまうことも少なくないです。そのような失敗を恐れず、様々なことにチャレンジしていく研究者になり、化学の発展に貢献していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
基礎研究は失敗することも多々あり、敬遠してしまう人もいるかもしれませんが、化学を大きく発展させるのは必ず基礎研究からだと信じています。既存の研究を発展させることはもちろん重要ですが、長い時間をかける基礎研究にも着目してみて欲しいです。
最後になりましたが、本研究の遂行にあたり熱心にご指導頂きました大阪公立大学大学院工学研究科の八木繁幸先生、前田壮志先生、SQUID磁気測定、EPR測定、構造解析にご協力頂きました同大学院理学研究科の藤原秀紀先生、酒巻大輔先生、二光子吸収測定にご協力いただきました、産業技術総合研究所の鎌田賢司先生、小西龍己さん、研究室の皆様、並びに本研究を取り上げて下さったChem-Stationのスタッフの皆様にこの場を借りて心から感謝を申し上げます。
研究者の略歴
岡 大志 (おか たいし)
大阪公立大学大学院 工学研究科 有機機能化学研究グループ 博士後期課程1年
研究テーマ: ジラジカル性を考慮した近赤外吸収色素の分子設計と機能開拓