第505回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学府 創薬科学専攻 環境調和創薬化学分野(大嶋研)の山田 昂輝(やまだ こうき)さんと2023年3月まで在籍されていた近藤 優太(こんどう ゆうた)博士にお願いしました。
大嶋研究室では、機能性分子を地球環境に優しい方法で供給する「環境調和型触媒反応」を開発し、それらの反応を鍵反応とすることで、実際に様々な生物活性天然物や医薬品の効率的な合成を行い、化学・薬学の分野に貢献することを目的に研究を行っています。具体的には、窒素上無保護ケチミンの化学やカルボン酸等価体・無保護カルボン酸の触媒的α–官能基化反応、立体障害型非天然α–アミノ酸合成を代表的な研究テーマとして取り組んでいます。
本プレスリリースの研究成果では、有機分⼦触媒を⽤いることで光学活性なα-アミノホスホン酸類の直接合成法を世界で初めて実現しました。この研究成果は、「ACS Catalysis」誌に掲載され、Supplementary Coverにも選出されました。またプレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Koki Yamada, Yuta Kondo, Akihiko Kitamura, Tetsuya Kadota, Hiroyuki Morimoto, and Takashi Ohshima
ACS Catal. 2023, 13, 5, 3158–3163
研究室を主宰されている大嶋孝志 教授と指導教員で現在は九州工業大学大学院に所属されている森本浩之 准教授より山田さんと近藤博士についてコメントを頂戴いたしました!
大嶋先生より
研究室で長年研究している「窒素上無保護ケチミン」の化学ですが、「化学の常識」として使われ続けられている保護基や活性化基を使わないグリーンな合成プロセスを、その反応だけではなく原料となる反応基質合成から作り上げる、それを一つ一つ積み重ねていく事がとても大切だと思っています。基質となる無保護ケチミンの取り扱いには細心のケアが必要です。その後の触媒反応でも、保護ケチミンで用いられた反応条件をそのまま適応できることはなく、無保護ケチミンに応じた反応条件、不斉触媒を作っていかねばなりません。ですので、このプロジェクトに従事している学生の実験スキル、経験、知識は自信を持って太鼓判を押せます。
山田くんは、研究室に配属された当初からこの研究課題に取り組み、なかなか思うように不斉収率が伸びなかった時も、反応検討の合間を見つけて触媒のデザインと合成を行い、最適触媒を見出してくれました。その後の生成物の変換反応も、私のリクエスト(無茶なものも含め)に果敢にチャレンジし、成功してくれました。研究室では、「イミンチームの論文は修士の間には出せない」というジンクスがあったみたいですが、それを見事に打ち破ってくれました。それもACS Catalysisで! 修士で卒業することを予定していますが、博士進学をいつでも待っています!
近藤くんも配属当時から「窒素上無保護ケチミン」の研究に取り組み、触媒反応の開発とともに、無保護ケチミンの合成法の開発の中心的な存在です。修士課程を終えたのち、薬剤師コースの博士課程に進学し、2年間は薬剤師国家試験の受験資格を得るための講義や実習で忙しい中、少しの時間を見つけて実験を継続してくれました。イミンチームの主であり、学術変革領域「デジタル有機合成」の事務局の仕事もこなしてくれ、ほぼ研究室のスタッフの役割も担ってくれました。研究室での7年間で、総説も含み9報の論文に名を連ねています。これは私の研究室の中での論文数レコードであり、現在投稿中および投稿予定のものもあるので、さらに記録は伸びると思います。この3月で卒業ですが、九大病院で臨床の現場を経験したのち、新たなステージでも活躍して行ってくれるものと期待しています。
今回の研究で個人的に一番嬉しかったのは、イサチンからのone-pot合成で、一つの不斉触媒が二つの反応それぞれで機能し、目的物が高収率かつ高エナンチオ選択的に合成できたところです。「窒素上無保護ケチミン」は置換基によって単離困難なものもありますが、このようなone-pot反応や連続反応にすることができれば、その活用範囲は一気に広がります。今後の研究展開でそれを証明できればと思っています。
森本先生より
森崎くん(現北大助教)から始まった無保護ケチミンのプロジェクトですが、原料の無保護ケチミン自体の合成の問題を解決してくれたのが近藤くんです。彼のおかげで、入手容易なカルボニル化合物から容易に様々な窒素上無保護ケチミンを手にすることができるようになり、今回のプレスリリースの対象となったヒドロホスホニル化の研究にも重要な糸口を与えてくれました。また、山田くんは研究室配属時から本ヒドロホスホニル化反応の担当となり、約2年間の短期間で近藤くんと協力して高収率・高立体選択性で生成物を与える反応条件を見出して、基質適用範囲や生成物の変換反応などの条件を1つずつ確立してくれました。彼ら2人の努力・協力と日々の積み重ねによって、本プロジェクトが一つの頂点を極めることができたと考えています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回私たちは、窒素上に保護基を持たない「窒素上無保護ケチミン」を用いて、α-アミノ酸類縁体であるα-アミノホスホン酸を立体選択的に合成する触媒反応を開発しました。
α-アミノホスホン酸は、α-アミノ酸の生物学的等価体であり、生物活性物質中にも見られる化合物です。また、α-アミノホスホン酸は、リン原子の四面体構造からペプチド加水分解の遷移状態類縁体としても知られており、ペプチド加水分解酵素への耐性を示す有用な合成素子となります。光学活性なα-アミノホスホン酸類を合成する方法の一つとしてイミンに対する不斉ヒドロホスホニル化反応が知られています。しかし、従来の合成方法においては、窒素原子上が保護されたイミンが用いられており、不要な保護基の着脱が必要であるため、ステップエコノミー、アトムエコノミーの観点で改善の余地がありました。
そこで私たちは、窒素原子上に保護基を持たない「窒素上無保護ケチミン」を用いた反応に着目し、不要な廃棄物を出さない光学活性なα-アミノホスホン酸類の直接合成の開発に世界で初めて成功しました。本反応は様々な置換基を有する基質に適用可能であり、高い収率と立体選択性で目的のα-アミノホスホン酸類を得ることが可能です。
また、触媒量の低減化や、近年我々が報告した触媒的無保護ケチミン合成反応(①、②、③)を応用したワンポット反応への応用も可能でした。一般に単離精製の工程は多量の有機溶媒を用いるなど廃棄物増加の一因となりうるため、ワンポット反応によってより環境に配慮したα-アミノホスホン酸類の不斉合成を達成できました。得られたα-アミノホスホン酸類は、脱保護工程を経ることなく1工程で直接誘導体へと変換可能でした。これにより、ジペプチドやα-アミノホスホン酸そのものが合成可能となり、本手法の医薬品合成への応用も期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
山田さん
触媒検討が一番時間をかけた部分だったように思えます。触媒を合成するのは時間がかかるので優先順位を考えた検討が必要になり、触媒の単離精製をできるだけ失敗しないようにという緊張感もありました。しかし、一つ一つの努力が実を結んで最適触媒を決定することが出来たときの喜びは大きかったです。
近藤博士
私のメインテーマとして進行中であった触媒的無保護ケチミン合成に続くワンポット反応において、無保護ケチミンのヒドロホスホニル化は良好に進行することを見出していましたが、生成物の無保護アミノホスホン酸がシリカゲルに不安定でカラムクロマトグラフィー中に逆反応が進行してしまい、単離精製に非常に苦労しました。逆反応がおこる系では不斉合成は難しいのですが、幸運なことにイサチンやトリフルオロアセトフェノン由来の生成物は安定で逆反応がおこらないことが分かり、不斉反応の検討を開始しました。初期検討の段階で既にかなり良い結果が得られていたため、ちょうどそのタイミングで研究室に配属された山田くんに「修士課程が終わるまでに仕上げてくれればいいよ」と引き継ぎました。そんな中、CSJ化学フェスタ2021にて、名古屋工業大学の中村修一先生の研究室から、同じく無保護ケチミンの不斉ヒドロホスホニル化が発表されているのを見つけました。「これはまずい」ということで私も本テーマに戻り、最終的には共同筆頭の形で仕上げました。
常に中村研究室の進捗を意識しての研究だったので、精神的にもしんどかったです。私たちが先に投稿まで行きつきましたが、ACS Catalysisで見事にreject。Organic Lettersへの投稿も考えましたが、査読コメントで納得できない箇所が多くあり、山田くんもまだ修士1年で時間的に猶予もあったので、再度ACS Catalysisにチャレンジすることにしました。そこからが長くて、すべての査読コメントに答えるための追加実験に時間がかかってしまい、そうこうしているうちに中村先生の論文が先にOrganic Lettersにpublishされました。いよいよ引くに引けなくなったので、絶対にACS Catalysisに通すという強い気持ちでラストスパートを走り抜けました。結局最初の投稿からpublishまで丸半年、長い戦いでしたが満足できる結果となって良かったです。(余談ですが、昨年の第15回有機触媒シンポジウムで中村研論文の筆頭著者である小倉くんと直接お会いできました。無保護ケチミン含め色々とお話しできたので良かったです)
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
山田さん
意外と難しかったのがアプリケーションのクロスカップリング反応です。クロスカップリング反応は反応条件が多数報告されているだけにα-アミノホスホン酸類に適用可能な条件をピンポイントで見つけるのは難しかったです。再投稿ではこの実験が律速になっていたので上手くいったときの達成感は大きかったです。
近藤博士
トリフルオロアセトフェノンイミンを用いた場合において、反応時間を延長しても原料の無保護ケチミンが残存し、収率が伸び切らないという課題に直面しました。反応温度や濃度を調節したり、試薬を加える順番を変更したりと、様々検討しましたが、いずれも解決には至りませんでした(SIに一部ですが最適化の跡を載せています)。何か手掛かりはないかと必死で関連論文をチェックしていたところ、山本尚先生の論文にて、亜リン酸エステルのエステル部位を変更することで収率、選択性が大幅に変化し、特にビス(トリフルオロエチル)エステルで良い結果が得られることが報告されていました。エチルエステルなどは既に検討していたものの、ビス(トリフルオロエチル)エステルは未検討であったため、すぐに森本先生に購入を依頼しました。個人的に、研究で期待しすぎると裏切られることが多いので、普段はあまり期待しないように心がけているのですが(笑)、この時ばかりは結果が出るのをそわそわしながら待っていたのを覚えています。結果、期待どおりに無保護ケチミンが完全に消失し、最終的には触媒量の低減まで達成することができました。
当初の文献調査では「hydrophosphonylation」や「Kabachnik–Fields reaction」をキーワードにしていましたが、山本先生の論文のタイトルでは「Pudovik Reaction」が用いられており、見つけることができていませんでした。英語版WikipediaでKabachnik–Fields reactionを調べていた際に、類似(関連)反応として「Pudovik reaction」が解説されており、この名称で文献検索した結果、この論文にたどり着くことができました。関連文献と周辺知識の徹底的な調査がいかに大切かを改めて感じました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
山田さん
本研究もさることながら、先輩の研究成果などを見ても、やはり無駄がない反応や合成ルートは非常にかっこいいと感じます。将来は自分が産学のどちらに居るのかはまだわかりませんが、本研究で培ったことを活かして、引き続きものづくりのコスト面、環境面に大きく貢献できるような反応開発などに携わりたいと考えています。
近藤博士
博士号取得後は大学病院の薬剤師として勤務しています。現在の薬学教育は臨床に重点を置いているため、化学が軽視される傾向にあると感じています。実際に、薬剤師国家試験で化学の出題を減らし、CBT(実務実習前の試験)で代替できないかと議論されたこともあるようです。しかし、薬剤師のアイデンティティは「化学」にあると、私は考えています。医師、歯科医師、看護師といった医療職の中で、化学をしっかり学習するのは薬剤師だけです。確かに、私自身も現時点で化学の知識を臨床ですぐに応用できるアイデアはなく、難しい問題だと理解しています。ただ、薬学部6年制の開始以降、有機化学で博士号を取得して臨床の現場に出た人は多くないと思います。実際の臨床に出て、化学の知識をどう生かすことができるかを考えることで、今後の薬学、薬学教育にも貢献できればと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
山田さん
ここまで読んでいただいてありがとうございます。私自身この研究を通して多くの人と関わることが出来たと思っていますが、これからも研究の楽しさや大変さを共有できる人にたくさんめぐり合いたいと考えております。学会発表などでお見かけした際には是非お声かけください(研究以外のお話でも大歓迎です)。
近藤博士
華々しい研究成果の人と、なかなか研究がうまくいかず、場合によっては潰れてしまう人、対極にあるようですが、紙一重の存在ではないかと思っています。ある日突然良い成果が生まれることもあるし、逆に誰がいつ潰れてしまってもおかしくないと思っています。私もいまこうやってスポットライトリサーチで取り上げていただいていますが、特別優れた能力を持ち合わせているわけではないので、いつどこで潰れていてもおかしくなかった研究室生活だったと思います。時にはテーマ外の雑務に追われ、何のために進学したのか分からなくなる時期もありました。そうこうしているうちに、研究室の同期や他大学の同級生たちはハイジャーナルに華々しく論文掲載されます。考えれば考えるほどマイナスのことばかり思い浮かんで、ポジティブな思考にはならないと思っているので、そういうときこそ深く考えずに手を動かすようにしていました。その甲斐あってか、論文数だけはそれなりに積み上げることができたのは良かったことかもしれません。
また、ありきたりかもしれませんが、つらい時に気軽に話すことができる人の存在はとても大事だと思います。それは研究室の先輩や同期でもいいし、他研究室の人でもいいと思います。幸い私は素晴らしい同期や後輩に恵まれ、また、デジタル有機合成のおかげで多くの先生方や学生と知り合うことができました。こういう縁があったからこそ、博士課程を完走することができたと思います。
今回このように私たちの研究を紹介する場をくださったChem-Stationのスタッフの方々に感謝申し上げます。直属の大先輩の森崎さん(現北大院薬助教)や偉大な同期の田中津久志くん(現製薬会社勤務)がそれぞれ2回ずつスポットライトリサーチに掲載されていて(森崎①、②、つくし①、②)、それとは対照的に私には縁のない話だと思っていたので、最後の最後で取り上げていただくことができて嬉しかったです。
最後に、長い間ご指導いただいた大嶋先生、森本先生、矢崎先生に感謝申し上げます。特に森本先生には、修士のころは毎晩のようにディスカッションに付き合っていただきました。森本先生は4月から九州工業大学に栄転されましたが、最後にこの研究を一緒に仕上げることができて良かったです。また、イミンチームの森崎さん、澤さん、米嵜さんの諸先輩方が道を拓いてくださった無保護ケチミンを、宮崎くん、平澤くん、門田くん、草川くん、齋藤さん、山田くん、縄稚さん、北村くん、新川さんの素晴らしい後輩たちに恵まれ、ここまで拡げることができました。本当にありがとうございました。まだもう少しだけやり残した仕事があるので、もし論文で名前を見かけたら、「こんな人いたな」と思い出していただけると嬉しいです。
研究者の略歴
名前:山田昂輝(やまだ こうき)
所属:九州大学大学院薬学府 創薬科学専攻 修士課程
略歴:
2022年3月 九州大学薬学部 卒業
2022年4月 九州大学大学院薬学府 創薬科学専攻 修士課程 入学
名前:近藤 優太(こんどう ゆうた)
所属:九州大学大学院薬学府 創薬科学専攻 博士後期課程(研究当時)
略歴:
2017年3月 九州大学薬学部 卒業
2019年3月 九州大学薬学府創薬科学専攻 修士課程 修了
2019年4月~2021年3月 博士後期課程 薬剤師受験資格取得コース
2019年4月~2022年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2021年3月 薬剤師国家試験受験資格取得、薬剤師国家試験合格
2023年3月 九州大学薬学府創薬科学専攻 博士後期課程 修了、博士(創薬科学)
2023年4月 九州大学病院薬剤部 入職
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