第454回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院 工学研究科 物理学系専攻 応用物理学コース 吉川研究室 特別研究学生の佐藤奨真(さとう しょうま)さん(埼玉大学 理工学研究科 化学系専攻 博士前期過程2年)にお願いしました。
佐藤さんは、光干渉に基づく顕微鏡開発を進める松﨑賢寿助教(大阪大学・工学研究科)と、昆虫嗅覚を活用したロボット嗅覚の研究者である照月大悟助教(東北大学・工学研究科)の異分野融合の掛け橋となりました。今回の研究は、室温で接着する昆虫嗅覚細胞の接着を物理的な観点で紐解いたもので、The Journal of Physical Chemistry Letters誌に掲載されるとともに、プレスリリースされています。また、Supplementary coverにも選ばれており、掲載号のページからダウンロード頂けます(6ヶ月後にOA化)。大阪大学からはプレスリリースや工学研究科HP、フューチャーイノベーションセンターHP、阪大応物HP、そしてJSTの創発HPでもフューチャーされました。
Low Surface Potential with Glycoconjugates Determines Insect Cell Adhesion at Room Temperature
Takahisa Matsuzaki*, Daigo Terutsuki*, Shoma Sato et al.
J. Phys. Chem. Lett. 2022, 13, 40, 9494–9500
松﨑 賢寿 助教から佐藤さんと本研究成果について以下のようにコメント頂いています。
中谷財団の授賞式で意気投合した照月助教との共同研究の中核を担ったのが佐藤くんです。コロナ禍で最初は細胞培養を直接教えることもできず、松﨑が阪大に異動する状況が重なり、大変だったと思います。ですが、阪大に特別研究学生としてついてきてくれたこと、そして化学のバックグランドを活かした異分野融合の成果発表ができたこと、とても嬉しく思っています。これからも、研究開発の最前線を切り拓きながら、社会全体を豊かにできる企業人になると確信しています。
照月 大悟 助教からもコメントを頂いています。
本研究は、私が博士課程で実施した昆虫細胞-FET型匂いセンサーの開発に端を発しています。研究開始当初は、生きた状態で昆虫細胞の接着状態を観察することは難しいと考えていました。しかし、松崎先生と共同研究を開始し、佐藤君が粘り強くデータを取得してくれたため、今回の新しい発見につながりました。生物、化学、工学を横断する融合研究を経験した佐藤君は、未知の問題に取り組む勇気をもって、新しい分野でも活躍してくれると期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
昆虫には、周囲の化学物質(匂い)を鋭敏に検出する優れた嗅覚や、過酷な環境への適応力など、多くの魅力があります。照月先生は、昆虫嗅覚受容体を発現した昆虫細胞と電気デバイスを融合したバイオハイブリット匂いセンサー開発(図1a上)や、昆虫触角と小型ドローンを融合したバイオハイブリッドドローンの開発(図1a下)により、ロボット嗅覚の研究を展開してきました。
しかし、センサーの核となる細胞接着のメカニズムは不明な点が多く、そこで本研究では、我々の反射干渉顕微法を組み込みました。本手法は、単色光I0を入射した時の干渉光Iから細胞-基板界面を距離h [nm]で計測でき(図1b)、細胞接着をナノレベルで可視化できます。実際に、昆虫と哺乳類細胞の接着の時間変化を比較すると(図2a)、昆虫細胞は大きな干渉パターンを示し、その縁に特徴的なリング状構造(矢印)が出現することを発見しました。その分子構造の解析を進めたところ、昆虫細胞の表面は静電反発力の少ない、特徴的な糖鎖で覆われていることまで解明しました(図2b)。今後は、細胞接着の構造を制御する手法を探索し、バイオハイブリッドセンサーの高機能化へと応用したいです。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
反射干渉顕微法を用いた細胞接着の測定です。共焦点レーザー顕微鏡をベースにした本手法は、私が研究室に配属されて初めて学んだ計測技術でした。高校の実験室にあるような簡単な顕微鏡しか使ったことのなかった私にとっては、扱いがとても難しく、特に細胞-基板界面に焦点を合わせて計測することに苦戦しました。そこで顕微鏡や反射干渉顕微法についての知識を付けるインプットと、先輩や先生に見てもらいながら実際に何度も練習するアウトプットを行いました。その結果、定量的な焦点の合わせ方を確立し、その後の様々な条件下での測定に繋がりました。このように反射干渉顕微法による測定が思い入れと工夫が詰まっていると考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
得られた実験結果に対してどのように解釈するか?が難しかったです。私は化学科だったので化学に関する知識以外はあまりなく、特に生物は高校でも選択していなかったためほとんど知識が無い状態でした。そのため、細胞接着の測定をしてもなぜこの様な接着をするのか?に対する自分の考えを出すことが出来ませんでした。そこで得られた結果をすぐに先生に持っていくことで意見をもらい、ノートにまとめることで徐々に知識を増やしていきました。その結果、例えば「昆虫細胞の接着は負電荷の小さい特有の糖鎖構造による反発の少なさが効いているのではないか?」などの自分の考えを持つことが出来ました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は来年度からIT系の会社に就職するため、化学の研究をするということはありませんが、「一度化学を学んだ者」として興味を持ち続けていきたいと考えています。そして将来的にはITを通して化学の発展に貢献できるような事業に携われたらと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
まずは本スポットライトリサーチを閲覧くださり、ありがとうございます。学部生の頃からよく見ていたChem-Stationに、まさか自分の研究内容が取り挙げられるなんて夢のようです。私は学部生の頃は学業を疎かにしてしまったため、研究では何か成果を残すことを目標に、とにかく手を動かして努力すると決めていました。今回の結果は努力が多少なりとも実ったのかなと思っています。今後もこの調子で精進していきたいと思います。最後に、今回取り挙げて下さったエディターのZeolinite様、研究の指導をしてくださった吉川洋史教授、松﨑賢寿助教、共同研究の機会を頂いた照月大悟助教に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:佐藤 奨真(さとう しょうま)
所属:埼玉大学理工学研究科 化学系専攻基礎化学コース 上野研究室
専門:物理化学、生物物理学
略歴:
2021/3 埼玉大学 理学部基礎化学科 卒業
2021/4 埼玉大学 理工学研究科 入学
2021/9 大阪大学 工学研究科 物理学系専攻 応用物理学コース 吉川研究室 特別研究学生