第503回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科で博士の学位を取得され、現在は東京農工大学で学振PDとして奮闘する岩渕 祥璽 (いわぶち しょうじ) さんにお願いしました。
岩渕さんが学生時代に在籍していた野村研究室では、「広義のバイオ材料を用いて自律的に働く人工細胞(超分子ロボット)をつくり,社会に提供する」ことを目標に掲げ、DNAやリポソームなどを活用した挑戦的な研究を展開しています。DNAオリガミで有名な人工DNAデバイス研究の分野では、人工細胞膜に埋め込んだ人工DNAデバイスを作成しようとすると、DNAとその埋め込みのために使用するコレステロールなどの分子とが結合した凝集体が大量にできてしまうことがしばしば起こり、目的物を単離・精製することが難しいという課題がありました。岩渕さん達は今回、この課題を解決するための新しい手法を提案しました。
本成果はChemBioChem誌にて発表され、上位10%以内の評価を得た論文としてVery Important Paper (VIP)にも選出されました。さらに研究内容を表現したビジュアルがCover Pictureにも選ばれています。本研究成果の概要はプレスリリースでも公開されています。なお論文自体もオープンアクセスなので、誰でも読むことが可能です。
“Surfactant-Assisted Purification of Hydrophobic DNA Nanostructures”
Shoji Iwabuchi, Shin-ichiro M. Nomura*, and Yusuke Sato*
ChemBioChem, 2023, 24, e20220
東北大学で岩渕さんを指導された野村 M. 慎一郎 准教授は、岩渕さんの人柄について
実直。
とコメントされています。
さっそく、岩渕さんのインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究では、合成DNAを用いて作成されるDNAナノ構造のうち、従来の手法では精製が困難であった、コレステロール等の疎水性分子の修飾によって凝集しやすい構造を精製する手法を開発しました。近年、人工細胞膜であるリポソームを利用して、マイクロメートルサイズの人工細胞・分子ロボットを作る試みが注目を集めています。これらの人工細胞膜表面に対して、シグナル伝達や膜変形の誘発などの機能を有する機能性DNAナノ構造を結合することができれば、人工細胞・分子ロボットの機能をより高度化できると考えられます。
このような機能性DNAナノ構造を人工細胞膜表面で動作させるためには、構造に対してコレステロール等の疎水分子の修飾が必要です。また、機能性DNAナノ構造を膜面に結合させる前には、余剰なDNA鎖や正しく形成されなかった構造を除去し、目的とする構造を抽出する精製の工程が必要です。しかし、複数の疎水分子が修飾された構造では、疎水分子同士の相互作用によって正しく形成された構造とそうでないものの両方を含む凝集体を形成しやすくなるため、従来の手法によって精製を行うことが困難でした(図A)。このため、機能性DNAナノ構造に対して疎水分子を修飾する時には、構造を作成した後に疎水性分子を結合させる、あるいは精製を必要としない単純な構造を作製する必要があり、構造の設計を制限するものとなっていました。
本研究では、界面活性剤を利用することで凝集を回避し、正しく形成された構造のみを精製・抽出する手法を開発しました(図B)。機能性DNAナノ構造を作成する溶液と、電気泳動のポリアクリルアミドゲル・緩衝溶液に対して、界面活性剤の一種であるコール酸ナトリウムとドデシル硫酸ナトリウムをそれぞれ加えることで凝集を防ぎ、正しく形成された構造を分離することができました。さらに、正しく形成された構造をゲル切り出し手法を利用して精製・抽出できることを示しました。今回の手法で精製された構造は人工細胞膜上に結合する能力を維持しており(図C)、今後開発されるさまざまな機能性DNAナノ構造に対して応用が可能です。このため、本研究によって機能性DNAナノ構造の設計の自由度を拡張し、より高度な機能を有するデバイスシステムを作成できるようになることが期待されます。
図: 本研究で開発した疎水分子修飾DNAナノ構造の精製手法。 (A) 従来の手法によって作成される疎水基修飾DNA ナノ構造の模式図。 (B) 本研究の手法による疎水基修飾DNA ナノ構造の作成と精製抽出の模式図。 (C) 精製された疎水分子修飾DNA ナノ構造を混合した人工細胞膜(リポソーム)の共焦点顕微鏡像。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究は、共同で研究を行うと同時に私を指導してくださっている佐藤佑介先生の「DNAナノ構造の溶液に界面活性剤を入れてみたら?」というミーティングでの一言から全てが始まったと言っても過言ではありません。元々は、とある機能を持つDNAナノ構造を作ろうというプロジェクトを進めていたのですが、この助言を拾い上げて試行錯誤してみた結果、元のプロジェクトから派生して今回開発した手法が生まれました。ミーティングという日常の一コマから新しい成果が生まれるという一連の過程を今回体感したことが印象深いと同時に、常日頃から研究テーマや問題解決のヒントを見つけるためにアンテナを張っておくことが大事だと思いました。
また、今回の手法を編み出した時に、自分としては「その構造を作るための手法」と考えていましたが、手法自体が新しいからこれで論文にしようという議論になった時は、新しいことを開拓できたのだと嬉しい気持ちになりました。同時にこの分野では何が新しいのか、論文になるのかという目線も重要であると感じました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
精製したDNAナノ構造を人工細胞膜(リポソーム)に結合させる部分に苦戦しました。構造自体はゲルから精製できていることが電気泳動で確認できているのに、それが膜面に結合することの再現性が当初は取れなかったため苦労しました。ここが上手くできないと実用性の部分の主張が弱くなってしまうので、再現性が取れるまで実験をやり直しました。最終的に、ゲル中の界面活性剤の除去手法を改善する(具体的には、切り出したゲルを超純水に一定時間浸透する)ことで、安定してリポソーム膜面に結合させることができるようになりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
出身が工学部なこともあり、DNA、タンパク質や脂質などの生体分子は、ナノメートルスケールのデバイスシステムを作るための工学的な材料であるという捉え方をしています。ですが、それらの材料の性質やそれらが存在している環境などをより深く理解し、幅広いアプローチで研究を行うために、化学や関連する分野をもっと勉強したいと考えています。実際、実験結果や事象を考察する上で分子の解像度が低いと感じているところがあるので、勉強したり、さまざまな情報に触れることで化学に対する理解を深めたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。今回発表した成果が、今後のDNAナノ構造の設計・作製技術基盤として数年後に活用されることを願っています。また、今回の成果の発表を通してDNAナノテクノロジーや分子ロボティクスに興味をもってくださる方が1人でも増えてくれたら嬉しいです。
最後に、研究を指導していただいた東北大学の野村慎一郎先生、九州工業大学の佐藤佑介先生、このように自分の研究や自分自身のことを紹介する機会をくださったケムステの関係者の方々に深くお礼申し上げます。ありがとうございました。
研究者の略歴
名前:岩渕 祥璽(いわぶち しょうじ)
所属:東京農工大学工学府生命工学科 (研究当時: 東北大学工学研究科)
専門:DNAナノテクノロジー・分子ロボティクス
経歴:2018年3月 東北大学工学部機械知能・航空工学科修了
2020年3月 東北大学工学研究科修士課程修了 (野村慎一郎准教授)
2021年4月 – 2023年3月 日本学術振興会特別研究員 (DC2)
2023年3月 東北大学工学研究科博士課程修了・博士(工学) (野村慎一郎准教授)
2023年4月 – 日本学術振興会特別研究員 (PD) (川野竜司教授)
関連リンク
・九州工業大学プレスリリース:人工細胞膜上で機能するナノデバイスの新たな精製方法を確立