第473回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院 生命科学院 ソフト&ウェットマター研究室 博士後期課程1年の 大村 将 (おおむら・しょう) さんにお願いしました。
大村さんの所属されるソフト&ウェットマター研究室では、HP のトップにも載っている通り、とてもユニークな性質を持つゲルなどの高分子を多数開発されています。以前のスポットライトリサーチでは、「「鍛えて成長する材料」:力で共有結合を切断するとどうなる?そしてどう使う?」と題し、負荷により強度が増していく新素材を紹介しています。
今回はまた一風変わったテーマで、なんと、生物の「イカ」を材料に、合成高分子と複合させることで新規のハイドロゲルを作成してしまったというお話です!本記事のトップ画像がプレスリリースにも掲載されていたのですが、それがあまりにも衝撃的だったために速攻でスポットライトリサーチをお願いし、ご快諾いただきました。本研究は NPG Asia Materials 誌にオープンアクセスで公開されています。
Shou Ohmura, Tasuku Nakajima, Masahiro Yoshida & Jian Ping Gong
NPG Asia Materials volume 15, Article number: 2 (2023)
The hierarchical anisotropy of a biotissue plays an essential role in its elaborate functions. To mimic the anisotropy-based functions of biotissues, soft and wet synthetic hydrogels with sophisticated biotissue-like anisotropy have been extensively explored. However, most existing synthetically manufactured anisotropic hydrogels exhibit fundamental anisotropy and poor mechanical toughness characteristics. In this paper, natural/synthetic hybrid double-network (DN) hydrogels with hierarchical anisotropy and high toughness characteristics are reported. These DN gels are prepared directly by using a squid mantle as an anisotropic soft bioproduct for the primary network and polyacrylamide (PAAm) as a synthetic polymer for the secondary network. The obtained squid/PAAm DN gel maintains the complex orientation of the muscle fibers of the squid mantle and exhibits anisotropic, enhanced mechanical properties and excellent fracture resistance due to its unique composite structure. This hybrid strategy provides a general method for preparing hydrogels with elaborated anisotropy and determining functions derived from the anisotropy.
研究を現場で指導された、准教授の 中島 祐 先生より、大村さんの人となりについてコメントを頂戴しました!
当研究室では、「まるで生物!」を合言葉に、様々な機能性ソフト&ウェット材料を合成しております。その中で、「生物を目指すなら、生体組織そのものを原料として使っちゃえばいいんじゃないの?」という発想が常に私の頭にあり、その実現の機会を狙っていました。大村君は一見すると飄々とした印象の学生ですが、研究室加入時から海外進出の夢を語ったり、スライドに小ネタを仕込んでアピールしたりと、新奇でビッグなことをやってくれる可能性を感じました。そこで、私は満を持してこの若干クレイジーな研究テーマを提案したのです。大村君はイカの選定や力学試験方法開発などを頑張ってくれまして、無事、「繊維方向と垂直方向にはものすごく壊れにくい」というイカの構造的特徴を反映した複合ゲルを得ることが出来ました。今回、本成果を (ToC以外は) 真面目な論文として出版することが出来てほっとしております。現在は博士課程で少し毛色の違う挑戦的テーマに取り組んでいますが、彼ならきっとやり遂げてくれると信じています!
(北海道大学 准教授 中島 祐)
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
異方的天然物であるムラサキイカと合成高分子を複合化させることで、その異方性と複合構造に由来する優れた耐破壊性を有するゲルを開発しました。
ゲルは高含水率・柔軟性といった生体組織とよく似た性質を持つため、生体代替材料としての応用が期待されています。しかし、ゲルは一般的に低強度であるため、そのことが実応用性の大きな壁となっています。
そこで、我々はゲルを高強度化するため、ゲルに異方性と複合構造を導入しようと考え、内部に異方構造を持つイカ外套膜と合成高分子の複合化を考案しました (Fig.1)。
Fig.1 (左)イカ外套膜内部の筋線維とその向き。イカ外套膜には、円周方向に沿った環状筋と、それとは垂直方向の放射状筋が交互に配向している。 |
得られた複合ゲル(通称:イカゲル)の力学物性は、イカ外套膜由来の異方構造(環状筋の異方的配向)を反映しており、合成高分子との複合化による高強度化も起きていることがわかりました。特筆すべきはイカゲルの耐破壊性で、イカの環状筋と垂直方向への亀裂進展が著しく妨げられることがわかりました (Fig.2)。
Fig.2 複合ゲルに初期亀裂を加え、破壊試験を行った時の様子。亀裂は、環状筋と平行方向には簡単に進展する(左)が、環状筋の配向と垂直方向には極めて進展しにくい(右)。 |
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
工夫したのは、合成高分子と複合化する天然の生体軟組織の選定です。
合成高分子と複合化する生体軟組織は何でも良いわけではありません。イカ以外の生体組織を使用して複合ゲルを合成したこともあります。しかし、そのような複合ゲルは、素材の旬や個体差の影響を受け力学物性が安定しない、素材が低含水率であるため素材内部に合成高分子が導入しにくく、複合化の効果が見られないといった事例もありました。このような失敗から、再現性の高い生体/合成複合ゲル創製には、生体軟組織自体が高含水率かつ力学物性が季節に影響されにくいことが必要であることを見抜き、ムラサキイカ外套膜へとたどり着いたのです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
難しかったところは、ソフトマター科学のみでは理屈づけることが困難な現象が、イカゲルに見受けられたことです。
研究開始当初は、イカと合成高分子を複合化させるとどのような機序で高強度化が起こっているのか、イカ単体と比べ複合ゲルの伸び具合がなぜ上昇するのか、説明が困難でした。そこで、私はイカについてよく学び様々な装置を利用した多面的解析を行うことで、高強度化機序にはイカ筋線維と合成高分子の相互作用が関係していることやイカ筋線維の滑りが伸びの上昇につながっているのではないかと理屈付けることが可能となりました。困難を乗り越えられたのは、イカについてよく学び、イカを愛したからこそだと確信しております。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
純粋に一つの学問分野から成立している研究は存在しないということを、日々の研究生活を通じて再認識させられます。本研究含めすべての研究は、化学・数学・物理学・生物学といった様々な分野とネットワークを形成することで体系をなしています。ですので、私はソフトマター科学の研究を通じて、化学をはじめとした様々な分野に波及効果を生み出せるよう、研究に携わっていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
本研究のコンセプトの一つに、「そのまま使っちゃえばいいじゃん」という考えがあります。実際に本研究ではイカをほぼそのまま使用しています。’Simple is best’という言葉があるように、シンプルなアイデア・シンプルな系が最適解に繋がることも、研究には往々にしてあるのではないでしょうか。
最後になりますが、本研究遂行するにあたり主に指導・論文共著をしてくださった中島祐准教授、透過型電子顕微鏡の指導をしてくださった吉田匡宏氏、助言をしてくださったグン剣萍教授、ソフト&ウェットマター研究室、そして転成ソフトマター研究室の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。
そして、Chem-Stationスポットライトリサーチに取り上げていただけること至極光栄に存じます。
最後の最後になりますが、本稿をご一読された皆様にもしイカを食べる機会がございましたら、是非一度イカに耳を傾けていただきたく存じます。もしかすると脳内にイカの語り掛けてくる声が聞こえてくるかもしれません。
研究者の略歴
名前:大村 将 (おおむら しょう)
略歴:
2021年北海道大学理学部高分子機能学専修 学士過程 卒
2022年北海道大学院生命科学院ソフト&ウェットマター研究室 博士前期課程 修了
現在:
2022年北海道大学院生命科学院ソフト&ウェットマター研究室 博士後期課程
大村さん、中島先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!