第482回のスポットライトリサーチは、理化学研究所(理研)開拓研究本部Kim表面界面科学研究室の今井 みやび(いまい みやび)さんにお願いしました。
金研究室は、長年開発を重ねてきた走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)装置を構築し、世界最高の精度のデータを武器に極めて精力的に研究を展開されています(参考文献:Imada et al., Nature 538, 364–367 (2016), Kazuma et al., Science 360, 521-526 (2018), Kimura et al., Nature 570, 210–213 (2019), Imada et al., Science 373, 95-98 (2021)など)。単分子の電子物性を原子分解のレベルで議論する、という挑戦的な分野を開拓されており、今回は光→電気変換の過程を原子レベルの空間分解能で計測した成果を紹介いただけます。
分子が光を吸収して、そのエネルギーが電荷として取り出されて起電力を生む、といった流れは太陽電池の基本的な考え方ですが、その過程を原子スケールで分解して計測できるというは驚嘆に値します。この開発された新しい計測手法により、トータルでは電流が観測されていない領域では、実は分子の中で逆向きの電流が打ち消しあって流れていたという非常に重要なサイエンスを明らかにされています。太陽光エネルギー変換の原理解明につながる波及効果の大きいこの成果は、Nature本誌に原著論文として公開され、プレスリリースもされています。
“Orbital-resolved visualization of single-molecule photocurrent channels”,
Miyabi Imai-Imada, Hiroshi Imada, Kuniyuki Miwa, Yusuke Tanaka, Kensuke Kimura, Inhae Zoh, Rafael B. Jaculbia, Hiroko Yoshino, Atsuya Muranaka, Masanobu Uchiyama, Yousoo Kim, Nature 2022, 603, 829–834. DOI:10.1038/s41586-022-04401-0
金先生からは、今井さんと本研究成果について以下のようにコメントをいただきました。
今回の研究では、今井さんの情熱や爆発力が大きな原動力となり、世界を驚かせる現象が発見されました。光電流を単一分子レベルでしかも原子分解能で計測することは、我々共同研究者も、また同じコミュニティの研究者も不可能に近いと思っていました。最初のデータはお世辞にも綺麗とは言えないものでしたが、いくつもの技術的改善を経て、誰が見ても明らかな美しいデータが得られたのは今井さんの突破力のなせる業です。これからも今井さんにしかできないスケールの大きな爆発的研究に期待しています。
それでは、今井さんのインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
この研究では、一つの分子内で「光」から「電気」へとエネルギーが変換される過程を原子スケールで観測することに世界で初めて成功しました。近年、太陽光などの再生可能エネルギー利用に関する研究はこれまで以上に重要視されています。太陽光エネルギーを変換する過程のひとつに、光誘起電子移動(PET)という現象があります。PETとは光励起状態の分子から電子が移動する現象で、光電流生成、光合成、光触媒などでの、光エネルギー変換過程で重要な役割を担っています。太陽光エネルギーを最大限利用するため、PETはこれまでに光電流計測法や光学分光法によって盛んに研究されてきました。近年では、局所的な光電流を測定するさまざまな顕微鏡技術が開発され、PETへの理解が深まりました。しかし、一つ一つの分子を識別できるほどの空間分解能は得られておらず、PETの詳細な機構は未解明でした。
今回、我々は、走査トンネル顕微鏡(STM)という原子分解能の顕微鏡に光照射・検出機構を融合した独自の光STMという装置(図1a)[1-3]を用いて、光電流測定の空間分解能を向上させ、ひとつの分子を流れる光電流の経路を原子分解能で画像化することに初めて成功しました(図1b)。さらに、計測結果の理論的考察によって、PET機構を記述し、光電流の空間分布がどの状態のどの分子軌道に由来するのかを解明することにも成功しました(図1c)。今回用いたフタロシアニン分子では、PETから始まる複数の光電流生成過程が存在し、互いに競合しています。そして、それぞれの過程に関与するフロンティア軌道の空間分布は異なっています。観測される光電流にどの過程が支配的に寄与するかは、STM探針とそれらの軌道間の結合強度によって決定されると解釈すると、観測結果をよく説明できることが分かりました。
今回の成果は、太陽電池や人工光合成を高効率化の研究に新しい知見を提供すると期待されます。また、光電流マップは励起状態の分子軌道の空間分布を反映し得ることから、今回開発した原子分解能の光電流計測法は、これまでに前例のない原子分解能での励起状態の可視化を実現するための基盤技術となり、励起状態におけるさまざまな機能的エネルギー変換過程の根本的な理解の革新につながると期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。
今回の研究で特に面白いと思うのは、光電流が方向を反転する際に生じる現象です。一般的な太陽電池の光電流‐電圧特性では、光電流が負方向からゼロを横切り正方向に反転する電圧が存在します。その電圧では、光電流が流れないために光電エネルギー変換は生じていないと考えられてきました。今回、原子分解能でその電圧付近における光電流を可視化したところ、電流が流れないのではなく、正と負の対向する光電流が原子スケールで局在して流れるという興味深い知見が得られました(図2)。このように分子内で正と負が入り乱れた電流分布はこれまでに見たことがなかったため、とても驚きました。また、分子内での光電流の平均値はほぼゼロであったため、1分子以上の大きさで平均化されると、電流は検出されません。そのため、この興味深い現象は原子分解能を達成できたからこそ、発見できたということができます。私たちは、この発見を手掛かりに、光電流が発生するメカニズムや伝導方向が反転するということが何を意味するのか解明することができました。この成果は、原子スケールで電極-分子界面を設計することにより、光電エネルギー変換効率を向上できることを示唆しています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
今回の研究で難しかった点は、単一分子で生成される微弱な光電流シグナルを検出することです。信号の検出はとても困難であったため、分子を光励起する効率を高める工夫を施しました。一つは、金属のSTM探針と金属の基板の間の約1ナノメートルの隙間にレーザー光を照射し、照射光の電場をナノスケールに集めて、点光源として用いました。もう一つは、光源としてエネルギーを精密にコントロールできる波長可変レーザーを採用し、光のエネルギーを分子の励起エネルギーに一致させました。これらの工夫によって、効率的に分子を光励起できるようになり、単一分子で生じる光電流シグナルを検出することに成功しました。その後の実験で明らかになったのですが、光エネルギーの精密制御は非常に大切で、今回の実験系では光電流が検出できるエネルギー窓はたったの数meV程度しかありませんでした。
もう一つ難しかった点は、STM探針の調整です。STM像の空間分布は探針の形状に依存します。例えば、探針の先端が2つに割れていたら、像が2重に重なって見えるため、試料本来の形状を可視化するためには原子レベルで尖った探針を調整する必要があります。当初、STM像が正常に見える探針を調整したにもかかわらず、光電流像を観測したところ、極めて非対称な光電流像が得られました。なぜそのような結果が得られたのか詳しく調べると、光励起効率が非対称なためだとわかりました。通常のSTM観測では、先端の1原子が分子と相互作用を行うため、そのスケールで探針先端を整えればよいのですが、探針と光の電場の相互作用は数nm程度とより大きなスケールで生じるため、より大きなスケールで探針の先端形状を整える必要があると考えました。共著者の協力のもと、集束イオンビーム装置を用いてそのスケールで対称な探針を準備したところ、光励起効率をかなり対称に整えることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
計測技術を発展させることにより、これまでアプローチできなかった研究領域を開拓していきたいです。今現在できることだけで実験をデザインするのではなく、こんな計測が可能になったらこんな新しいサイエンスが生み出せるのではないかという、わくわくするような発想をいつも膨らませていたいと考えています。私が携わっているのは、基礎科学の分野ですが、解明した原理がめぐりめぐって、人々の幸せにつながったら嬉しいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私がこの研究に取り組みたいと思ったのは、学部4年生にさかのぼります。研究室配属先を決める際に、今後は習得した知識や技能を活用して、人々の幸せに貢献できるような研究をしたいと考えました。そして、環境・エネルギー問題解決につながると期待される、太陽電池を開発する研究室への配属を希望しました。実はその希望は叶わなかったのですが、お陰でSTMという素晴らしい技術に出会うことができました。STMで初めて原子分解能の像を見たときの感動は今でも忘れられません。この時、 STMを用いて極限の空間分解能で太陽電池(光電変換)の研究を行いたいと思い描きました。とても長い月日を要しましたが、コツコツと地道な研究開発を進めるうちに、今回の結果にたどり着くことができました。これから研究を始める学生の皆さんは、自分がどのような研究をしたいのか、まずは思い描いてみるとよいかもしれません。
最後になりますが、本研究を遂行する上で、金先生、今田研究員、三輪研究員をはじめとした共著者の皆様には大変お世話になりました。皆様のご協力なしにはこの研究を完遂することはできなかったと思います。この場を借りて御礼申し上げます。
関連リンク
参考文献
- H. Imada, M. Imai-Imada et al. J. Chem. Phys. 157, 104302(2022).
- H. Imada, M. Imai-Imada et al. Science 373, 95 (2021).
- R.B. Jaculbia, et al., Nat. Nanotechnol. 15, 105 (2020).
研究者の略歴
Profile:
名前: 今井みやび
所属: 理化学研究所開拓研究本部
専門: 単一分子化学,励起状態のナノサイエンス,表面科学
略歴:2019年3月 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程修了
2019年4月~2022年3月理化学研究所 開拓研究本部 特別研究員
2022年4月~現在 理化学研究所 開拓研究本部 基礎科学特別研究員
2022年10月~現在 科学技術振興機構 さきがけ研究員