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スポットライトリサーチ

大気下でもホールと電子の双方を伝導可能な新しい分子性半導体材料

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第475回のスポットライトリサーチは、東京大学物性研究所 森研究室の伊藤 雅聡(いとう まさとし)さんにお願いしました。

森研究室では、分子性物質・システムにおいて、分子自身と分子間の相互作用による自由度が相関した特異な機能性の開拓を行っています。具体的には①分子の自由度を生かした新規有機(超)導体およびプロトン伝導体の開発と機能性研究、②固体中で電子がプロトン運動と協奏した有機伝導体、誘電体の開発と機能性研究、③分子性物質の外場(光、磁場、電場、温度、圧力)応答の研究、④有機電界効果トランジスタの研究などに取り組まれています。

本プレスリリースの研究内容は、分子性半導体材料についてです。半導体材料には、プラスの電荷をもつキャリア(ホール)を輸送する p型半導体と、マイナスの電荷をもつキャリア(電子)を輸送する n型半導体があり、薄膜の形態にて、有機太陽電池などの有機エレクトロニクスデバイス内に挿入され、電極や絶縁層などと組み合わせた多層構造として用いられています。こうしたデバイスの性能を向上させるためには、層数や接触抵抗を低減させることが重要であり、p 型とn 型のどちらとしても機能するアンバイポーラ型半導体が注目されています。本研究グループでは、分子量の揃った低分子材料を用いて大気下で安定な、ホールと電子の双方を流すことのできるアンバイポーラ型半導体材料の開発に成功しました。

この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Ambipolar nickel dithiolene complex semiconductors: from one- to twodimensional electronic structures based upon alkoxy chain lengths

Masatoshi Ito, Tomoko Fujino*, Lei Zhang, So Yokomori, Toshiki Higashino, Rie Makiura, Kanokwan Jumtee Takeno, Taisuke Ozaki, Hatsumi Mori*

J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 4, 2127–2134

DOI: doi.org/10.1021/jacs.2c08015

研究室を主宰されている森 初果 教授より伊藤さんについてコメントを頂戴いたしました!

伊藤君は、学部は工学部応用化学科出身で、最終的には、社会にインパクトをもたらす物質・材料の研究を志向して、「機能性を持つ分子性物質・システムの開発と機能物性研究」を行う森研究室にM1から入ってきました。研究室もちょうど、化学・物理学の境界領域となる分子性導体の基礎物性研究から、有機トランジスタ、塗布型有機伝導体、分子性水素燃料電池等などの出口を見据えた高機能性有機エレクトロニクスの機能性研究にまで広げた時期で、伊藤君とは、藤野助教とともに「分子性アンバイポーラートランジスタの研究」をスタートしました。

まず、大気に安定なアンバイポーラを示す分子設計を分子軌道計算に基づいて行いましたが、分子薄膜中の分子配列を予測することは難しい状況です。そのような中、伊藤君は、分子性トランジスタの活性層に用いるニッケル錯体において、そのアルコキシ置換基を伸ばすと、1次元から2次元的な電子構造を持つ分子配列に劇的に変化するという、予想外の結果を見出しました。そして、金属錯体のデザイン、合成から、単結晶育成、X線結晶構造解析、電子構造の計算に加え、結晶性薄膜・トランジスタデバイスの作製、およびトランジスタ特性の計測までを自ら行い、研究室内で進めるのが難しい部分は、彼自身が共同研究先のラボを訪問して技術を身に着けながら進めました。通常なら何グループかが共同研究で進める研究を、彼自身が共同先に出向いて進めることで、色々な分野の研究者から多様な考え方を学び、伊藤君自身、大きく成長したと感じます。

現在、今回の研究成果を発展させ、さらに高性能の分子性トランジスタを設計し、その開発に向けて挑戦中です。ゼロをイチにする基礎研究の醍醐味を感じながら、彼自身が目指す、社会にインパクトをもたらす研究にいつか発展させていくことを期待しております。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

大気下でも安定に駆動でき、正孔と電子の双方を流すことができる「アンバイポーラ型半導体材料」を開発する研究です。

 アンバイポーラ型半導体は次世代型の半導体材料として注目されていますが、特に大気中でも安定な材料の実現は難しく、これまでは主に別々のp/n型半導体を複合させた材料や一部のポリマー材料などでこうした特性が見出されてきました。しかし、複合材料では接触界面における伝導効率の低下が、ポリマー材料においては物性制御や性能向上に重要な構造情報が入手困難である点が問題となっていました。一方、単結晶を用いた詳細な構造的分析が可能な低分子型有機半導体材料の主流であるπ共役系分子では、こうした電荷輸送特性を大気下でも発現するために必要な電子構造上の要件の達成は極めて困難でした。

本研究では、中心金属とπ共役系配位子を組み合わせた有機金属錯体に着目することで、アンバイポーラ型半導体の電荷輸送特性を大気中の水や酸素に対して安定に発現可能な電子構造を実現しました。さらに、この骨格に適切な側鎖を組み合わせることで、効率的な電荷輸送を実現する高秩序な分子配向と高次元な電子構造、さらには溶液加工性を併せ持つ新しい分子性半導体材料を実現しました。

本研究成果は優れたアンバイポーラ型半導体材料の実現に向けた分子設計指針を与え、次世代型有機エレクトロニクスデバイス実現に対し大いに貢献しうるものと期待されます。

図1:(左上)アンバイポーラ型半導体に要求される電子構造上の要件。p型/n型半導体それぞれに課せられる電子構造上の要件の両立が求められる。(右上)本研究でデバイス特性評価に使用した電界効果トランジスタ(FET)の構造の模式図。(下)本研究で開発した新規錯体の構造式とその分子積層様式の模式図。単結晶X線構造解析により側鎖のわずかな延長に伴う分子積層様式の劇的な変調が観察されるとともに、理論計算によりこれを反映した電子構造の次元性の獲得が確認された。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究では、3種の新規錯体について、合成から物性測定、デバイス作製・評価までを一貫して行い、幅広い手法を取り入れましたが、一貫してこだわった点があります。それは、「原子レベルでの詳細な構造的分析に立脚する」という点です。

当初は溶液加工性向上を狙い、側鎖の長さをわずかに延長したところ、分子積層様式の劇的な変化を見出しました(Q1の図も参照)。これにより溶液加工性が向上したばかりでなく、電子構造の次元性が向上したという点で大きなセレンディピティでした。これをきっかけに、そのメカニズムを単結晶構造解析結果から分子形状に着目して考察するとともに、分子積層様式の変調がもたらすメリットを光学測定といった実験と理論計算の両面から、隣接分子間の相互作用に着目して丁寧に考察しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

材料開発がメインのテーマですが、開発した材料を評価するプロセスとしてのデバイス応用検討は避けて通れません。本研究では溶液塗布プロセスを用いたデバイス加工性が1つのポイントですが、その条件は当然、材料の特性に応じて変える必要があります。私自身デバイス作製の経験はほぼない中、手探りでの検討が続きましたし、材料合成そのものよりも何倍も時間がかかった気がします。

今後も、自ら開発した材料を正当に評価できるよう、デバイス作製や物性評価に関する勉強を続け、新しいデバイス作製手法も取り入れていきたいです。

デバイス作製や評価は、共同研究者で当研究室のOBでもおられる産総研の東野寿樹主任研究員のもとに私自身が赴き、ノウハウを1から「修行」させていただく機会に恵まれました。この機会が無ければ本研究は成し遂げられなかったと思いますから、感謝してもしきれません。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は、材料開発は世の中のあらゆるモノの性能・価値を根本から高めうる夢のある分野であると考え、社会に役立つ材料を作りたいという思いからこの世界に入りました。その思いは今も変わっていません。

一方で、本研究は応用一辺倒ではない、どちらかといえば基礎的な研究です。しかし、本研究を通じて、基礎的な研究は時に分野の枠組みそのものを変え、押し広げるようなインパクトを持つということを知り、それがゆくゆくは社会的課題の解決に向けた全く新しいストラテジーをもたらすという可能性を感じました。これからも、初心を忘れず応用までしっかり見据えた実験を行いつつも、基礎的な研究に立ち戻り、丁寧に新しい知見を積み上げていく努力を続けていきたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究は有機合成からデバイス作製・評価、理論計算に至るまで多くの手法を取り入れ、私にとっては未知なる世界の「冒険」の連続でもありました。「遭難」することも数えきれないくらいありましたが、幅広い研究分野の方々とのご縁にいつも助けられ、気づけばこんな記事を書いています。ひとりで黙々と実験するのも悪くないですし、私自身ひとりの時間も結構好きだったりします。ですが、新しいサイエンスを生み出し、そこに深みを与えるのは、やはり異なる研究分野同士の協同です。皆さんも是非、狭い世界に閉じこもることなく幅広い分野に足を踏み入れ、実験も議論も楽しんでください。共に「冒険」してくださる方々への感謝を忘れずに。

最後になりましたが、本研究の遂行に当たり熱心にご指導いただきました森初果教授、藤野智子助教、実験に多大なご協力をいただくとともに有意義な議論に応じていただきました森研究室OBの張磊氏、立教大学の横森創 助教、産総研の東野寿樹 主任研究員、ならびに大阪公立大学の牧浦理恵 准教授、武野カノクワン 研究員、東京大学の尾崎泰助 教授にこの場をお借りして御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:伊藤 雅聡(いとう まさとし)

所属:

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻

東京大学物性研究所森研究室 D1

専門:分子性半導体材料開発

略歴:

2020年3月 東京大学工学部応用化学科 卒業

2022年3月 東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻 修士課程修了

2022年4月ー 同 博士後期課程在学

2022年4月ー 東京大学「グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成」プロジェクト(SPRING GX) プロジェクト生

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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