第487回のスポットライトリサーチは、東京工業大学物質理工学院(大塚研究室)博⼠後期課程 3 年の渡部拓馬 さんにお願いしました。
渡部さんの所属する大塚研究室では、力学刺激応答する高分子の研究が展開されています。今回ご紹介するのは、膨潤という自発的な力学刺激によって色が変化する新たな高分子材料についての研究です。本成果は、Angewandte Chemie International Edition 誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。また、Inside Back Coverにも採用されています。
“Swelling‐induced Mechanochromism in Multinetwork Polymers”
Watabe, T.; Otsuka, H. Angewandte Chemie International Edition, 2023, 62, e202216469. DOI:10.1002/anie.202216469
研究室を主宰されている⼤塚英幸 教授から、渡部さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
渡部拓馬さんは、修士論文の研究で樹状高分子(デンドリマー)を使ったメカノクロミック分子に関する研究を進め、2報の論文にまとめてくれました。しかし、一連の研究で粉末サンプルしか扱わなかったので、博士課程では「形あるサンプル」を使って、物性評価も行える研究テーマを考えてもらい、彼自身の着想と努力によって今回の研究成果に繋がりました。高分子物理の考え方を踏まえた、洗練された高分子設計であり、幅広い展開が期待できる成果です。渡部さんは、本学の物質・情報卓越教育院にも所属して最先端の知識を貪欲に吸収しています。優れた研究能力のみならず、冷静な判断力、確固たる文章力、国際的に活躍できる英語力、強いリーダーシップなどを有している新進気鋭の若手研究者です。博士の学位取得を契機として、さらなる活躍を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
架橋高分子が膨潤する際に分子鎖に生じる力を色変化として可視化することに成功しました。
力学的刺激によって色が変化するメカノクロミズムという現象は材料損傷の検知や破壊メカニズムの理解に貢献することが期待されています。特に、色変化を示す力学応答性分子骨格 (メカノフォア) を活用することで高分子鎖に加わる分子レベルの力を検出することができます。一般にメカノフォアの反応は引っ張る、圧縮するといった人為的な力が駆動力となっていますが、今回の論文では架橋高分子の膨潤という自発的な変形によってメカノフォアの力学応答性が発現すること (膨潤誘起型メカノクロミズム) を見出しました。通常、非イオン性架橋高分子を膨潤させても共有結合が切断するほどの大きな力が生じることはありません。そこで本研究では、架橋高分子の内部で更なる高分子合成を行うことで得られるマルチネットワークポリマーに着目しました。マルチネットワークポリマーは母型となる第一網目が予め伸張した状態となっており、膨潤によって分子鎖が更に引き伸ばされます。この第一網目に、力学的刺激に応じてピンク色の安定ラジカルを生じるジフルオレニルスクシノニトリル (DFSN) メカノフォアを導入したところ、膨潤度に依存した力学応答性を示すことを実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
今回報告した膨潤誘起型メカノクロミズムは他の研究1を進める中で思いがけず発見した現象です。元々、引っ張った時に顕著なメカノクロミズムや優れた力学物性を示すエラストマーを実現するためにマルチネットワークポリマーに目を付けました。合成したフィルムを溶媒で洗浄していたところ鮮やかなピンク色を示し、期待した力学応答性や物性を示さなかったことから、膨潤段階でDFSNの力学応答性が発現していることに気がつきました。博士課程で新たなテーマを暗中模索する中でやっと芽が出て、そこから発展してきた研究であり、数々のお蔵入りテーマを積み上げてここまで辿り着いたこともあって非常に思い入れが強い研究です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
発見した現象が膨潤時に発生する力に起因したメカノクロミズムであることは容易に想像できましたが、間接的な証拠しかないことに悩んでいました。そこで、既知の伸長によるメカノクロミズムとの関連性を見いだせれば決定的な証拠になるのではないかという発想に至りました。実際には、引張変形と膨潤変形で色変化が識別できる閾値となるひずみを実験的に決定し、高分子物理の考え方を活用してそれらの接点を明らかにすることができました。エラストマーを引っ張ってメカノクロミズムを発現させるという研究を直前に行っていなかったら、このようなアイデアは浮かばなかったと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
4月からは大手化学メーカーに勤めるので、これまでの研究活動を通じて培ってきた知識や経験を活用して世の中で広く使われる材料を生み出していきたいと思っています。アカデミックの研究と企業の開発ではスケール感やスピード感などが全く違うと思いますが、必要な情報を集めて物事を論理的に考える、様々なバックグラウンドの人と議論を重ねて新しいアイデアを生み出す、といったプロセスはどのような場面でも重要になってくると思います。これらの「科学者」としての強みを活かして、専門性に縛られず新たな物事に挑戦していきます。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
自分の研究テーマだけに集中せず、他人の研究に興味を持つことで、いざという時の武器になると思います。私はありがたいことに多くの学会に参加して他者の研究を知り、人脈を広げる機会に恵まれました。今回の研究成果もそういった経験があってこそ成し得たものです。最近では、コロナ禍以前の距離感が戻りつつあるので是非、自分の研究はそこそこに、(上手くいかない時こそ)色んな人と交流しては如何でしょうか。
最後になりますが、素晴らしい研究環境を整えていただき、ご指導いただいた大塚先生をはじめ、これまで関わって下さった皆様に心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:渡部 拓馬 (わたべ たくま)
所属:東京工業大学物質理工学院応用化学系大塚研究室
略歴:
2018年 東京工業大学工学部高分子工学科卒業
2020年 東京工業大学物質理工学院応用化学系応用化学コース修士課程修了
2020年–現在 東京工業大学物質理工学院応用化学系応用化学コース博士課程
2020年–現在 日本学術振興会特別研究員DC1
関連リンク
- T. Watabe, D. Aoki, H. Otsuka, “Polymer-Network Toughening and Highly Sensitive Mechanochromism via a Dynamic Covalent Mechanophore and a Multinetwork Strategy”, Macromolecules, 2022, 55, 5795-5802. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.macromol.2c00724