第478回のスポットライトリサーチは、横浜国立大学大学院理工学府(跡部研究室)修士2年の清水 勇吾 さんにお願いしました。
清水さんの所属されている跡部研究室では有機電解合成の研究をされており、過去にもスポットライトリサーチにご登場いただいております(第383回)。今回ご紹介するのは、水を還元剤として環状ケトンから環状アルコールを高いジアステレオ選択性で得る電解還元システムを開発したという成果です。電極の金属触媒種によって異なるジアステレオ選択性をもたらす理由の解明や、グラムスケール(5 g)での電解合成にも成功しています。本成果は、ACS Energy Letters 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Diastereoselective Electrocatalytic Hydrogenation of Cyclic Ketones Using a Proton-Exchange Membrane Reactor: A Step toward the Electrification of Fine-Chemical Production”
Shimizu, Y.; Harada, J.; Fukazawa, A.; Suzuki, T.; Kondo, J. N.; Shida, N.; Atobe, M. ACS Energy Letters, 2023, 8, 1010–1017.
研究を指導された跡部真人 教授と信田尚毅 助教から、清水さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
跡部先生
清水君は、2020年4月に卒業研究生として、わたくしの研究室に入室し、修士課程2年次に至る現在までの3年間、従来の触媒プロセスに代わるクリーンな環状ケトンの高立体選択的電解水素化反応プロセスの構築を目指し、固体高分子型電解反応器の設計、反応機構解析ならびに触媒探索に従事してくれました。研究の遂行に際し、わたくしの方では研究目的だけを与え、具体的な研究計画や手法は清水君の考案に委ねていたため、研究の初期段階では本当に苦労が絶えませんでした。しかしながらそのような状況下においても清水君は辛抱強く問題解決にあたり、最終的には本当に多くの成果をもたらしてくれました。このような輝かしい成果は、粘り強い精神力や柔軟な思考力は勿論のこと、確かな実験技術および方法論が備わっていること、加えて常に自身の資質を高めようとする清水君の強い研究意欲の表れであるものと思われます。本人の希望もあり、修士課程修了後は総合化学会社に就職することが決まっておりますが、社会人になっても持ち前の能力を発揮し、大いに活躍されることを期待しております。
信田先生
現在M2の清水勇吾君は、私が跡部研に着任となった2020年10月には4年生として跡部研に配属されたばかりでした。当時はパンデミックに伴う大学の措置もあり、清水君の学年は4年生前期のほとんどを登校できずに過ごしておりました。そのため、10月から同時に跡部研に同期入室したという感覚です。
非常に理知的・合理的な学生ですので、ときには鋭利な言葉遣いを周囲の学生に(愛をもって)いじられてようですが、一緒に仕事をしていると清水君は気配りと心遣いのできる暖かな人物だと分かります。研究面においては、頭の回転が速く、手がよく動き、知的好奇心旺盛という印象で、まさに研究開発をはじめとした、論理的な課題解決が必要とされる現場に好適な人物です。教員側の意図を適切に汲んでくれながら、確かな現場感覚や綿密な論文調査に基づく独自の検討も並行して進めてくれ、こちらが驚くような研究成果に繋げてくれます。さらに、SPE電解チームのリーダーとして後輩の指導を適切な距離感で親身に行なってくれており、グループにおいて欠かすことのできない人物です。
今回の研究は、清水君のファーストオーサーのデビュー作ですが、研究室としてはじめてエネルギー系雑誌に投稿し受理されました。SPE電解は次世代の化学合成を電化する重要な技術ですので、エネルギー系雑誌に挑戦することにしたのですが、それに向けたアピールとして、電解反応と水添反応の熱力学観点からの比較、分子量300を超える化合物のSPE電解、長時間電解による5グラムスケール合成など、研究室で(あるいは世界でも)前例のない様々な検証・実証を一人で完遂してくれました。また、東工大・野村淳子先生のお力をお借りしオペランドIR測定をする上でも、仮説立案からデータ解釈まで、責任感をもって取り組んでくれました。さらにリバイス時の実験でも猛烈な勢いで追加データを生み出し、見事ACS Energy Lettersを射止めてくれました。
清水君は、修了後化学系メーカーに就職されます。ご自身の能力を遺憾無く発揮し、新天地でも大活躍をしてくださることを祈念しております。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
電気を駆動源とし水を水素源に利用する環状ケトンから環状アルコールへの立体選択的合成を扱っています。数ある産業の中で化学部門は最も多くのエネルギーを消費しており、かつCO2排出量が1.37 Gトンにのぼる環境への負荷が極めて高い産業となっており、カーボンニュートラル社会を実現するためには従来の高エネルギー合成プロセスからの刷新が必要となります。そこで化学産業の「電化」を促進しうる一技術として、固体高分子電解質(SPE)電解装置を用いた有機電解合成が注目されています。今回の論文では特にプロトン交換膜(Proton-Exchange Membrane; PEM)型電解装置を利用し、香料の合成中間体として多用されている高立体選択的な環状アルコールの合成に挑戦しました。有機電解合成において非常に重要なパラメータとなるのが電極です。そこで本研究では電極触媒の検討を行った後、オペランド赤外分光に基づく解析により高立体選択性が発現する触媒機構を明らかにしました。一方、水素化には通常H2ガスを使用しますが、H2ガス製造時に多量のCO2を排出しているという現実があります。そこで本研究では、水を原料として用いることで副生成物として無害なO2を出す設計をしつつ、SPE電解装置を用いた有機電解合成では初となる長時間(76 h)かつグラムスケール(5 g)での反応にも挑戦しました。この結果から、常温常圧下で反応が進行する本システムの極めて高い耐久性、生産性、環境調和性を実証することができました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
内容に関係なくて申し訳ないですが、FigureやTableに力を入れました。昔から美術系の方面は全然できず、中高時代の成績もだいたい赤点ぎりぎりレベルだった気がします。そのため、論文中の図やTOCは何か月もかけて何十回も書き直した気がします。僕の場合、論文投稿が予定より遅れる原因はだいたい図の作成でした。特に苦労したTOCは最後外注していただいたのですが、外注する際の見本図になるまではだいぶひどいです。信田先生にアドバイスしていただき、何とか人様の目にさらせるような絵ができたと思います。反応式の矢印に乗っかっているリアクター図(本文中Figure 1a)もお気に入りです。一見シンプルですが、ドット絵みたいでかわいいです。今では世の中に公開されている素晴らしい論文はおおよそ絵がきれいだと思っており、絵も論文アクセプトに向けて重要なポイントなのかもしれません。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
電極の金属触媒種によって環状アルコールのジアステレオ選択性が異なる理由を解明するところです。今回の論文では炭素担持ロジウム触媒を用いた時に高選択的にシス体アルコールを得ることはできたのですが、その理由はいくら論文を読んでも出てきませんでした。そのため、表面科学の勉強を一から行い解析方法を考えたのですが、研究室は電気化学と有機化学を専門としており、表面科学について質問できる人もおらず自分の解釈があっているのか不安でした。そこで、跡部先生に表面科学に詳しい野村先生を紹介していただき、実際に訪問して共同研究を提案させていただきました。何回も野村先生の研究室に訪問し、実験とディスカッションを繰り返し行った結果、ロジウム触媒で高立体選択性が得られる理由を解明することができた時はとてもうれしかったです。野村先生のご協力がなければこの研究がACS Enegy Lett.にアクセプトされることもなかったと思うので、とても感謝しています。何事もとりあえず自分から行動してみることは実生活だけでなく、研究でも重要であると学んだ瞬間でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
4月から化学メーカーに就職するので、何かしらの形で化学とは繋がり続けると思います。願わくば、環境低負荷に貢献する技術を実用化させたいです。本研究でも行ったグラムスケール電解はとてもワクワクする実験で、実際に電解を行うまでに存在したいくつかの課題を解決することにかなり意欲的になっていた記憶があります。世の中には「0から1」、「1から10にする」という言葉がありますが、個人的には1から10の方が好きだった(実際に優れているかは別問題ですが・・・)ので、企業に入ってからも有望な技術をブラッシュアップさせていって工業化させてみたいと思いました。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
まず初めにここまで読んでいただきありがとうございます。
研究活動の進め方や訓戒のようなことについて言えるほど研究経験が長くないので、研究室の皆さんと3年間関わらせていただき感じたことを記してみます。僕が研究室生活で学んだことの一つに「人に信頼してもらうことの大事さ」があります。例えば、共同研究をするときは先生方に信頼してもらう必要があると思います。この子は相手方に迷惑をかけそう、とか思われたら共研はさせてもらえない気がします。例えば、先輩からこの後輩信用できないなと思われたら、重要なことは何も教えてもらえなくなるかもしれません。
僕は語彙力がとても低く(最近まで「出汁」を「でじる」と呼んでいました)四字熟語も全然知らないのですが、「無駄方便」だけは昔から意味を正確に言える唯一好きな熟語です。この四字熟語は「一見無駄に見えることでも、時には何らかの役に立っている」という意味で、人生に無駄なことはないと似ているかもしれません。僕は研究室生活を通して無意味な行動(話す内容や態度)が以外と他人から信用を得ることに繋がると学びました。研究活動にどれくらいウェイトを置くかは人それぞれで、研究が好きな人もあまり好きではない人もいると思います。しかし、研究に関係したorしないことでも研究室生活での何らかの行動や思いが将来的に自身の成長に繋がれば、それは良い時間だったといえるのではないかと思います。皆さんが少しでもポジティブな気持ちで研究生活を送れることを祈っております。
最後に、ご指導いただいた跡部先生、野村先生、信田先生、跡部研究室メンバーや学内、学外で関わらせていただいた学生や先生方、そして今回この研究紹介の機会を提供してくださったケムステスタッフの方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:清水 勇吾(しみず ゆうご)
所属:横浜国立大学大学院理工学府 跡部研究室
略歴:
2021年3月 横浜国立大学理工学部化学・生命系学科 卒業
2021年4月~現在 横浜国立大学大学院理工学府化学・生命系理工学専攻
関連リンク
- Fukazawa, A.; Minoshima, J.; Tanaka, K.; Hashimoto, Y.; Kobori, Y.; Sato, Y.; Atobe, M. ACS Sus. Chem. Eng. 2019, 7 (13), 11050–11055. https://doi.org/10.1021/acssuschemeng.9b01882
- Nogami, S.; Shida, N.; Iguchi, S.; Nagasawa, K.; Inoue, H.; Yamanaka, I.; Mitsushima, S.; Atobe, M. ACS Catal. 2022, 12 (9), 5430–5440. https://doi.org/10.1021/acscatal.2c01594
- 次世代型合金触媒の電解水素化メカニズムを解明!アルキンからアルケンへの選択的水素化法:2022年に跡部研が投稿したスポットライトリサーチ記事(SPE電解)