第490回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院 生命科学院生命科学専攻 生命医薬科学コース 創薬科学研究教育センター 有機合成医薬学部門(市川聡 教授 主宰) の家口 凜太郎(かぐち りんたろう)さんにお願いしました。
市川研究室では、天然物や核酸、ペプチドを対象とした創薬化学研究を行っています。具体的には、実用的かつ高効率的な化学合成法の確立や、優れた生物活性を示す誘導体の創製、精密有機合成に立脚した新たな創薬手法の開発などに取り組んでいます。
本プレスリリースの研究内容は、ペプチドの構造修飾についてです。近年の医薬品開発においては、新薬の種としてペプチドが注目されています。ペプチドを医薬品として開発していくためには、活性の向上や代謝安定性の改善等が必要であり、このためにペプチドの構造修飾が行われます。この過程では、ペプチドスキャニングと呼ばれる系統的な手法によりペプチド中の変換可能なアミノ酸を同定した後、当該部位への適切な置換基の導入が行われます。一段回目においてはアラニンスキャニングをはじめとした優れた方法が知られていますが、二段階目の置換基導入に際しては目的のペプチドを一から作り直す必要があり、多大な労力が必要でした。そこで本研究グループでは、この二段階をシームレスに実施できるペプチドの構造最適化法を開発しました。
この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Rintaro Kaguchi, Akira Katsuyama*, Toyotaka Sato, Satoshi Takahashi, Motohiro Horiuchi, Shin-ichi Yokota, and Satoshi Ichikawa*
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 6, 3665–3681
家口さんを指導されている市川聡 教授および勝山彬 助教より、家口さんについてコメントを頂きました!
市川聡 教授(北海道大学大学院薬学研究院)
この研究は、「一般性がある創薬化学をしたい」という考えから、家口君に一から挑戦してもらった研究です。研究開始から数年はうまく行かず、作った化合物数百個すべてに生物活性が無かった時には、相当くじけたと思います。それでも、家口君自ら新しい方向性と方策を立案し、それを実行・解析することで、見事に復活しました。今回の論文は、家口君が自ら執筆したものです。論文が受理された時に持った感情は、嬉しさよりも、家口君の苦労と努力が報われたという安堵感でした。本当によく頑張ってくれました。これから社会に出てどんな飛躍を見せてくれるか、大変楽しみにしています。そんな家口君の人生の一端が詰まったこの論文を読んでいただけると嬉しいです。
勝山彬 助教(北海道大学大学院薬学研究院)
私が博士課程の学生だったときに研究室の後輩として入って来てくれたのが、当時学部3年生の家口くんでした。今となっては想像もできませんが、研究を始めた当初は、試薬を間違えたりといった失敗が多く、毎回予想できないような失敗を報告してきて驚かせてくれました。特に、1H NMRの測定では数ヶ月の間、5 mgのサンプルを用いるべきところを0.5 mgで測定し続けていました。なぜ気づかないのかと思いつつ、毎回根気よく0.5 mgのサンプルを正確に秤量していた姿は、現在の研究能力にも通ずるものがあったと今となっては感慨深く思っています。一方で、当時から文献検索能力が高く、文献紹介においてのクオリティには驚いていました。外堀を埋めていくよう綿密に設計された実験は、研究領域についての深い理解と小さな疑問にも真摯に答えようとする家口くんの能力があったからこそ完遂できました。豊富な語彙から生み出される独特の言い回しも彼の特徴で、研究室では時折、彼が言い始めた言葉遣いが流行しています。読者の皆さんも以下の記事を読んでいただければ、その世界観を感じていただけるのではと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
“ペプチドスキャニング法”と“in situスクリーニング法”を併用することで、望む生物活性を示すペプチド誘導体を迅速に創製した研究になります。
創薬化学では一般に、創薬の出発点となるヒット化合物の生物活性を向上させたり、代謝安定性・血中安定性を付与したりすることが求められます。この目的のために行われるのが、誘導体の合成と評価に基づく、分子構造の最適化です。これをペプチドで行う場合、ペプチドは低分子医薬品よりも分子量が大きいですから、闇雲に誘導体を合成・評価するのでは埒が明きません。従って、如何に効率的に分子構造を最適化できるかが、ペプチド創薬の胆となります。
ペプチドが「アミノ酸」と呼ばれる単位が連なった分子であることを鑑みると、この構造最適化は結局「ペプチド配列中のどのアミノ酸残基を」「どのように改変するか」という二つのポイントに帰着できます。このうち前者の情報を得るのに有用な手法として、ペプチドスキャニング法が知られています(図1)。例えば、最も汎用されているアラニンスキャニングでは、ペプチドの各アミノ酸残基をアラニンに置換した誘導体を網羅的に合成・評価することで、標的分子との相互作用に寄与していないアミノ酸側鎖を同定することができます。この言わば“役に立っていない”アミノ酸側鎖部位に、適切な置換基を導入すれば、標的分子との親和性を向上させたり、元来の生物活性を維持したまま、代謝安定性等を克服したりできる可能性があります。一方で、スキャニングに使用したアラニン置換体のメチル基の部分に、直接置換基を導入することは困難です。従ってこれまでは、アラニンスキャニングの結果を踏まえたうえで、置換基が導入された誘導体を一から合成・評価しなおす必要がありました。
そこで本研究では、スキャニングに使用した化合物を、更なる誘導展開の起点として用いることができる創薬手法を開発しました(図2)。これにより、「ペプチド配列中のどのアミノ酸残基に」「どのような置換基を導入するか」をシームレスに検討できます。また、置換基の導入に際し、未精製のまま活性評価する手法(in situスクリーニング法)を併用することで、数百個の誘導体を合成・評価することも可能です。この手法を実証すべく、本研究ではペプチド抗菌薬ポリミキシンBの構造最適化を試みました。計648個の誘導体を合成・評価したところ、ポリミキシン Bが効かない薬剤耐性菌に有効な誘導体や、狭域スペクトルを持つ誘導体を創製することに成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
同じ反応を何十、何百個と実施する際、それをできる限り効率的に行うことができるように追求した点です。例えば、スキャニング誘導体(論文中のAM01–AM12、計12個)の合成では、環化反応時にC末端スレオニンα位でのエピメリ化が問題となりました。そこで本研究では、マイクロプレート上で96個の環化を一挙に検討することで、12個の環化前駆体それぞれの環化条件を効率的に決定しました(図3、詳細はSupporting InformationのS53頁に記載しております)。マイクロプレート上での有機合成は、反応をかけることそれ自体は簡単ですが、反応の後処理や生成物の分析等に技術的な難しさがあります。実際、今回の研究では、96個分の粗精製(分液)を行う方法がややネックになりました。そこでまず、マイクロチューブを1つのウェルに見立て、分液操作の初期検討を行いました。その結果、酢酸エチル(450 µL)と水(150 µL)に対し、反応液(15 µL)を添加すると、エマルジョンを伴わずに二層が分離し、上層(300 µL)だけをピペットで吸い出せることがわかりました。これを踏まえ、マイクロプレートを用いた本番の条件検討では、この溶媒量の下、8連ピペットを上手く使うことで、96個の分液を一挙に遂行しました。
また、スキャニング誘導体を原料とした誘導体合成でも、可能な限り多数の誘導体を合成出来るよう、マイクロプレート上でライゲーションを行いました。このとき、ウェル中の溶液が隣のウェルにコンタミしてしまうと、in situスクリーニングで正確な生物活性評価ができなくなってしまいます。そこで、どのような反応スケール・操作でライゲーションを行えば、こういった問題が生じないかを検討すべく、2種類のライゲーション反応を市松模様のように行う初期検討を実施しました(図4)。これにより、ウェル間で化合物がコンタミしないような反応スケール・操作を掌握することができたため、精度・再現性よくin situスクリーニングを実施できました。論文にも記載していないこういった初期検討は、ともすると回り道のようですが、追求すればするだけ安心感をもって実験ができるため、個人的にはとても好きです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
論文にする際の論調を考えるところです。2018年(M1)頃から始めたこの研究は、元々“in situスクリーニングをポリミキシン Bに適用すること”に主眼を置いた研究でした。具体的には、「ポリミキシン Bの鎖状ペプチド部と環状ペプチド部を模したフラグメントを、パラレルに連結すれば、それぞれの部分構造が最適化された誘導体が得られるだろう」というものです(図5)。要は、この研究は当初、ポリミキシンの構造的特徴に着目した創薬研究として行っており、そこに“ペプチドスキャニング”の欠片もなかったというのが実情です。
その研究で、アミノアルコールが導入されたポリミキシン Bのコア(論文中のAM01–AM04、計3個)とサリチルアルデヒドエステル(54個)から162個の誘導体を合成・評価していたとき(図5)、折角なのでもっと沢山の誘導体を作りたいと思うようになりました。そこで半ば数合わせ的な発想で設計したのが、ポリミキシン Bのアミノ酸側鎖にアミノアルコールが導入された化合物(図6、論文中のAM04–AM12、計9個)でした。その後、それらを用いて、全648個の誘導体の合成と評価を遂行しました。
一方で、この研究に関する論文の執筆を始めた2021年(D2)の秋ごろまでには、“in situスクリーニングで多検体を合成すること”を主とする研究が幾つか報告され始めていました1,2。そのような中、「 “誘導体の数”以外にも、研究の推しポイントが作れたら良いな」と半年ほど考えるうち、「スピンオフとして設計したアミノアルコール(9個)には、どんな意義があるのだろうか」と思い至りました。そこで思い出したのが、私が学部生の時、市川先生に見せて頂いた研究費申請書の草稿でした。想定していた反応こそ違いましたが、それは「スキャニングに使用した化合物に、直接置換基を導入する手法により、ペプチドの構造最適化を効率的に行う」旨のものでした。その段になって初めて、スピンオフとして設計したアミノアルコールが9個全て揃っていれば、そのような戦略を取っていると見なせることに気づきました(図7)。また、当時の市川先生の構想と唯一違ったのは、私の研究では誘導体の合成後、in situスクリーニングを併用している点であり、これこそが正に、この研究の推しポイントであると自覚しました。このような一連のプロセスでは、同じデータであっても、論じ方によって学術的な意義が大きく変わることを痛感するとともに、自分の研究を科学的に中立の立場から捉え続けることの重要性を強く認識しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
自分のアイデアを分子で表現することで、学術や社会に貢献したいです。私は昔からマルチタスクが苦手で、研究のアイデアを練ったり論文を読んだりする“思考”と、手を動かす“実験”とを両立するのが不得手なタイプです。実際、修士課程の時には幾度となく教授室に吸い込まれ、それらを並行して行うことの大切さを市川先生に説かれてきました。市川先生と一緒に研究をしていく中で、“その二つが上手くかみ合ったときに、如何に研究が進むか”を体験することができたように思います。その経験を今後も活かし、思考と実験の両輪を上手く回すことで、学術や社会にとって意味のある研究をしてゆきたいと考えています。また、いつ実現できるかは分かりませんが、こういった化学(や科学)の営みの面白さを、子供たちに普及することにも挑戦してみたいです。
そのほか、年齢差や専門領域を問わず、様々な研究者との協同も続けてゆきたいです。大学での研究を通じて、限られた時間の中、一人で出来ることには(良くも悪くも)限界があることを痛感しました。一方で、例えば論文を読むこと一つを取っても、その分野に詳しい同期や後輩等に意見を聞いたり、不明点を教えてもらったりするだけで、その分野に関する見識を一気に広めることができます。また、今回の研究に関しても、北大獣医や札幌医大の微生物学者の先生のお力をお借りすることで、薬剤耐性という国際社会の至上命題に挑むことができました。「子曰、『由、誨女知之乎。知之爲知之、不知爲不知、是知也。』」(「論語」 為政第二 17)とあるように、自分の知っていることと知らないこと、出来ることと出来ないことを自覚したうえで、様々な研究者のお力もお借りし、学際的な研究をしてゆけたらと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今でこそ私は、JACS誌に論文を出したり、スポットライトリサーチの記事を書いたりしていますが、ここまでの6年半の研究生活を振り返ると、日陰者そのものだったように思います。実際、今回の論文が受理されるまで、自分が筆頭著者の論文を出すことは出来ていませんでした。学振には3回応募しましたが、ついぞ通ることは無く、学会等でも受賞の誉を受けたことはありません。それどころか、学会では「研究の意義や新規性が分からない」等と笑いながら言われたことすらあります。研究に対して文字通り全力で向き合っているのに、どうして辛い思いをしなければならないのかと、辛酸を嘗めたことは少なくありません。
私の場合、 “業績”に対する過度の焦燥が、そういった気持ちを助長していたように思います。そのような中でも、市川先生は「研究を見てくれる人、分かってくれる人は絶対にいるから、気にせずに頑張れば良い。」「自分の生きた証として誇れるような研究をしなさい。」と幾度となく励ましてくださいました。実験が上手く運んでいないときには、研究室の廊下、居酒屋、蕎麦屋など、ありとあらゆる場所で、市川先生と勝山先生が相談に乗ってくださいました。また、研究室の学生やOB/OGの方々から、贈り物や激励のメッセージを頂いたことも少なくありません。論文が受理され、市川先生から「100年後も残る“論文”という形で、家口の研究を世に出せたことが嬉しい」と言って頂いたとき、こういった方々の支えがあったからこそ、腰を据えて研究できたのだなと強く感じました。皆様の周りにも、共に闘ってくれている方が沢山いらっしゃるかと存じます。どうか、そういった方の想いを大切になさってください。
また、今回の研究では、現代の化学で出来ることや、今の自分に出来ることを、5年以上かけて徹底的に追求することができました。時間はかかってしまいましたが、いつの時代の誰に対しても胸を張れる研究ができたと、自分では思っています。自分が最善を期して行った研究が、世界の研究者にどう解釈され、どういった発展を遂げてゆくのかが楽しみでなりませんし、そう思える研究ができたことを心より嬉しく思っています。研究は、自分が興味のあることを心ゆくまで追究してなんぼだなと、改めて感じることができました。学生の皆様もぜひ、振り返ったときに「良い研究をした」と思えるような研究をしていただければ幸いです。
結びとなりますが、研究、及び研究をすることをご教授いただきました市川先生と勝山先生、研究に御協力を賜りました共著の先生方、そして日々のディスカッションを賜りました有機合成医薬の学生と卒業生の皆様に厚く御礼申し上げます。また、このような機会を与えてくださいましたChem-Stationの皆様に深謝いたします。
引用文献
- Kale, S. S.; Bergeron-Brlek, M.; Wu, Y.; Kumar, M. G.; Pham, M. V.; Bortoli, J.; Vesin, J.; Kong, X.-D.; Machado, J. F.; Deyle, K.; Gonschorek, P.; Turcatti, G.; Cendron, L.; Angelini, A.; Heinis, C. Sci. Adv. 2019, 5, eaaw2851.
- Mothukuri, G. K.; Kale, S. S.; Stenbratt, C. L.; Zorzi, A.; Vesin, J.; Chapalay, J. B.; Deyle, K.; Turcatti, G.; Cendron, L.; Angelini, A.; Heinis, C. Chem. Sci. 2020, 11, 7858–7863.
研究者の略歴
名前:家口 凜太郎(かぐち りんたろう)
所属:北海道大学大学院 生命科学院 生命科学専攻 生命医薬科学コース 博士後期課程3年 創薬科学研究教育センター 有機合成医薬学部門(市川 聡 教授 主宰)
経歴:
2018年3月 北海道大学 薬学部薬科学科 卒業(市川 聡 教授)
2020年3月 北海道大学大学院 生命科学院 生命科学専攻 生命医薬科学コース 修士課程修了 (市川 聡 教授)
2020年4月-現在 北海道大学大学院 生命科学院 生命科学専攻 生命医薬科学コース 博士後期課程 (市川 聡 教授)