第506回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院薬学研究科 医薬資源化学分野(浅井研)の古村 翔(ふるむら しょう)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究内容は、ゲノムマイニングを用いた新しい酵素の発見についてです。本研究グループでは糸状菌の遺伝子資源からユニークな天然物や生合成システムを探索する過程で、糸状菌から新たなカルコン合成酵素を発見しました。加えて、カルコンからフラバノンへの立体選択的な環化を触媒するカルコン異性化酵素も糸状菌から初めて発見しました。さらに、これらの成果に基づき、麹菌を宿主としたフラボノイド類の生産プラットフォームを構築しました。
この研究成果は、「Journal of Natural Products」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Identification and Functional Characterization of Fungal Chalcone Synthase and Chalcone Isomerase
Sho Furumura, Taro Ozaki, Akihiro Sugawara, Yohei Morishita, Kento Tsukada, Tatsuya Ikuta, Asuka Inoue, Teigo Asai*
J. Nat. Prod. 2023, 86, 2, 398–405
研究室を主宰されている浅井禎吾 教授より古村さんについてコメントを頂戴いたしました!
古村くんは私が東北大学薬学部に着任した年に研究室に配属された学生です。また、医薬資源化学分野としては初めての薬学科 (6年生) の学生となります。古村くんは、将来、研究を推進できる薬剤師として活躍するという強い意志を持たれており、また、天然物が好きだということで、私たちの研究室を希望してくれました。古村くんの研究を楽しむ姿勢はとても清々しく、また、その姿は、研究室全体の雰囲気を大変良くしてくれます。また、研究者として大変重要な「気づき」に長けており、実験データを詳細に比較し、ちょっとした違いに気づき、それを実験的に証明し、研究を進展させることができます。その積み重ねとして、学部4年の春には、糸状菌で初となるカルコン合成酵素 DiapAを発見します。しかし、薬学科では、学部4年の後期から約一年、薬局実習や病院実習があり、大変忙しくなります。そんな中でも、自分で時間を見つけては、研究を進めており、実習明けに行ったミーティングでは、膨大な実験結果について、何時間にもおよぶディスカッションをしたのはとても印象的です。本当に、いつのまに進めていたのかと驚かされました。このように、古村くんは研究と薬学科のカリキュラムを完璧に両立させており、能力の高さが際立っています。現在、毎年研究室に薬学科の学生が希望してくるようになったのも、古村くんが道を作ってくれたおかげです。古村くんの人柄は朗らかで親しみやすく、みんなから慕われる存在で、研究室には欠かせない存在です。これから博士課程では、研究者としての部分をさらに成長させ、将来、研究推進型薬剤師として、これまでにない新しい存在として活躍すると確信しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
天然物は、生体内で連続的な酵素反応によって生合成されます。これら、天然物の生合成に関与する酵素 (タンパク質) はアミノ酸が連なったもので、その配列情報は、ゲノム上のコドンに格納されています。すなわち、天然物の生合成情報は全てゲノム上に書き込まれています。カビのゲノム上には膨大な生合成遺伝子が存在しています。これら遺伝子資源から新しい天然物や新しい生合成酵素を発掘するゲノムマイニングという研究手法があります。ゲノムマイニングで見出した生合成遺伝子は、異種発現を用いて機能を発現させ、それらの機能解析やそれらが創り出す天然物を獲得することができます。
私たちの研究室では、カビの遺伝子資源を材料として、ゲノムマイニングと異種発現を組み合わせたいわゆる合成生物学的手法で、新しい天然物や新しい酵素の発見を目指して研究を行なっており、本研究成果もその一環です。カビのゲノム上には、ユニークなポリケタイド合成酵素 (PKS) が存在します。私たちはその中でも、非リボソーム型ペプチド合成酵素に見られるドメインとPKSのドメインが融合した酵素に着目してゲノムマイニングを行なっています。その中で、バッタから分離した糸状菌のゲノム上に、これまで機能解析がされていないユニークな酵素遺伝子 (DiapA) を発見しました。
異種発現を基盤として、機能解析を行なった結果、DiapAは植物の有用天然物の一群であるフラボノイドの重要前駆体であるカルコンを生合成する酵素であることを明らかにしました。本成果により、カビから初めてカルコン合成酵素(CHS)が発見されました。植物に普遍的に存在するカルコン生合成にはIII型PKSという酵素が関与しますが、今回発見したDiapAは全く異なるタイプのPKSであり、植物とカビでは異なるメカニズムでカルコンを生合成することが明らかになりました。「カルコンはIII型PKSで生合成される」ということは、どの天然物化学の教科書にも記載されている最もよく知られた項目ですが、それに一石を投じる結果を得ることができました。
未知遺伝子を対象としたゲノムマイニングは、はずれることもありますが、今回のように思わぬ結果を得ることもできる、現代における宝探しとも言えるロマンあふれる探索研究です。現在もゲノム上に隠れている、レア天然物やレア生合成遺伝子の発掘に挑戦しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
糸状菌のゲノム上には天然物の生合成に関与する遺伝子クラスターが存在しています。しかし、そのほとんどは休眠状態にあり、機能が不明であるため、その機能が特定できれば新規化合物の発見につながることが期待できます。そこで、3つの機能未知のクラスターの解析をおこないましたが、いずれも新規化合物の生産は確認できず、着実に成果を上げる同期を横目に、内心焦っていました。そのような状況の中、4つ目に選択したDiapAを異種発現して新規ピークが観測できた時はとても嬉しかったのを覚えています。
単離・構造解析により、そのピークをナリンゲニンと同定することができましたが、ナリンゲニンなどのフラボノイド類は植物により生産されることが常識であったため、培地由来かと思われました。しかし、同じ培地を使用している他のメンバーの分析では確認できなかったことから、DiapAの産物であると考えて実験を進め、カルコン合成酵素であると証明することができました。従来、カルコンの生合成といえば植物というのが常識でしたが、その常識を覆すような発見となりとても興奮しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
DiapAがナリンゲニンカルコンを生合成していると証明する点です。ナリンゲニンカルコンは培養液中で即座にナリンゲニンへと異性化するため、直接検出することができませんでした。また、DiapAのTEドメインを用いたin vitro実験も検討しましたが、基質となるポリケチドの合成が困難であったため、実施することができませんでした。そこで、植物のカルコンイソメラーゼ (CHI) とともに発現し、生産されるナリンゲニンの立体化学を分析することで証明しようと考えました。結果、CHIによりS体のナリンゲニンが選択的に生合成されたことから、DiapAがカルコン合成酵素であることを証明することができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
博士課程卒業後は病院薬剤師としてのキャリアを構想しており、これまでのように基礎研究における化学に直接かかわることは少なくなります。しかし、基礎研究の中で磨いた知識や技術は、臨床研究にも通ずるものがあると感じています。博士課程では研究遂行のための土台を構築しつつ、医療に関する知識を日々アップデートしていくことで、臨床研究においても活躍できる薬剤師になれるよう、精進していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は昔から天然物に興味を持っていて、新しい天然物を発見することが夢でした。東北大学大学院薬学研究科の医薬資源化学分野はまさに、私の取り組みたい研究をおこなっている魅力的な研究室であり、配属を希望しました。薬局・病院実習や薬剤師国家試験対策などに加え研究活動という多忙な毎日でしたが、好きな研究に打ち込んでいる時には疲れも忘れ、楽しく続けることができました。大学の研究室は、自分がやりたい研究ができ、研究者としての基礎を築くのに絶好の場所です。
ぜひ、皆様には自分がやりたい研究を見つけ、楽しい研究生活を送ってほしいと思います。
最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導賜りました浅井禎吾教授、尾﨑太郎准教授、菅原章公助教、ドッキングシミュレーションを行なって頂きました東北大学分子細胞生化学分野の井上飛鳥教授、生田達也助教に厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:古村 翔(ふるむら しょう)
所属:東北大学大学院薬学研究科 医薬資源化学分野 D1
テーマ:糸状菌フラボノイド