第467回のスポットライトリサーチは、東京都立大学大学院 理学研究科 廣瀬研究室の長島 陽(ながしま よう)さんにお願いしました。
廣瀬研究室では、パルスレーザー堆積法やスパッタリング法などの薄膜成長プロセスを用いた無機固体材料の開発を行っています。具体的には、低温非平衡下での結晶成長、基板との化学結合による構造安定化
本プレスリリースの研究内容は、透明電極材料についてです。深紫外光とよばれる波長が200-300 nmの光は、衛生・医療・半導体微細加工をはじめとする幅広い分野で利用されています。例えば、波長280 nm以下のUV-Cとよばれる光は細菌やウイルスのもつDNAやRNAに損傷を与えて不活化することが可能で、薬剤を使わない殺菌や環境浄化法として重要です。現在は、水銀ランプなどの放電管が主に用いられていますが、水銀による環境負荷や光源の大型化といった課題があり、小型で低コストの発光ダイオード(LED)の開発が盛んに進められています。一方で、深紫外LEDの発光効率はまだ低く、特にその高効率化を妨げる原因の一つは、デバイスに光を出し入れするための透明電極が深紫外光を吸収してしまうことです。そのため、深紫外光に対する透過率の高い透明電極材料が求められています。そこで本研究グループでは、SnO2とGeO2の固溶体を母材料とする新たな透明電極材料(Ta添加Sn1−xGexO2)を開発しました。
この研究成果は、「Chemistry of Materials」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Deep Ultraviolet Transparent Electrode: Ta-Doped Rutile Sn1–xGexO2
Yo Nagashima, Michitaka Fukumoto, Masato Tsuchii, Yuki Sugisawa, Daiichiro Sekiba, Tetsuya Hasegawa, and Yasushi Hirose
Chem. Mater. 2022, 34, 24, 10842–10848
研究室を主宰されている廣瀬 靖 教授より長島さんについてコメントを頂戴いたしました!
長島 陽君は、学部生の時は分光計測の研究をしていましたが、修士課程進学時に固体材料分野に興味を持ち、当時私が所属していた研究室(東大理学部化学科の長谷川研)に加わりました。コロナ禍による活動制限が始まったタイミングだったこともあり、当初のテーマではなかなか進展がみられませんでした。そこで、12月頃に今回の深紫外透明導電体のテーマを提案したところ、一月足らずで有望なデータが得られ、そこからとんとん拍子に開発が進みました。と言ってしまうと何も苦労は無かったようですが、彼が開発した材料は成長条件の見極めが難しく、ハードワークを厭わない長島君でなければ、これほど順調に研究が進むことは無かったと思います。修士課程では主に肉体派の研究スタイルでしたが、博士課程では、彼のもう一つの特徴である幅広い興味と良い意味でのこだわりのなさを活かした、新たな展開を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
高い可視光透過率と高い導電性を両立する透明導電体は、ディスプレイ、LEDや太陽電池などの光エレクトロニクスデバイスの透明電極として広く利用されています。従来の光エレクトロニクスデバイスのほとんどは、可視光を吸収・発光するものでしたが、近年、波長が300 nm以下の深紫外光を用いたデバイスへの注目が高まっています。例えば、波長280nm以下の深紫外光は細菌やウイルスの不活化に利用可能です。しかし、実用的な透明電極材料は深紫外光に対しては不透明で、デバイスの効率を下げてしまうという問題がありました。
そこで本研究では、代表的な透明導電体の母材量であるルチル型構造のSnO2に、より大きなバンドギャップを持つGeO2を固溶させることで光学ギャップを増大し、深紫外光に対する高い透過率と導電性を兼ね備えた新たな透明電極材料(Ta添加Sn1-xGexO2)を開発しました。
SnO2とGeO2はバルクの固相反応のような熱力学的な平衡条件では数%までしか固溶しないのですが、熱力学的に非平衡な薄膜合成法(パルスレーザー堆積法)を用いることで導電性を持つ高品質な固溶体薄膜の合成を実現しました(図1)。さらに、添加するTa量や成膜条件(基板温度・酸素分圧・膜厚など)を最適化した薄膜は、深紫外光に対して、既知の材料の中で最高水準の性能を示しました(図2)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
次世代の深紫外光源として期待されているLEDへの応用を念頭におき、実用的な材料である窒化アルミニウム基板上への結晶成長を試みたのですが、導電性の高い高品質な薄膜がなかなか成長しませんでした。そこで、厚さが約10 nmのSnO2膜を種結晶層(シード層)として挿入したところ、高品質なTa添加Sn1-xGexO2膜の合成に成功しました。これによって、これまでの研究が実生活の役に立つ応用にぐっと近づいたように感じられて嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
薄膜堆積中にGeO2が揮発してしまい、狙い通りの組成の結晶が成長しないことに悩まされました。GeO2は高温・低酸素分圧の環境でGeOに還元されて揮発するのですが、結晶性の良い高品質な薄膜を得るためには高温条件が、過剰な酸素による導電性の低下(伝導電子のトラップ)を防ぐためには低酸素分圧条件が理想的です。この両者のバランスをとることが難しかったです。本研究では、成膜条件を根気よく探索することで、導電性を保ちつつGeO2の揮発が穏やかな合成条件を見つけることができました。条件探索の際は、合成条件が成膜装置の機嫌によって変化することを避けるため、1回に数時間程度かかる合成を連続で4-5バッチ行っていました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私が化学者の道を目指した主な理由は、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一先生のソフトレーザー脱離イオン化法の発見のように、化学には知的好奇心を大いに満たし、社会の発展につながるロマンあふれる発見がいろんなところに転がっていると感じたからです。目の前の研究テーマに潜む大発見のわずかな兆候を見逃さないように鋭い観察眼と広い見識を育てつつ、チャンスに飛びつく余裕をもって化学に関わっていきたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。幅広いバックグラウンドを持つケムステの読者の皆様に私の研究に興味を持っていただけて本当に光栄です。今後も化学者の一員として化学のロマンを追求していきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
研究者の略歴
名前:長島 陽(ながしま よう)
所属:東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻 博士課程1年(一杉研究室)/ 東京都立大学大学院 理学研究科 化学専攻 廣瀬研究室
研究テーマ:酸化スズ-酸化ゲルマニウム混晶の物性