第453回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 有機金属化学領域(生越専介研)の橋本大輝 (はしもと たいき)さんにお願いしました。
生越研では、ニッケル錯体や典型元素触媒を用いた新規反応開発や、テトラフルオロエチレンの官能基化反応の開発に関する研究を主テーマとしています。最近では星本陽一 准教授(研究者データベースはこちら)の指揮のもと、一酸化炭素をニッケル錯体に配位させて、後に放出することで、混合ガスの中から一酸化炭素を精製する手法を報告しています(JACS 2022, 山内さんスポットライトリサーチ)。今回紹介するプレスリリース・論文では、ホウ素触媒を用いた2-メチルキノリンの水素添加反応により水素を共有結合的に捕捉し、後に放出することでCO2やCO、水分を含む混合ガスの中から高純度のH2を精製する手法を報告しています。
トリスペンタフルオロフェニルボラン(B(C6H5)3)に代表されるトリアリールホウ素は、2-メチルキノリンなどのN-ヘテロ芳香環とfrustrated Lews pairs(FLP)を形成することで、の水素添加反応を触媒することが知られています。しかし、ホウ素触媒はCO2、CO、H2Oなどの配位を受けることで失活してしまうため、触媒回転数(TON)が極めて低い事が問題でした。そこで、今回の研究では、アリール基にハロゲン原子を導入してかさ高さを増し、望まない配位による触媒の失活を抑える工夫を施すことで、約3000回のTONを達成しました。これはホウ素触媒を用いた水素添加反応の世界記録とのことです。
本研究のプレスリリースと論文は以下
【プレスリリース】水素は高純度でなければ使えない?常識を覆せ!「粗水素活用技術」創出への挑戦
Taiki Hashimoto, Takahiro Asada, Sensuke Ogoshi , and Yoichi Hoshimoto
Science Advance 2022, 8, eade0189.
DOI: 10.1126/sciadv.ade0189
指導教員の星本陽一 准教授より、橋本さんについてコメントを頂戴いたしました!
橋本大輝くんは、B4夏の段階で、ほろ酔い?にも関わらず、残る理性を投げ捨てて「博士後期課程へ突き進みます!」と宣言した根っからのチャレンジャーです。ダイエットには何度も失敗してしまう意思の弱さに目をつぶれば、自分で課題をみつけ、解決しようと計画を練り、僕に全否定されても挫けずに何度も挑戦するファイターです。政治背景も大いに絡んでくる付き合いにくい研究テーマですが、基礎研究の面白さ、重要さを認識しつつ、工学的意義とも常に向き合っていた橋本くんだからこそ、今回の研究は一応の着地を迎えられたと思います。さて、褒めすぎてもいけないので、恒例の欠点暴露タイム!
「行動を制御するブレインが、頭部を留守にすることが多い」(Y.H.談);「基本パピリモード、正念場のON・OFFが苦手」(T.A.談);「年中、星さんから逃走中(すぐ捕まる)」(S.N.談)
まだまだ進化が止まらない橋本くんに、今後も乞うご期待ください。
まずはスポットライトムービーから御覧ください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明下さい。
本研究では、粗水素雰囲気下における含窒素環式化合物の水素化反応と続く脱水素化反応を利用した水素精製手法を開発しました (図1a)。1 ホウ素中心の求電子性とホウ素周りの立体障害を緻密に設計したホウ素触媒「ASB-III」を用いると一酸化炭素 (CO) や二酸化炭素 (CO2) などの不純物を含む粗水素雰囲気下においても効率よく水素化反応が進行することを見出しました。
今回報告した2-メチルキノリン (Qin) の水素化反応にはH2に対して5倍モル量のCOやCO2が含まれる粗水素も直接利用可能であることを確認しました。また、バイオガスの主成分であるメタンが含まれる粗水素も本反応系に適用できることが明らかとなりました (図1b)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください
ホウ素触媒の設計・合成には試行錯誤を繰り返しました。本反応系では過剰量のルイス塩基 (生成物、原料、CO2、CO、ガス中の水分) 存在下でも効率よく水素化反応を触媒するホウ素化合物の設計が必要でした。共著者の浅田博士とともに既報のトリアリールホウ素を全て調べ上げ、体系的にまとめるとともに触媒スクリーニングを進めました。その結果、ホウ素中心に対してメタ位の置換基が触媒活性向上に大きく寄与していることを見出しました。トリアリールホウ素はルイス塩基が配位すると、4配位構造を取ります。ホウ素に対してメタ位に嵩高い置換基を導入して分子内の立体反発 (Back strain、図2) を誘起し、4配位構造を不安定化することができれば触媒の失活を防ぐことができると考えました。先行研究で示されていたルイス塩基との分子間の立体反発 (Front strain) に加え、Back strainの概念を触媒設計に盛り込み、合成と触媒活性評価を繰り返してついには最適触媒である「ASB-III」の合成に至りました。
一番思い入れがあるのは触媒回転数 (TON) を算出した実験です。論文が全体的にまとまり、いよいよ最終段階というタイミングで強烈なTONデータが得られました (図3)。これまでのワールドレコードを塗り替えるTONが出た直後に、星本先生が実験室内で叫びながら、出会う全ての学生に「3,000回キタ!」と絡みまくっていたことを覚えています(多分、私以外の人間にとっては単なる災難だったと思います。しかも2960回なので3000回は回ってない…)。もちろん、私自身、有機ホウ素触媒を用いた水素化反応におけるTONのワールドレコードを更新したことがとても嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ガスを扱うテーマであったため、信頼できる実験手法を確立するのには四苦八苦しました。ガスの混合比を変える実験、脱水素化反応における水素ガスの回収実験、反応速度論実験では、特にデータの信頼性に重きを置き、確実に再現性が担保できるデータを目指しました。その中でも、脱水素化反応の水素ガスの回収実験は思い入れが深く、実際に水素ガスの気泡を確認した際には1つの達成感を感じていました (水素回収時の動画はこちら)。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学は「分子レベルでのものづくり」を行うことができる魅力的な学問領域だと感じています。この化学の力を使って社会に貢献できるような技術を開発したいと思っています。水素に関するテーマを進める中で世界規模の環境問題やエネルギー問題の解決のために多大なる貢献をしてきた化学の歴史を学ぶことが出来ました。私は化学の持つ無限の可能性を信じており、今後も科学技術の発展に貢献できるような化学者になれるよう努力を続けます。また、他分野の専門家とも積極的に意見を交わし、化学の視点から問題解決へのアプローチを提案する姿勢を常に持ち続けていきたいと感じています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします
私は、研究室に配属されるまで博士後期課程に興味がなく、進学など考えてもみませんでした。配属直後、星本先生から「修士で卒業させるとなると、僕のみがwinしてしまう。君がPh.Dを獲得し、Ph.Dとして活躍する将来まで含めた時、初めて僕は君とwin-winになれると思う。とりあえず、僕を信じてみたら?」と猛烈に1回だけ誘われ、進学を即決しました。この世界のことはほとんど何もしらない4年生の夏に、博士後期課程進学を即決したわけですが、今も “とりあえず挑戦” という決断をしてよかったと感じています。皆さんも目の前に壁が現れたら、とりあえず挑戦してみてください!!リスクを悲観しすぎないことも大事だと思っています。きっと、その先には楽しい世界が待っています。私も、この先まだまだ挑戦し続け、成長していきたいです。
最後に、研究を進めるにあたり日頃よりご指導頂いております生越先生、厳しくも愛のある言葉で激励くださる星本先生、多角的な視点から研究にご助言くださる土井先生、実験技術から解析まで常に優しく指導してくださった先輩の浅田博士、およびこれまで関わってきた研究室の皆様、いつも私を支えてくれた家族や友人、そしてこのような研究紹介の機会を賜りましたケムステスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前: 橋本 大輝 (はしもと たいき)
所属: 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 生越研究室 博士後期課程1年
研究テーマ: 「粗水素雰囲気下における不飽和化合物の水素化反応」
略歴:
2020年3月 大阪大学工学部応用自然科学科 卒業
2022年3月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士前期課程 修了
2022年4月-現在 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士後期課程
受賞歴:
2021年12月 第48回有機典型元素化学討論会 口頭発表B Chemistry Letters Young Award 受賞
2022年9月 第51回複素環化学討論会 口頭発表 Heterocycles Award 受賞
参考文献
- Hashimoto, T. Asada, S. Ogoshi, Y. Hoshimoto, Sci. Adv. 2022, 8, eade0189.