第485回のスポットライトリサーチは、慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 生物機能化学研究室(宮本研究室)の大原 直也 (おおはら なおや)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究内容はサッカーボール型60量体タンパク質ナノ粒子、TIP60についてです。以前、同研究室の川上了史講師よりTIP60の設計と構築についてでスポットライトリサーチに出演頂いており、今回の発表はその続編となる成果です。
まず研究背景ですが、中空タンパク質ナノ粒子は、薬剤を閉じ込めて輸送するカプセルとしての利用が期待されています。このような構造は一般的に複数のタンパク質が集まってできる構造であり、内部に別の分子を閉じ込めるには、一度バラバラにして元に戻す操作が利用されています。しかし、通常この操作ではパーツとなるタンパク質の構造も壊れてしまうケースが多く、きちんと元のカプセルに戻らず、収率が低下してしまうなどの問題がありました。そこで本研究ではサッカーボール型タンパク質ナノ粒子 TIP60を用いて、温和な環境でバラバラにして元に戻せる仕組みの開発を行いました。
この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Reversible Assembly of an Artificial Protein Nanocage Using Alkaline Earth Metal Ions
Naoya Ohara, Norifumi Kawakami*, Ryoichi Arai, Naruhiko Adachi, Toshio Moriya, Masato Kawasaki, and Kenji Miyamoto*
J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 1, 216–223
研究室を主宰されている宮本憲二 教授と指導教員である川上了史 講師より大原さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
宮本 教授
大原くんは、強い忍耐力と高い研究推進力を持っている優秀な学生です。現在、博士課程2年であり、私だけではなく周りの学生からも大変信頼されています。今回報告した内容はとても綺麗な結果でしたが、これに続く研究結果にも期待して頂ければと思います。来年度で学位取得の予定ですが、既に企業での就職が内定しています。これまでの経験を生かして企業でも活躍することを確信しています。
川上 講師
大原くんは、TIP60の論文を発表した直後から研究メンバーとして入ってくれた学生さんです。初めの一年は本当にうまくいかない日々で苦労していましたが、取っ掛かりを掴めて一度軌道に乗ってしまえば、そのままの勢いで次々にデータが出てきて、そのクオリティもどんどん向上するという状態になりました。博士課程に上がってからは、私ができない構造解析を全部自分で進めてほしいと伝え、共同研究先の先生方のところに思い切って単独で飛び込んで学んできてもらったところ、大きな成長を遂げるとともに、期待を超えた成果を挙げてくれました。今後、民間に移る予定になっていますが、そこでも大いに活躍してくれるものと期待しています。便乗宣伝ですが、本件を中心にTIP60に関する詳細を近いうちに月刊化学にも掲載予定です。よろしければそちらもご覧ください。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私の所属する研究室では、多量体タンパク質の融合設計によりサッカーボール型60量体タンパク質ナノ粒子TIP60を構築していました。私はTIP60のさらなる改変を行い、60量体の形成と解離を金属イオン添加により可逆的に制御することに成功しました。具体的には、まず多量体間の相互作用を担う残基に対し変異を導入し、自発的な60量体の形成を阻害しました。ここで、変異を導入した多量体界面の領域には酸性アミノ酸や主鎖の酸素原子が多く位置していました。そこで、それらと親和性の高いアルカリ土類金属を添加することで、変異により失われた相互作用を配位結合で補填できると考えました。実際に、CaやSr、Baを加えると、60量体が再度形成されました。60量体タンパク質ケージという複雑な構造にもかかわらず、その形成効率は9割以上と、極めて高いものでした。またMgやその他の遷移金属に対しては応答しないなど、高い特異性も見られました。
クライオ電子顕微鏡による立体構造解析から、金属イオンがタンパク質界面に配位することで隣り合うモノマー同士をつなぎとめている様子も明らかとなり、金属配位と60量体形成との関係を直接的に示すことができました。また、金属イオン添加による会合を利用して、DNA分子をTIP60の内部に内包することができることも示しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
タンパク質の刺激応答的な構造変化は、材料としても大変魅力的であり、これをどのように人工的に設計するかということにかねてより関心がありました。今回TIP60でこれを実現できたことはもちろん、金属イオン添加後のタンパク質の局所構造変化や60量体の形成過程におけるカイネティクスまでこだわって分析を続けたことで、これまでにない意義のある結果が得られたのではないかと思っています。
具体的な設計の部分でいうと、一般的には単純な直線配位などをとる遷移金属を使うことが検討されますが、Caなどの典型金属イオンを使ってこれを実現しています。立体構造解析の結果、ほぼ狙ったとおりに金属の配位が確認できたときは、やはり嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
当初別の設計でTIP60の変異体を100近く作成していたのですが、結局その設計はあまりうまく行きませんでした。大変に落ち込んだのを覚えていますが、副次的な結果として変異が多量体形成に与える影響を網羅的に知ることができました。これをベースにして、“変異により失われた相互作用を金属配位で補填する”というアイデアに至っています。当時は否定的なデータが続き大変でしたが、視点を変えて粘り強く自分のデータを見ることが重要だったと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
大学院修了後は、製薬業界に身を移しつつも引き続きタンパク質科学研究に関わっていく予定です。研究テーマの選び方や目的とするところは変わるかもしれませんが、モノづくりという視点では共通する部分も多いのかなと思っています。思いも寄らない実験結果に頭を悩ませることも多いですが、想像を超える新たな現象への足がかりと思い、楽しんで研究に取り組んでいきたいです。結果として、分子レベルの現象に対する自分のなかのイメージを磨いていければ嬉しく思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまでお読み頂きありがとうございます。新たなタンパク質材料をこの手で作り上げていくワクワク感を少しでも感じていただけたら嬉しく思います。自分はまだ研究者として入口に立ったばかりですが、研究活動を通じ、研究者として、人として少しずつでも成長して行けるよう頑張っていきたいと思います。学会やその他でご縁がありましたら、お声がけいただけましたら嬉しいです。
最後になりますが、日頃よりご指導いただいております宮本先生、川上先生、構造解析における共同研究者の先生方のご助力がなければ、本研究は成し遂げることができませんでした。この場をお借りして、心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:大原 直也 (おおはら なおや)
所属:慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 生物機能化学研究室(宮本研究室)
研究テーマ:タンパク質超分子化学
略歴:
2019年3月 慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 卒業
2021年3月 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 博士前期課程 修了
2021年4月〜 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 博士後期課程
2022年4月~ 日本学術振興会特別研究員 (DC2)