第494回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院生命科学院 天然物化学研究室(脇本研究室) 博士課程学生の小林 雅和さんにお願いしました。
ペプチドは複数のアミノ酸がペプチド結合によって連結している鎖状の分子です。ペプチドが分子内で結合を形成する「ペプチド環化反応」は、ペプチド同士が結合する「多量体化反応」と拮抗する難度の高い反応です。小林さん達はこれまで、放線菌由来の新規なペプチド環化酵素を発見し、その機能解析を精力的に進めてきました。そして今回、研究によって明らかになった酵素の性質を利用して簡便かつ高収率な基質合成法を開発し、さらには計算科学的手法を用いて基質選択性を変更することに成功しています。
本研究成果はJ. Am. Chem. Soc.誌に掲載され、さらにJACS Supplementary Coverにも選出されました。成果の概要は北海道大学プレスリリースでも公開されています。
“Streamlined Chemoenzymatic Synthesis of Cyclic Peptides by Non-ribosomal PeptideCyclase”
Masakazu Kobayashi, Kei Fujita, Kenichi Matsuda*, Toshiyuki Wakimoto*
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 3270.
doi: 10.1021/jacs.2c11082
研究室を主宰されている脇本 敏幸 教授と、指導教員であり本論文の共同責任著者でもある松田 研一 講師のお二人から、小林さんについて以下のコメントを頂いています。
【脇本先生より】
小林君は私が北海道大学薬学部に着任して以来、学部生から博士課程まで進学した初めての学生です。彼の研究に対する主体的な姿勢は学部生の頃から目を見張るものがありました。その成果として学部3年生の冬にペプチド環化酵素SurEを発見します。実はこの酵素の探索は、中国やイギリスのグループとの激しい競争の真っ只中でしたが、集中力があり、実験も早く、負けず嫌いな彼が主体的に貢献してくれたおかげで、最初に論文を発表することができました。その後も環状スルガミドFの発見や、今回のエチレングリコール法の開発など、彼の注意深い観察や考察によって得られた成果が本プロジェクトの発展の礎になっています。今では研究室のリーダーとして後輩たちを引っ張ってくれています。学生の期間は残りわずかですが、さらに成長して立派な研究者として巣立ってくれることを願っています。
【松田先生より】
小林君は、私が北海道大学に着任した最初の年に研究室に配属した学生でした。持ち前の体力を武器に配属当初から熱心に研究活動に打ち込み、なんとその半年後には今回の研究の主役であるペプチド環化酵素SurEを発見しています。以降も継続して成果を出し続け、本酵素の生理的な役割を明らかにすることはもちろんのこと、今回の研究ではモノづくりのための触媒としての応用可能性を明らかにしてくれました。初の学生が博士課程まで進学し、非常にアクティブにプロジェクトを牽引してくれたことは、私としても大変ありがたいことでした。残りの博士課程での期間と、卒業後に携わる予定の創薬研究においても益々活躍されることを期待しています。
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ペプチド固相合成法によるエステル基質の合成と、酵素によるペプチド環化反応をシームレスに組み合わせることで、環状ペプチドを高収率・高純度で迅速に合成する手法を開発しました。シクロスポリンに代表される環状ペプチドは、その特有な3次元構造により代謝安定性や標的特異性が向上するため、中分子医薬品のシード化合物として注目を集めています。しかし、環状ペプチドの化学合成は反応制御が難しく、鎖状ペプチドの大環状化の際には、C末端残基のエピメリ化や競合する分子間縮合により収率が大幅に低下してしまうなど課題を抱えています(下図A)。
一方、これまで我々は環状ペプチドの生合成を担う新規ペプチド環化酵素SurEを世界に先駆けて発見し、その詳細な機能解析を行ってきました。本研究では、これまでボトルネックとなっていた煩雑なチオエステル基質がエステルで代替できることを見出し、その合成法を工夫することで、SurEによる環化反応をシームレスに実施できる化学-酵素合成法を確立しました(下図B)。さらに、野生型酵素の探索や論理的な酵素触媒の改変により、合成できる環状ペプチドの多様性を拡張することに成功しました。今回開発した手法により、環状ペプチド医薬品のコスト低減や環境調和性の高い製造が可能となるだけでなく、これまで供給の問題から探索が不十分だったケミカルスペースの開拓にも繋がるため、中分子創薬の新たな可能性を広げることが期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
酵素反応基質の合成法を工夫しました。ペプチド環化酵素SurEは、C末端がチオエステルで活性化された鎖状ペプチド(チオエステル基質)を認識し環化反応を触媒します。しかしながら、チオエステル基質は煩雑な合成工程を要し、合成終盤のチオエステル化においてC末端残基のエピメリ化が起きるため収率も高くありません。基質合成の煩雑さの観点から、SurEのようにチオエステルを基質とするペプチド環化酵素を生体触媒として利用することは困難でした。そこで我々は、SurEの基質選択性を検証し、SurEがチオエステルだけでなく、より安定なエステル基質も効率よく環化することを見出しました。さらに我々は、このエステル化を固相合成の序盤に組み込むことができればエピメリ化を抑制できると考えました。そして、安価に入手可能なエチレングリコールを利用した新たな基質合成法を考案しました。種々検討の結果、本合成法を用いることで様々なアミノ酸配列を有するエステル基質をエピメリ化等の副反応を起こすことなく80%前後の高い収率で合成することに成功しました。得られたエステル基質は純度も高いため、液体クロマトグラフィーによる精製工程を省くことができ、そのままSurEの環化反応に供することができます。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
SurEの基質選択性の改変です。SurEは幅広い基質に対して寛容な選択性を有しますが、一部、基質C末端残基に対しては厳密な選択性を有します。したがって、本手法の基質適応範囲をさらに拡張するためには、タンパク質工学的手法によりSurEの基質C末端残基選択性を改変する必要がありました。しかしながら、SurEは我々が最近独自に見出した新規酵素であり、どの部位に変異を入れれば基質選択性が変化するか全く見当がつきませんでした。手探りの日々が続きましたが、結晶構造解析や模倣基質とのドッキングシミュレーションに加え、バイオインフォマティクスによる類似酵素の比較やAlphaFold2による変異体の構造予測など最新の技術を駆使することで、最終的にSurEの基質認識部位を同定することに成功しました。そして、その情報を基に変異を導入することで、SurEの基質選択性を合理的に改変することができました。複合的な視点で物事にアプローチする重要性を改めて感じることができた経験になりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私はこれまでの研究を通じて、自身の研究を形にして社会に還元する応用研究に大きなやりがいと面白さを感じてきました。そのため、化学を基盤に社会の役に立つ技術やモノを開発したいという思いが、今の研究活動の原動力になっていると感じます。博士課程修了後は、製薬会社で創薬研究に携わる予定です。研究生活で身に付けた知識・経験・感性をもとに、創薬という困難な課題に挑戦し、新薬開発を通じて病気に苦しむ方の健康に貢献していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで閲覧いただきありがとうございました。学部時代に発見した酵素を何かの役に立てたいとの想いで立ち上げた研究テーマでしたが、一つの成果としてまとめ上げることができて大変嬉しく思います。学位取得まで険しい道は続きますし、本研究テーマもやっとスタートラインに立てたばかりですので、少しでも前に進めるよう引き続き研究に精進したいと思います。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたりご指導賜りました脇本敏幸教授、松田研一講師、日々有益で活発な討論を行っていただいた研究室の皆さま、そして本研究を紹介する機会を与えていただきましたChem-Stationのスタッフの皆さまにこの場をお借りして感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:小林 雅和 (こばやし まさかず)
所属:北海道大学大学院生命科学院 天然物化学研究室(脇本研究室) 博士課程2年
研究テーマ:環状ペプチドの効率的合成を志向したペプチド環化酵素の機能解析と機能改変
略歴:
2019年3月 北海道大学薬学部薬科学科 卒業(脇本敏幸 教授)
2021年3月 北海道大学大学院生命科学院 修士課程 修了(脇本敏幸 教授)
2021年4月 北海道大学大学院生命科学院 博士課程 進学
2021年4月 北海道大学アンビシャス博士人材フェローシップ採択
2022年4月 日本学術振興会特別研究員 DC2
関連リンク
・北海道大学プレスリリース:効率的な環状ペプチドの化学-酵素ハイブリッド合成法を開発~環境調和性の高い環状ペプチド製造法の発展に期待~