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スポットライトリサーチ

メカノケミカル有機合成反応に特化した触媒の開発

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第 497回のスポットライトリサーチは、北海道大学総合化学院 有機元素化学研究室 (伊藤肇 教授)  博士後期課程3年の 瀬尾 珠恵 (せお・たまえ) さんにお願いしました!

瀬尾さんの所属される伊藤研では、有機化合物とさまざまな種類の元素を組み合わせた触媒や機能性材料の開発を行なっており、近年は特にそれらとメカノケミストリーを組み合わせたユニークな反応の開発に注力されています。メカノケミストリーでは、化学反応に物理的・機械的刺激を加えることでその反応性を制御することが可能となり、固体状態での触媒反応などを効率的に行うことができます。伊藤研究室は発足以降、素晴らしい成果をスピード感溢れるペースで発表され続けており、ケムステでも幾度と取り上げさせていただいております。瀬尾さん自身、D3にして既に10報以上の論文を発表されており、筆頭著者としてのスポットライトリサーチへのご登場も今回が2回目となります。伊藤研のメカノケミカルに関連する記事は、以下をご覧ください。


不溶性アリールハライドの固体クロスカップリング反応 (瀬尾さん・1回目のスポットライトリサーチ)
ボールミルを用いた、溶媒を使わないペースト状 Grignard 試薬の合成 (伊藤研・高橋さん)
メカノケミストリーを用いた固体クロスカップリング反応 (伊藤研・久保田准教授)

今回、瀬尾さんらの研究チームでは、ボールミルを使用したクロスカップリング反応の課題であった触媒の選択に関して、メカノケミカル用に最適化された新規触媒 (配位子) の開発に成功しました。膨大なデータに裏打ちされた本研究は高く評価され、J. Am. Chem. Soc 誌に掲載されるとともに、北海道大学よりプレスリリースされました。

Mechanochemistry-Directed Ligand Design: Development of a High-Performance Phosphine Ligand for Palladium-Catalyzed Mechanochemical Organoboron Cross-Coupling
Tamae SeoKoji Kubota*, and Hajime Ito*

J. Am. Chem. Soc. 2023, ASAP, DOI: 10.1021/jacs.2c13543
Abstract
Mechanochemical synthesis that uses transition-metal catalysts has attracted significant attention due to its numerous advantages, including low solvent waste, short reaction times, and the avoidance of problems associated with the low solubility of starting materials. However, even though the mechanochemical reaction environment is largely different from that of homogeneous solution systems, transition-metal catalysts, which were originally developed for use in solution, have been used directly in mechanochemical reactions without any molecular-level modifications to ensure their suitability for mechanochemistry. Alas, this has limited the development of more efficient mechanochemical cross-coupling processes. Here, we report a conceptually distinct approach, whereby a mechanochemistry-directed design is used to develop ligands for mechanochemical Suzuki–Miyaura cross-coupling reactions. The ligand development was guided by the experimental observation of catalyst deactivation via the aggregation of palladium species, a problem that is particularly prominent in solid-state reactions. By embedding the ligand into a poly(ethylene glycol) (PEG) polymer, we found that phosphine-ligated palladium(0) species could be immobilized in the fluid phase created by the PEG chains, preventing the physical mixing of the catalyst into the crystalline solid phase and thus undesired catalyst deactivation. This catalytic system showed high catalytic activity in reactions of polyaromatic substrates close to room temperature. These substrates usually require elevated temperatures to be reactive in the presence of catalyst systems with conventional ligands such as SPhos. The present study hence provides important insights for the design of high-performance catalysts for solid-state reactions and has the potential to inspire the development of industrially attractive, almost solvent-free mechanochemical cross-coupling technologies.

本研究は JACS のカバーにも採用され、さらに Nature Synthesis 誌の Reserach Highlite にも取り上げられるなど、非常に高い注目を浴びています!

研究を指揮された、教授の伊藤肇先生ならびに准教授の久保田浩司先生より、コメントを頂戴しております!

久保田先生より

メカノケミカル反応向けに配位子をデザインする、という誰も挑戦したことのない研究課題でしたが、見事やり遂げてくれました。メカノケミカル合成の研究を始めて約5年、ひとつの大きな到達点だと思います。彼女の膨大な実験量には頭が下がります。卒業後も、新しい環境を楽しみながら大活躍されることを願っています。

 

伊藤先生より

彼女の強みは膨大な合成実験ができることですが、さらにこの研究を通じて各種測定の経験も積めたのは良かったと思います。最終的に、この分野で大きなインパクトのある研究となりました。企業研究者としてさらに成長されることを願っています。

それでは、今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

最近、ボールミルを用いたメカノケミカル有機合成反応が、有害な有機溶媒の使用を低減するクリーンな合成技術として注目されています。当研究室ではこれまで、このメカノケミカル合成法を活用し、固体状態で進行する鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発に成功しています。しかし、これまでのメカノケミカルカップリング反応では、溶液条件向けに開発された触媒・配位子に添加剤を加えて用いていたため、メカノケミカル条件では必ずしも望みの触媒性能が発現せず、しばしば高い反応温度が必要となりました。したがって、より温和なメカノケミカル条件において高活性を示すオリジナルな触媒・配位子の開発が望まれていました。しかし、そのようなメカノケミカル条件に適した配位子設計の原理は明らかでなく、これまでに開発例はありませんでした。

当研究グループは過去の研究により、メカノケミカル条件ではパラジウム触媒が凝集することで失活しやすいことを突き止めていました (図1)。添加剤を加えないボールミル条件下においては、固体の中での拡散効率の低さから、パラジウム種は素早く凝集し触媒失活してしまいます。また、少量の液体を添加するボールミル条件 (LAG条件) においても、反応が進行しやすい流動相に必ずしもパラジウム活性種がいるという保証はなく反応効率の向上に限界がありました。

図1 ボールミルを用いたメカノケミカルクロスカップリング反応の問題点

これらの知見をもとに本研究では、柔軟なポリエチレングリコール(PEG)鎖を結合したホスフィン配位子を用いることで、PEG による流動層にパラジウム触媒を担持し、固体相に取り込まれて失活することを抑制できないかと考えました (図2)。検討の結果、PEG 鎖をもつホスフィン配位子を用いると、メカノケミカル鈴木-宮浦クロスカップリング反応が劇的に加速することを見出しました。特に、室温に近い温和な条件下においても、幅広い基質に対して効率良く反応が進行しました。また、これまでの研究で最適とされていた Buchwald 型配位子 SPhos と比較して、多くの反応例で 1.5 倍から 50 倍程度の収率向上効果が見られました (図2)。今後、このメカノケミカル用配位子をさらに改良することで、超高効率かつ環境に優しい省溶媒メカノケミカル有機合成プロセスの開発が期待できます。

図2  本研究:メカノケミカル条件に特化した触媒の開発

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究の鍵である、ポリマー鎖の役割を実験的に証明することに苦労しました。最初は手探りの状態だったのですが、研究室にある様々な測定装置を使って、研究を進めました。論文内で記載されている、PXRD 測定固体 NMRDSC 測定TEM 測定に加えて、蛍光顕微鏡や吸収スペクトル、SEM、GPC 測定も行いました。私がこれまで関わった論文は合成実験がメインだったのですが、今回の論文は合成実験だけではなく、これらの測定結果も含めて議論できたという点において非常に思い入れのある論文になりました。

今まで報告した論文の中でも特にこの論文は、比べ物にならないくらい実験数も多く、時間も労力もかけたので、素晴らしい形で努力が報われて本当に嬉しく思っています!私の中では博士課程の集大成といえる論文になりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

触媒開発のテーマにおいてはよくあることだと思いますが、これで触媒活性が上がるはず!と思って何日もかけて合成した触媒が、全く活性を示さなかったときは辛かったです。また、合成したホスフィン配位子が空気に不安定で合成途中で壊れてしまったり、未反応のポリマーが残存して単離できなかったりなどが何度もあり、化合物の扱いに慣れるのにも時間がかかりました。

論文中では主に3種類の新規配位子が登場しますが、実際には約20種類の配位子の合成を行いました。しかし、ほとんどが活性を示さなかったり、基準となるBuchwald 配位子よりも活性が低かったりして、没になりました…。

精神的にも体力的にももう限界…と思うことは何度もありましたが、久保田先生のキレキレのアドバイスと「絶対大丈夫!」という言葉を信じて最後まで走り切ることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

2023年4月からは化学系メーカーに就職します。今とは全く異なる分野で研究をすることになると思いますが、研究室の6年間で得た知識と経験を活かして、全力で頑張っていきたいと思っています!

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

6年間の研究室生活を通して、研究は団体戦で1人ではできないということを学びました。指導教員の先生方を含め、測定機器を整備してくださる技術員の方、先輩や後輩など、多くの方の協力があって、初めて満足いく研究をすることができます。毎日研究をしていると、恵まれた環境が当たり前に感じ、1人で研究してると思い込んでしまうことが多々あると思います。また、ゼミや授業で忙しくなったり実験が上手くいかなかったりして気持ちの余裕がなくなると、イライラした態度が出してしまうこともあると思います (私自身とてもありました…)。しかし研究は団体戦なので、勝手に個人プレーする人や、態度が悪い人がいると、全体の雰囲気も悪くなるし、上手くいくはずの研究も上手くいかなくなってしまします。そのような状況になったときこそ、周囲への気遣いや配慮、感謝を忘れず研究することは、ある意味最短で結果を出すことにも繋がるのかなと思いました。

最後にこの場をお借りして、今までお世話になった伊藤先生、久保田先生には深く感謝申し上げます。特に M1~D3 までの 5 年間、直接ご指導していただいた久保田先生には本当に感謝しています。M1のときから、久保田先生の実験や仕事の速さに憧れて、常に目標として意識して過ごしてきました。ゼロからメカノケミストリーという分野を開拓することができて楽しい 5 年間でした。

研究室のメンバーの方々もありがとうございました。

研究者の略歴

名前: 瀬尾 珠恵
所属: 北海道大学総合化学院 伊藤肇研究室 博士後期課程3年 (日本学術振興会研究院DC1)
研究テーマ: ボールミルを用いた固体クロスカップリング反応の開発
趣味: お酒を飲むこと
略歴:
2018年3月 北海道大学工学部 応用理工系学科 卒業
2020年3月 北海道大学大学院 総合化学院 総合化学専攻 博士前期課程 修了
2023年3月 北海道大学大学院 総合化学院 総合化学専攻 博士後期課程 修了予定

 

瀬尾さん、久保田先生、伊藤先生、2回目のインタビューにも快くご協力いただき、誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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DAICHAN

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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