第514回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 物質理工学院 細野秀雄 研究室に在籍されていた杉山 博信(すぎやま ひろのぶ)博士にお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、金属間化合物触媒についてです。本研究グループは、酸化物前駆体のアンモニア処理による簡便な手法によって、パラジウム(Pd)とモリブデン(Mo)が交互に積層した金属間化合物触媒を合成し、加圧条件下(0.9 MPa)において、二酸化炭素水素化による室温(25 ℃)メタノール合成を達成しました。
この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Room-Temperature CO2 Hydrogenation to Methanol over Air-Stable hcp-PdMo Intermetallic Catalyst
Hironobu Sugiyama, Masayoshi Miyazaki, Masato Sasase, Masaaki Kitano, Hideo Hosono
指導教員だった元素戦略MDX研究センターの細野秀雄栄誉教授より杉山博士についてコメントを頂戴いたしました!
杉山君は、材料の研究を志し博士課程で当研究室を志願してきた学生です。動機・意思とも確りしているので「うちは研究では妥協しませんよ。それでも良ければ」といって受け入れた学生でした。触媒が専門の北野先生と相談し、温和な条件下でのCO(N2と等電子構造)からのメタノール合成を独自の触媒を使って試みるテーマをやってもらうことにしました。それらについては、目論見通りの結果がえられましたが、その過程で今回の成果に繋がる発見がありました。初めて彼から聞いた時は、「やっと本格的な研究になってきたな」ということでした。実際に研究に従事している学生には、五感を研ぎ澄ましていれば、こういう発見はしばしば生じるからです。そこから論文化するまでの1年間は、最も充実した時間だったようです。DXがいくら進展しても最初の起点となる発見は、現場の観察から生まれるものだと思います。今回の成果は物質に秘められた可能性を再認識した次第です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、パラジウム(Pd)とモリブデン(Mo)を主な構成元素とする金属間化合物を触媒として室温(25 ℃)での二酸化炭素を原料としたメタノール合成を実現しました。
カーボンニュートラルの実現に向け、温室効果ガスである二酸化炭素を資源として利用する機運が高まっています。メタノールは、様々な化成品の原料として用いられる分子で、従来は天然ガス由来の合成ガスから合成されています。不要な二酸化炭素から有用なメタノールを合成することは、気候変動と資源枯渇という2つの課題の解決策となり得るため、近年この変換プロセス用の触媒開発が注目を集めています。理想的な触媒としては、簡便な手法で合成でき、化学的耐久性に優れ、その一方でできるだけ温和な条件(特に低温)で二酸化炭素を活性化・水素化できること、また生成物との分離が容易であることが望ましいですが、その全てを満たす触媒候補はこれまでに報告がありませんでした。
我々は、酸化物前駆体をアンモニア雰囲気で焼成するという簡便な方法によって、PdとMoが交互に積層した六方最密充填構造を有する金属間化合物(hcp-PdMo)が合成できることを発見しました(図1(a, b))。このhcp-PdMoは大気下で長期的に安定です(図1(c))。こうした合成の簡便さや高い化学的安定性は実用上重要であると言えます。
hcp-PdMoをMo2N上に担持した触媒(hcp-PdMo/Mo2N)は、低温でのメタノール合成を著しく促進し、PdのみをMo2N上に担持した触媒(Pd/Mo2N)が活性を示さない100 ºC以下の低温域でも活性を示しました(図2(a))。さらに、hcp-PdMo/Mo2N触媒上での見かけの活性化エネルギーは27 kJ mol−1と見積もられ、Pd/Mo2N触媒(78 kJ mol−1)と比較して半分以下になっていることがわかりました(図2(b))。hcp-PdMoのメタノール合成活性は加圧によりさらに向上し(図3(a))、0.9 MPaの条件下では、室温(25度)でも50時間以上にわたり断続的なメタノール合成を実現しました(図3(b))。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
今になって振り返ってみると、MoとPdという元素の組み合わせを選んだことが今回の発見につながった最大の要因だと感じています。正直に言えば、hcp構造の金属間化合物相は最初から狙ったものではありませんでした。この相はMo-Pd系における唯一の2元系化合物なのですが、相図上では約1400 ºC以上でのみ熱力学的に安定な相であり、仮に得られたとしても粉末化が困難だと考えていたからです。そこで、最初は比較的低温での粉末の合成報告があるPd2Mo3Nという3元系窒化物をターゲットにしました。Pd2Mo3Nを実際に合成してみると、単相で得ることが難しく、不純物相が除けませんでした。試料のキャラクタリゼーションを進める中で、この不純物相がhcp構造のPdMo金属間化合物だと判明しました。この相が得られるはずのない1000 ºC以下の温度で合成を行っていたので、このことが分かった時は非常に驚きました。ただの不純物だと切り捨てずに、フォーカスを当て深追いしたのが良かったのだと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
触媒活性に寄与する相の同定に最も時間を費やしました。まず合成条件(原料中のPdとMoの比率、反応温度や反応時間)を系統的に変更し、上述の不純物相をほぼ単相で得られる条件を探しました。次に、単相試料に対して様々なキャラクタリゼーション(TEM観察や組成分析など)を行い、不純物相の正体がhcp構造のPdMo金属間化合物であることを突き止めました。これらのキャラクタリゼーションを通じて、PdとMoが交互に積層している構造や、合成雰囲気下で金属間化合物中の空隙に取り込まれる少量のアニオン(窒素や酸素)が相の安定に寄与するといったhcp-PdMo特有のユニークな材料特性を明らかにすることもできました。比較的早期に単相試料の合成条件を確立できたことが、キャラクタリゼーションを加速させ、不純物相の組成決定につながったと思います。その過程においては、地道なデータ集めと解析、そして先生方との議論の繰り返しが非常に重要だったと感じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
「炭素循環」を一つのキーワードとして、化学と関わっていきたいと思います。Q1. でも触れたように二酸化炭素の資源化は、エネルギー問題と環境問題の双方と密接に関係しており、今後ますます重要に、かつ面白くなっていくテーマだと思います。博士課程では、触媒開発に専念してきましたが、反応器などのプロセス面や経済面からの視点も同様に大切です。私は博士課程修了後の進路として、企業への就職を選びましたが、その背景には実際のプラントや事業化を近くで感じられる場所で今の自分に足りないプロセス面や経済面の素養を磨きながら、炭素循環型社会の実現に貢献したい、と考えたことが理由の一つとしてあります。これからも、より多角的な視点から物事を俯瞰できる人間になれるようにひたむきに努力していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の成果につながる最初の発見は、ちょうどの昨年の春ごろだったと記憶しています。それからの1年間は本当にこのテーマ一つに没頭してきました。これは選択肢の多い現代だからこそ貴重な経験だったと思います。もし、自分が本気で面白いと思うことに出会えたのなら、本気で没頭するのが良いと思います。大きな成長はそうした中で起こるものだと、今回博士課程での研究を振り返ってみて強くそう感じました。
最後に、常に真正面からの議論と指導を通じて“材料研究の面白さ”を伝えて下さった細野先生と、触媒化学の基礎とその魅力を一から教えて下さった北野先生に心からの感謝を申し上げます。また、研究生活を支えていただいた元素戦略研究センター(現:元素戦略MDX研究センター)の皆様、並びにこの度の研究紹介の機会をいただいたChem-Stationスタッフの方々に厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前 : 杉山 博信 (すぎやま ひろのぶ)
所属 : 住友化学株式会社 (研究当時:東京工業大学 物質理工学院)
研究テーマ : 温和な条件下でのメタノール合成に向けた触媒探索
略歴 :
2013年3月 静岡県立韮山高等学校 卒業
2017年3月 京都大学 工学部 地球工学科 卒業
2019年3月 京都大学大学院 エネルギー科学研究科 修士課程 修了
2021年4月~2023年3月 日本学術振興会 特別研究員 (DC2)
2023年3月 東京工業大学 物質理工学院 博士後期課程 修了 (細野秀雄 研究室)
2023年4月 住友化学株式会社 入社