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スポットライトリサーチ

植物毒素の全合成と細胞死におけるオルガネラの現象発見

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第476回のスポットライトリサーチは、上智大学大学院 理工学研究科理工学専攻 臼杵研究室に在籍されていた山岸 茜(やまぎし あかね)さんにお願いしました。

臼杵研究室では、天然物化学や全合成研究、ケミカルバイオロジー、ケミカルメディシンに関連する種々の研究プロジェクトを展開しています。具体的には、COPDバイオマーカー/エラスチン架橋アミノ酸desmosine類のケミカルメディシン研究やイオン液体/深共晶溶媒による天然有機化合物の革新的抽出・単離法の開発、HAT(アフリカ睡眠病)治療候補薬セスキテルペンラクトンcynaropicrinの全合成および構造活性相関などで数々の成果を発表されています。

本プレスリリースの研究内容は植物毒素に関する内容です。病原菌 Phomopsis foeniculi から単離されたfoeniculoxin は、ヒドロキノン骨格をもつ植物毒素天然有機化合物で、フェンネルなどの植物の壊死を引き起こすことが分かっています。本研究グループでは、このfoeniculoxinの全合成と絶対立体配置の決定に成功しました。さらにシロイヌナズナなどを用いてその毒性を生きた組織に作用させ、細胞レベルの作用機序の解明も行いました。

この研究成果は、「Chemistry – A European Journal」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Total Synthesis, Absolute Configuration, and Phytotoxic Activity of Foeniculoxin

Akane YamagishiYuki Egoshi, Makoto T. Fujiwara, Noriyuki Suzuki, Tohru Taniguchi, Ryuuichi D. Itoh, Yumiko Suzuki, Yoshiro Masuyama, Kenji Monde, Toyonobu Usuki

Chem. Eur. J. 2022, e202203396

DOI: doi.org/10.1002/chem.202203396

研究室を主宰されている臼杵 豊展 教授藤原 誠 教授より、山岸さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

臼杵 教授

本成果は、先輩である江越由起さんの跡継ぎとなった山岸茜さんの情熱と執念の結晶です。天然物の立体化学が決められなかったとき、単離を報告したフェデリコ2世・ナポリ大学のエビデンテ先生に問い合わせましたが、これまで大学を2回異動していてサンプル(しかも不安定)や生のNMRスペクトルがない、と回答があったときは、山岸さん共々くじけそうになりました。そこを救ってくれたのが、北大の谷口透先生です。植物毒性については、同じ学科の藤原先生におんぶに抱っこ状態で、琉球大の伊藤竜一先生も加わっていただきました。結果として、国内の北から南の大学の珍しいコラボになりました。山岸さんの社会での益々のご活躍を期待しています。

藤原 教授

山岸さんはこちらの研究室に足繁く通って、ゼミにも参加される位熱意をお持ちでした。私もまだ試したことがなかったため、シリンジ浸潤法による合成毒素のバイオアッセイ系を立ち上げるのはまさに協働作業でした。Foeniculoxinや普段研究でよく使う抗生物質Hygromycin B があれ程のミトコンドリア形態異常を引き起こすとは意外でした。既知のHygromycin Bの「リボソーム阻害」と「植物細胞死」の2つの間には、それまで自分は無意識に当然の言葉を入れておりましたが、未知で興味深い現象があることを思い知らされました。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

植物の病気は、農作物の収量低下や品質低下を招くため、世界中の人々の食糧確保において大きな問題となっています。植物に病気を引き起こす植物病原菌の多くは、植物毒素を分泌し、植物にダメージを与えることが知られています。フェンネルは、古くから親しまれているハーブの一種です。このフェンネルにホモプシス属菌のPhomopsis foeniculiが感染し、花序や茎が壊死して枯れてしまう被害が欧州各国で確認され、問題になりました。Phomopsis foeniculiは数種類の植物毒素をつくりますが、中でもユニークな構造をもつfoeniculoxinが初めて単離されました。

Foeniculoxinの母骨格のエンイン構造は、学内の共同研究グループが開発した反応により容易に合成できることから、全合成研究に着手しました。検討の結果、見事、目論見通り骨格構築し目的の構造にたどり着くことができました。天然から単離されたfoeniculoxinの不斉点の絶対立体配置は不明でしたので、天然物の比旋光度の情報を元に、改良モッシャー法を用いて絶対立体配置を決定しました。

合成したfoeniculoxinの植物毒性について考察するため、シリンジ浸潤法によるアッセイに挑戦しました。まず、シロザ葉とシロイヌナズナ葉でシリンジ浸潤法アッセイを行ったところ、いずれも壊死斑が確認されました。次に、ミトコンドリアと色素体を蛍光標識した形質転換シロイヌナズナでシリンジ浸潤法アッセイを行い、処理葉を蛍光顕微鏡で観察したところ、細胞死の過程でミトコンドリアが球形化し、色素体を取り囲むように凝集していることを発見しました。対照として用いたhygromycin Bではより高度にミトコンドリアが凝集する様子が確認され、馴染み深い抗生物質が引き起こすオルガネラの現象に関する新発見になりました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

思い入れがあるのは、リレーのようにバトンを繋ぎ、研究が展開していったところです。まず、同じ学科の鈴木教之先生が開拓されたルテニウム錯体によるエレガントなクムレン合成法をきっかけにfoeniculoxinの全合成研究がスタートし、臼杵先生のもとで私の先輩である江越由起さんが全合成の検討を行いました。私は江越さんの検討に基づき全合成を再現し、あとは絶対立体配置を決めれば良いというところでしたが、途上でキラル分割が必要になり、北大の谷口透先生にお力添えいただきました。これで全合成達成、めでたしめでたし…でも良かったのですが、私は「植物毒素のはたらきを詳しく考察したい!」と思い、植物機能制御研究室の藤原先生にご相談し、アッセイを行うことにしました。琉球大の伊藤竜一先生に考察のアドバイスをいただき、結果として新発見に繋がったので、やってみたい!と思った通りにやってみて良かったと思っています。オルガネラの現象を初めて目にした時の感動は今でも忘れられません。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

アッセイを行うことになって、簡単に出来るだろうと甘く見ていたアッセイが全然うまくいかなかったことです。よくある滴下法(サンプル溶液を葉面に滴下して経過を観察する)や浸潤法(葉をサンプル溶液に浸してから取り出し経過を観察する)を試しましたが、葉にサンプル溶液を確実に浸潤させられたかを見極めることが難しく、処理葉の培養条件の検討も必要でした。

そんな時、シリンジ浸潤法に出合いました。この方法では、植物体から葉を切り離すことはせず、生きたままの葉にごく小さな傷を付け、プラスチックのシリンジを軽く当ててサンプル溶液を注入します。植物バイオテクノロジーの分野では、遺伝子導入のためのアグロインフィルトレーションとして同じ方法が行われますが、植物毒素のアッセイにも使えると考えました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は現在、農薬メーカーで新規農薬の探索研究に従事しています。農薬の研究開発には約10年かかると言われ、一筋縄ではいきませんが、二つの研究室を行き来し幅広い視野で研究を進めた経験を活かし、強い信念を持って取り組んでいます。自分が分子設計し合成した化合物が、アッセイで生物活性を示す様子を見ると、今でも大学在学中の研究で感じたワクワク感を思い出します。これからも新規農薬の開発を目指し、日々研究に励みたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

やってみたい!と思ったことに挑戦し、新しい世界が広がったという経験は、人生のさまざまな場面おいて大切な指標にしていきたいです。また、当たり前と思っていた事に意外な事実が隠れているという気づきも、研究の中で大切な視点として持ち続けたいと思います。

今回の研究を進めるにあたり、ご指導くださった臼杵豊展先生、藤原誠先生、合成研究を展開してくださった江越由起さん、ご協力いただいた鈴木教之先生谷口透先生、研究をまとめる上でご相談させていただいた伊藤竜一先生鈴木由美子先生増山芳郎先生門出健次先生に深く感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:山岸 茜(やまぎし あかね)

略歴

2016年3月 上智大学 理工学部 物質生命理工学科 卒業

2018年3月 上智大学大学院 理工学研究科理工学専攻 化学領域 修了

2018年4月より農薬メーカー勤務

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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