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スポットライトリサーチ

計算と実験の融合による新反応開発:対称及び非対称DPPEの簡便合成

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第459回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)で特任助教をされていた髙野秀明 先生にお願いしました。現在、髙野先生は名古屋大学工学部 忍久保研究室で助教をされています。

所属されていたWPI-ICReDD/JST-ERATO 前田化学反応創成知能プロジェクトは、最近のスポットライトリサーチにもたびたびご登場いただいております(第388回, 第419回)。
今回ご紹介するのは、逆合成的な量子化学計算によって得られた結果をもとにして実験的な検討を行うことにより、対称及び非対称DPPEのより簡単な合成を可能にしたという成果です。本成果は、Nature Communications 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

A Theory-Driven Synthesis of Symmetric and Unsymmetric 1,2-Bis(Diphenylphosphino)Ethane Analogues via Radical Difunctionalization of Ethylene
Takano, H.; Katsuyama, H.; Hayashi, H.; Kanna, W.; Harabuchi, Y.; Maeda, S.; Mita, T. Nature Communications, 2022, 13, 7034. DOI: 10.1038/s41467-022-34546-5

共著者の前田理 教授美多剛 特任准教授から、髙野先生について以下のコメントを頂いています。

前田先生

髙野さんは、実験スキルや有機合成化学の知識はもちろんですが、計算化学の利用についても十分な経験と知識を持っています。我々が開発しているGRRMプログラムについても、ローカルの遷移状態最適化から最先端の量子化学的逆合成解析まで使いこなして、ICReDDが目指す計算主導の有機合成化学に貢献してくれました。ICReDDとしては非常に惜しい人材ではありますが、栄転先の名古屋大学・忍久保研究室でもご活躍されることを期待しています。有機合成化学における計算化学の利用についても、引き続き、先駆的な貢献をしていっていただければと思っています。

美多先生

髙野秀明君は早稲田大学の柴田高範先生の研究室でPhDを取得した後、2020年4月より我々の前田ERATO有機合成グループに参画してくれました。コンピュータや新しい機器いじりが大好きなタイプで、我々の有機合成グループで、光反応、電解反応(北大工・仙北久典先生に手ほどき)、ガスフロー(奈良先端大・森本積先生に手ほどき)、ファインバブルフロー(静岡大工・間瀬暢之先生に手ほどき)を自ら率先して立ち上げてくれ、非常に感謝しております。計算化学(Gaussian等)も早稲田大学時代に中井浩巳先生から手ほどきを受け熟知しており、ICReDDに来て学んだGRRMプログラムを組み合わせると、日本一(?)遷移状態を正確かつ素早く計算できる人材ではないかと思っております!有機合成グループでは計算で見つけてきた反応を実現するために、様々な反応装置を揃える努力しており、髙野君のような機器に精通したデキル人材の確保は必須でした。今回の論文でもテーマの発案、それに続く計算、実験はもとより、低温での燐光寿命の測定をICReDDの長谷川靖哉研の北川裕一先生の手ほどきのもと髙野君自ら行っております。また、飲み会が大好きで、いつもはっちゃけて楽しそうにいているので、うらやましく思っています。人に対する嫌味のかけらが一つもなく、逆にどちらかといえばいじられキャラの髙野先生、性格はパーフェクト。私がケチは罪だから金使えよ(愛も出し惜しむから)、と教えてきたので、新天地の名古屋大工・忍久保研でも学生にあふれんばかりの愛をもって、皆から慕われる良い先生、研究者になると思っております!ご活躍を期待しております。

髙野先生は2回目のスポットライトリサーチへのご登場となります(第264回)。今回は、スポットライトリサーチムービーも撮影していただきました。ムービーとインタビュー両方お楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、人工力誘起反応(AFIR)法に基づく量子化学計算と実験をうまく組み合わせることで、三成分反応による対称及び非対称DPPE誘導体の合成に成功しました。

左右のリン原子上の置換基が異なる非対称DPPE(Ar12P−CH2−CH2−PAr22: Ar1 ≠ Ar2)は、置換基の選択により中心金属の電子的、立体的環境を制御することで、遷移金属錯体の反応性を向上させることが可能な配位子として期待されます。しかし、非対称DPPEの合成にはビニルホスフィンに対するヒドロホスフィン化が一般的に利用されており、原料であるビニルホスフィンの事前合成が必須なため、非対称DPPEの合成例は限られていました。そこで我々はDPPEのリン原子をつなぐ炭素架橋が安価で工業的にも頻用されているエチレンから誘導できれば、より簡便で実用的な対称及び非対称DPPEの合成法となると考え、この仮説をAFIR法により確かめることとしました。

 

AFIR法については、住谷先生林先生のスポットライトリサーチで既に紹介されていますので今回は説明を省略させて頂きますが、DPPEのリン−炭素結合を切断する方向の人工力を付与し、逆合成解析的な反応経路探索を行ったところ、エチレンとテトラフェニルジホスフィンがラジカル反応することでDPPEが生じることが分かりました。

量子化学計算の結果に基づき、光照射を起点とするラジカル反応を利用しエチレンとジホスフィンの反応を行ったところ、確かにDPPEが生成することが分かりました。しかし、テトラフェニルジホスフィンは空気下で容易に酸化されてしまうためグローブボックスでの取り扱いが必要であり、「簡便ではあるが実用的とはいえない」と感じました。そこで更に実験的に検討を行うことにより、ホスフィンオキシド、エチレン、クロロホスフィンの三成分を用いることで、対称及び非対称DPPE誘導体の合成に成功しました。この反応は、ホスフィンオキシドとクロロホスフィンの組み合わせを変えるだけで様々な非対称DPPE誘導体が合成可能であるので、目標としていた「対称及び非対称DPPE誘導体の簡便で実用的な合成」を実現できました。

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

最も工夫したところは、「AFIR法で発見した二成分反応を、どのように三成分反応に展開するか」という点です。計算で見つけた二成分を用いて非対称DPPEを合成するためには、対応するジホスフィンを「事前調製」しなければならず、今までの合成法との差は見出せません。そこで、非対称DPPEの左右のリン原子を別のリン化合物から供給することが出来れば、非対称DPPEを三成分反応でより簡単に合成できると考えました。置換基が導入されているホスフィンオキシド、クロロホスフィン共に(すこし高価ではありますが)市販されていますし、混ぜて光を当てるだけで非対称DPPEが作れることは、この反応のセールスポイントだと思っています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

論文を読んでいただけるとわかることですが、実はこの反応、光を照射しなくてもある程度進行することが分かっています。ただ、光を照射したほうが、明らかに反応性が向上しているという事実があったので、それを論理的に説明することに苦労をしました。光がどの程度影響を与えているのかを調べるために、夜中ラボの明かりを極限まで落として暗い中実験したりもしました(もちろん、安全には十分配慮しました)。最終的には低温で反応溶液の発光スペクトルを測定することで、反応の中間体であるジホスフィンオキシドが光を吸収して三重項状態に励起し反応が進行すると結論付けました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

2022年12月より、名古屋大学工学部の忍久保研究室にて助教として新たなスタートを切りました。学生時代から継続して反応有機系の研究をしていましたが、これからは今までの反応開発と量子化学計算の経験を活かして構造有機化学に取り組むつもりです。

有機化学だけではなくすべての科学で「社会でどう役立つのか?」ということが重要視されている時代です。私も「より実用的なアウトプット」を意識して、有機化学の領域を飛び越えた複合領域的な研究に挑戦し、社会に何かしらの形で還元していきたいと思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございます。非対称DPPEの活用法については現在も検討を行っている最中です。ある程度結果が出ているものもありますので、新しい論文が出ましたらそちらもご覧いただければ幸いです。また、非対称DPPE自体まだ十分検討されていない配位子群ですので、ご興味がある方はぜひ使ってみてください。

最後に、この研究に一緒に取り組んでくださった勝山さん、林先生、神名くん、計算の部分でたくさんサポートしてくださった原渕先生、自由にのびのびと研究できる充実した研究環境を与えてくださった前田先生、美多先生に感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前:髙野 秀明 (たかの ひであき)
所属:名古屋大学工学部 忍久保研究室 助教
略歴:
2017年3月 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 化学・生命化学専攻 博士前期課程 修了 (柴田高範研究室)
2018年4月-2019年3月 日本学術振興会 若手研究者海外挑戦プログラム (Robert J. Phipps 研究室, University of Cambridge)
2020年3月 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 化学・生命化学専攻 博士後期課程 修了 (柴田高範研究室)
2020年4月~ 2021年9月 北海道大学 化学反応創成研究拠点(ICReDD) 博士研究員
2021年10月~ 2022年11月 北海道大学 ICReDD 特任助教
2022年12月~ 現職

関連リンク

  1. 炭素-炭素結合を組み替えて多環式芳香族化合物を不斉合成する (髙野先生, スポットライトリサーチ)
  2. 新アルゴリズムで量子化学的逆合成解析の限界突破!~未知反応をコンピュータで系統探索する新技術~ (住谷先生, スポットライトリサーチ)
  3. 反応経路自動探索が見いだした新規3成分複素環構築法 (林先生, スポットライトリサーチ)

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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