第474回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院理学研究科(依光研究室)博士後期課程3年の高橋 郁也 さんにお願いしました。
依光研究室では、主に遷移金属を触媒とする斬新な有機反応やヘテロ原子の特性を活かした新反応の開発を研究されています。
有機合成における重要な中間体である有機金属化合物は、有機ハロゲン化合物を出発原料とした「ハロゲンを目印とする」手法により調製されることが一般的です。今回ご紹介するのは、「アルキンを目印とする」新手法により、ハロゲンを目印とする従来法では調製が難しかった二重マグネシウム化アルケンと二重アルミニウム化アルケンを簡便に調製することに成功したという成果です。本成果はNature Synthesis 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Synthesis of trans-1,2-dimetalloalkenes through reductive anti-dimagnesiation and dialumination of alkynes”
Takahashi, F.; Kurogi, T.; Yorimitsu, H. Nature Synthesis, 2023, in press. DOI: 10.1038/s44160-022-00189-z
研究を指導された黒木尭 特定准教授と依光英樹 教授から、高橋さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
黒木先生
今回高橋君が発見した有機アルミニウム種や有機マグネシウム種は、私の専門とする錯体化学において勢力的に研究されてきた非常に取り扱いが難しい化学種です。高橋君が開発した手法では、これまで特殊な分子設計や技術が必要と考えられていた有機金属種を簡便に発生できるため、有機化学だけでなく錯体化学の常識を打ち破る大変意義深い成果です。高橋くんは、有機金属錯体の単離・同定にも積極的にチャレンジし、有機合成だけでなく不安定化学種を取り扱える高い実験技術を持つにまで成長しました。これらの高い実験技術を持ち、分野の垣根を超えた視野で研究を展開できる高橋君は、卒業後も製薬分野においてさらなる活躍をしてくれると期待しています。
依光先生
高橋君は優等生型の研究者です。実験ができるのはもちろんですが、GRRMなどの計算科学もこなします。生物科学にも興味があり視野も広いです。一方で、サッカーにも情熱を燃やし、夜はジョギング、休みの日はサッカーの練習や試合に参加し、バランスよく研究者生活を送っており後輩のお手本となる学生です。明るく頼れる人柄なので、卒業後も製薬会社で大活躍することでしょう。
今回の研究は、有機化学の学部の教科書にも載っているアルキンのanti還元による(E)-アルケンの合成と反応機構的に密接に関係しています。極めて基礎的で目からウロコの発見であり、同様のコンセプトに基づくさらなる新反応の発見や有機合成上の今後の展開を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、単体ナトリウムを用いたアルキンの還元的1,2-ジマグネシウム化およびジアルミニウム化反応を開発しました。すなわち、有機金属ハロゲン化物を共存させた状態で、炭素−炭素三重結合に電子を注入することで、入手容易なアルキンから対応する極性1,2-ジメタロアルケンを高立体選択的に調製できることを見いだしました(図1右)。金属ナトリウム微粒子からの強力な電子注入により生じる不安定活性化学種を、共存する有機金属ハロゲン化物で速やかに捕捉し安定化することが成功の鍵です。この方法を用いると2本の炭素−金属結合を一挙に構築することができ、ハロゲンを目印とする従来法(図1左)では調製不可能な二重マグネシウム化アルケン1ならびに二重アルミニウム化アルケン2を簡便に調製することができます。生成した1および2は、不活性ガス雰囲気下で単離可能な程度の熱的安定性を有しており、その構造は単結晶X線構造解析により明らかにしました。
二重マグネシウム化アルケン1は「双頭のグリニャール反応剤」と見なせます。実際、その2本の炭素−マグネシウム結合を起点とする化学反応により、多彩なアルケン分子群を容易に合成することができました。有機化合物を作るための中間体としての1の有用性を明確にしました(図2上)。
また、二重アルミニウム化アルケン2は上述の有機マグネシウム化合物と全く異なる予想外の化学反応を引き起こすことを発見しました。すなわち、カルボニル化合物との反応がアルミニウム化合物に結合した炭素とは起こらず、分子内のベンゼン環が非芳香族化することがわかりました(図2下)。「亀の甲」で知られるベンゼン環は非常に安定な骨格ですが、これが壊される斬新な反応を見つけたことになります。この予想外の化学反応がなぜ起こるのかを計算化学的手法により解析し、二重アルミニウム化アルケン骨格に特有の反応であることを明らかにしました。また、この反応の生成物が複雑骨格の合成に利用可能であることも実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
修士課程において自分が行っていた還元的ホウ素化反応に関する研究1−3を、周期表でホウ素の一つ下に位置するアルミニウムへ展開しようと考えたことが、単純ではありますが大きな一歩でした。そこからは、「アルミでできるんやったらマグネシウムでもできんのちゃう?」という(こちらも単純な)発想で、極性1,2-ジメタロアルケンの合成というテーマへと広げられました。その際、一般には炭素”求核剤”として用いられる有機アルミニウムおよび有機マグネシウム(いわゆるグリニャール反応剤)を、あえて”求電子剤”として使ってみようと考えたところにも工夫があると思います。
思い入れがあるのは、1,2-ジアルミノアルケンとアルデヒドとの反応において、頑丈なベンゼン環が壊れた脱芳香族化1,4-ジオールが生成すると分かった瞬間です。当時デスクが隣同士だった同期と、NMRチャートを眺めながら「なんかこういう構造としか思えへんジオールできてんけど…」「ほんまに何これ?意味わからんな…(笑)」という会話をしたことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
脱芳香族化反応の計算化学を用いたメカニズム検証に苦労しました。この研究を始めるまで、自分でDFT計算を行った経験はほとんど無かったので、所属研究室の先輩方に教わりながら計算化学的手法の勉強を行いました。必要に迫られて取り組むことにはなりましたが、結果的には、独力で計算を回し論文化に足るデータを得られるだけの実力を身につける良い機会になったと考えています。
また余談にはなりますが、ドイツ留学中に論文が査読から返ってきたのも大変でした。早朝は6 kmランニングして、日中は留学先研究室での研究テーマに取り組み、夜は論文のrevisionに必要な計算のジョブを約9000 km離れた京大化研のスパコンに投入する、という生活スタイルで何とか乗り切りました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
来年度からは製薬企業での創薬研究に携わることが決まっています。これまでとは異なる環境に身を置き、苦労もあるとは思いますが、自分にとって新しい化学を存分に味わえることを楽しみにしています。大学院で培った有機合成化学に関する知識や経験を活かしながら、「分子レベルでのものづくりのプロ」を目指し、研究者としてガンガン成長し続けたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございます。私なんかが大学院生の方々にアドバイスをするなど大変おこがましく恐縮なのですが、ぜひ学会などの懇親会には積極的に参加して、所属研究室外の友人をたくさん作ることをオススメします。普段それほど交流は無くとも、論文の著者欄に友人の名前を見つけるだけで「あぁ、こいつも良い成果出してるし俺も頑張らなあかんな!」と勝手に励まされた気分になれます。また、論文には綺麗な(上澄みの)結果しか載りませんが、やはり毎日の研究生活はその下にある失敗の連続です。研究が上手くいかないときに、辛さや悩みを分かち合えるような仲間が研究室外にもいると、非常に心強いですし、実際私も多くの友人たちに助けてもらいました。(関係各所の皆さん、ありがとうございました!)
最後になりますが、私が学部4回生のときから研究に没頭できる環境を提供してくださり、熱心に指導してくださった依光先生、依光研に彗星のごとく現れ、着任時から数々の不安定金属錯体をORTEP図に(?)してくださった黒木先生、そして6年間を通して助言や激励の言葉をくださった依光研の皆さまに、心より感謝申し上げます。また、このような貴重な機会を設けてくださったケムステスタッフの皆さまに、厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:高橋 郁也(たかはし ふみや)
所属:京都大学大学院理学研究科化学専攻 有機化学研究室 博士後期課程3年
略歴:
2018年3月 京都大学理学部理学科卒業
2020年3月 京都大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了
2020年4月−現在 京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程
2020年4月−現在 日本学術振興会特別研究員DC1
2022年5月−7月 Max-Planck-Institut für Kohlenforschung 訪問研究員(Dr. Josep Cornella研究室)
参考文献
- F. Takahashi, K. Nogi, T. Sasamori, H. Yorimitsu, Org. Lett. 2019, 21, 4739–4744.
- M. Fukazawa, F. Takahashi, K. Nogi, T. Sasamori, H. Yorimitsu, Org. Lett. 2020, 22, 2303–2307.
- S. Ito, M. Fukazawa, F. Takahashi, K. Nogi, H. Yorimitsu, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93, 1171–1179.
関連リンク
- 単純分子から有用物質を短工程で製造可能に−炭素と金属を結ぶ新しい方法により合成効率の飛躍的向上へ−(プレスリリース)
- F. Takahashi, T. Kurogi, H. Yorimitsu, Nature Synthesis 2023, in press. DOI: 10.1038/s44160-022-00189-z
- 依光研究室ホームページ