[スポンサーリンク]

一般的な話題

花粉症の薬いまむかし -フェキソフェナジンとテルフェナジン-

[スポンサーリンク]

2023年春、今年も花粉症の季節がやってきました。すでに抗ヒスタミン薬が手放せないという方も多いのではないでしょうか。

花粉症の薬は数多く出ていますが、その中でも比較的有名なのが紫色のパッケージのアレグラ®だと思います。アレグラはフェキソフェナジン (図1) を有効成分とする第2世代抗ヒスタミン薬で、医療用の先発品・ジェネリックの他、OTC医薬品 (薬局で購入できる) としても売られています。近年は鼻詰まりの改善薬であるプソイドエフェドリンとフェキソフェナジンの合剤であるディレグラ® (医療用医薬品) やアレグラFXプレミアム® (OTC医薬品) も販売されています。効き目に関しては個人差があるのでなんとも言えませんが、一番の特徴は眠くなりにくいことです。アレグラの添付文書には車の運転に関する制限の記載もありません。他の重篤な副作用もほとんど報告されておらず、安全に使える花粉症の薬の代名詞となっています。

図1. フェキソフェナジンの構造式

フェキソフェナジンのプロドラッグ

フェキソフェナジンが医療用医薬品として本邦で承認されたのは2000年のことで、それまではいわゆるプロドラッグであるテルフェナジン (トリルダン®)というお薬が臨床で用いられていました。逆に言えばフェキソフェナジンはテルフェナジンの活性代謝物で、薬物代謝酵素シトクロムP450 (CYP) の作用によってテルフェナジンの一箇所のメチル基がカルボキシ基に変換されることで抗ヒスタミン作用を示します (図2)。

図2.  テルフェナジンからフェキソフェナジンへの代謝

CYP を利用したプロドラッグ化は、肝臓での初回通過効果 (薬物が血中に吸収されたのち、初めに肝臓を通過する際に代謝されて薬効を失うか減弱してしまう現象) を避けるための常套手段ですが、テルフェナジンに関しては逆にこのプロドラッグ化が仇となってしまい、重篤な副作用の発現に繋がったことが知られています。

テルフェナジンの心毒性

テルフェナジンも眠くなりにくい抗ヒスタミン薬として画期的なお薬であったのですが、心臓に対する重篤な副作用を示すことが、承認後に臨床で明らかとなってきました。1997年、当時の厚生省はテルフェナジンを主成分とするトリルダン®錠について次のような緊急安全性情報を発出しました。

発売5年間でトリルダン錠使用による重篤なQT延長、心室性不整脈の副作用が7例認められましたので、1995年1月「警告」欄を設けるとともに使用上の注意を改訂致しました。しかしながら、その後2年間で同様な死亡に至るおそれのある副作用としてQT延長、心室性不整脈が10例認められています。これらの副作用はいずれも禁忌、及び慎重投与に該当するハイリスク患者で発現しております。したがって、本剤の使用にあたっては、下記の点に十分ご注意下さい。

https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0902/h0213-2.html より引用

QT延長とは心電図での所見に関する用語で、致死性の不整脈に繋がる異常のことを指します。テルフェナジンによるQT延長の原因としては、hERG (ハーグ) と呼ばれるカリウムイオンチャネルの阻害が主となっています。この hERG 阻害活性を有する化合物は致死的副作用発現のリスクが非常に高いため、現在の創薬現場では開発初期段階で hERG に対する阻害活性を予め予測・実測することが常となっています。しかしテルフェナジンなどが開発・使用されていた1990年代はまだまだその辺りの知見が乏しく、テルフェナジン以外にも複数の薬剤が心毒性の副作用により相次いで市場撤退しています。

テルフェナジンの活性代謝物であるフェキソフェナジンには何ら心毒性の副作用は無く、問題はプロドラッグであり未変化体であるテルフェナジン自体にありました。薬物代謝酵素 CYP はさまざまな医薬品によって阻害されることが知られています。特にテルフェナジンの代謝に関わる CYP3A4 というアイソザイムは、抗生物質のクラリスロマイシンや抗菌薬のイトラコナゾールによって強く阻害されます。そのため、これらの薬とテルフェナジンを併用すると無毒なフェキソフェナジンへの代謝が阻害され、未変化体のテルフェナジンが蓄積し、心毒性のリスクが増大するという問題が出てきます。テルフェナジンの緊急安全性情報に載せられた症例報告では、以下のような例があります。

クラリスロマイシンを投与約2ヶ月目に、テルフェナジンを8日間併用したところ、めまい感が発現した。ECG (心電図) 所見は QT 延長、心室頻拍、Torsades de pointes* を示した。内服薬全て中止し、ECG モニター下で、リドカイン及び硫酸アトロピンを静注した。(後略)

https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0902/h0213-2.html より引用

*致死性不整脈の一型

アメリカではテルフェナジンが1998年に市場撤退、本邦でも遅れること2001年に市場撤退し、後継品のアレグラが花粉症のお薬の代名詞となりました。

フェキソフェナジンの安全性

フェキソフェナジンとテルフェナジンの化学構造から見た違いはたったの一箇所、メチル基かカルボキシ基かの違いだけです。では、なぜ副作用発現に関してこんなにも違いが出るのでしょう? 実のところ詳細はよく分かっていませんが、フェキソフェナジンが水溶性かつ酸性官能基のカルボキシ基を有しているということにヒントがあるかもしれません。心毒性発現の原因となる hERG チャネルは、脂溶性薬物や塩基性薬物によって阻害されやすいことが経験的に知られています (hERG阻害薬物の詳細については、こちらのブログが参考になります)。テルフェナジンはそのままでは脂溶性が比較的高く、また塩基性の第三球アミンを持っているので、hERG阻害が起こってもおかしくない構造と言えます (ただし実際に阻害が起こるかどうかは、個々のアッセイにより試していく必要があります)。一方、フェキソフェナジンはカルボン酸誘導体であるため分子全体の脂溶性や塩基性がマスクされ、hERGに対する親和性が失われているために、心毒性の副作用を回避できている可能性があります。
さらにカルボン酸の脂溶性低減効果により、中枢神経系への移行も抑制された結果、眠気の副作用が出にくいという別の安全性も担保されるようになりました。

このように、たった一箇所の置換基の違いで重篤な副作用を無くせるというのは、創薬化学・メディシナルケミストリーの非常に興味深い一例であると感じます。

おわりに

フェキソフェナジンのカルボン酸構造に由来する問題点を強いて挙げるとすれば、オレンジジュースやリンゴジュース、グレープフルーツジュースなどによりその効能が減弱しやすいことです。カルボキシ基は生理的pHではアニオン型 (-COO) として存在するため、脂溶性の膜透過ができず、フェキソフェナジンの体内吸収は有機アニオントランスポーター (OATP) という輸送体によって能動的に行われます。そのオレンジジュースなどにはその OATP を阻害する成分が含まれているため、同時に服用するとフェキソフェナジンの効果が減弱し、花粉症の諸症状が現れやすくなってしまう場合があります。そのため、フェキソフェナジンを服用中の方は朝ごはんなどにこれらのジュース類を避けていただいた方が良いでしょう。

もちろん、花粉症に適応のある医薬品は医療用・一般用とも数多く上市されています。どれが合うかは遺伝的要因を含むさまざまな個人差によるところもあるため試してみないと分からない点もありますが、是非以下のケムステ記事も参考にしていただき、快適な生活を送っていただけるよう願ってやみません。

花粉症関連ケムステ記事

構造式から選ぶ花粉症のOTC医薬品
花粉症対策の基礎知識
「花粉のつきにくいスーツ」登場

関連書籍

[amazonjs asin=”475982054X” locale=”JP” title=”現場で役に立つ! 臨床医薬品化学”][amazonjs asin=”4909197052″ locale=”JP” title=”医薬品構造化学―薬の構造と薬理作用の関係を紐解く”][amazonjs asin=”B08685JDXW” locale=”JP” title=”革新的医薬品の科学: 薬理・薬物動態・代謝・安全性から合成まで”]
Avatar photo

DAICHAN

投稿者の記事一覧

創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

関連記事

  1. 累計100記事書きました
  2. Callipeltosideの全合成と構造訂正
  3. 話題のAlphaFold2を使ってみた
  4. お”カネ”持ちな会社たちー2
  5. ハウアミンAのラージスケール合成
  6. 製薬業界における複雑な医薬品候補の合成の設計について: Natu…
  7. 新規色素設計指針を開発 -世界最高の太陽光エネルギー変換効率の実…
  8. 柴田科学 合成反応装置ケミストプラザ CP-400型をデモしてみ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスにおける従来の実験計画法とベイズ最適化の比較
  2. スルホニルアミノ酸を含むペプチドフォルダマーの創製
  3. イチゴ生育に燃料電池
  4. 5歳児の唾液でイグ・ノーベル化学賞=日本人、13年連続
  5. 微生物の電気でリビングラジカル重合
  6. 2023年化学企業トップの年頭所感を読み解く
  7. 第九回ケムステVシンポジウム「サイコミ夏祭り」を開催します!
  8. ビス(アセトニトリル)パラジウム(II)ジクロリド : Dichlorobis(acetonitrile)palladium(II)
  9. シュミット転位 Schmidt Rearrangement
  10. エキノコックスにかかわる化学物質について

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2023年3月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー