このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。今回は、電子部品の省金化などに欠かせない電解パラジウムめっきを取り上げます。
有機化学ではクロスカップリングをはじめ触媒金属として名高く、近年では水素吸蔵合金の主成分としても嘱望されているパラジウムですが、工業的には自動車の排気ガス中の窒素酸化物NOxなどを除去する三元触媒としての需要が目立ちます。
エレクトロニクス分野においては比較的加工が容易でありながら高い耐食性を誇り、金や銅のように原子レベルの熱拡散を起こしにくいことから、配線層の金めっきの下地として内部金属を保護しつつ金の使用量を低減(省金化)するために用いられます。
とはいえパラジウムも貴金属であり、主に周期表の上下に位置するニッケルや白金の副産物として精錬されています。その鉱床はロシアや南アフリカに偏在していることから価格が不安定で、政治的要因によって供給難に陥りやすい欠点もあります。近年ではロシアによるウクライナ侵攻の影響のほか南アフリカでの産出量も減少しており、価格も高止まりを見せています。
パラジウムめっきにおける最大の難点は、先に述べた水素吸蔵合金の原理と関連しています。カソード上で競合するHERによって生じた水素ガスがパラジウム金属によって吸蔵されることによる脆化(水素脆化)によって引き起こされる不良が問題となります。類似の現象は様々な金属で起こりますが、パラジウムでは常温・常圧下で自身の体積の935倍もの水素ガスを急増し、それに伴って大きな体積変化を起こすために卓越しており、応力の増加、ひいては破断の原因となります。この現象はめっき皮膜が厚くなると顕在化するため、純パラジウムの厚付けめっきは長らく技術的に困難でした。
このため、産業的には純パラジウムの出番はさほど多くなく、ニッケルなどとの合金として特性を改善したうえでめっきされることも多々あります。
パラジウムめっき浴
さて、代表的な純パラジウムめっき浴にはアンモニア/塩化アンモニウム緩衝液を用いてアンミン錯体とした塩化アンミン浴と、塩化パラジウムを主成分とする古典的な塩化パラジウム浴が挙げられます。塩化アンミン浴は最も広く用いられていますが、金属表面が曇りやすく、またアンモニア蒸気を絶えず発生するため作業者の安全や環境上の問題に配慮する必要があります。一方、塩化パラジウム浴は残留応力が小さく、緻密なめっき皮膜が得られやすいという長所があります。このほかにも、安定性が劣るもののジニトロジアンミンパラジウム錯体を用いる手法や、硫酸パラジウムを利用し共析した硫黄によって皮膜の物理的特性を改善しようとする試みもありました。
一方、パラジウムはニッケルとよく固溶することから、ニッケルを20 %程度添加した合金とすることによって硬度を増大させ、展延性を向上させるとともに、ピンホールが少なく耐食性に優れためっき皮膜を得ることが可能となります。このパラジウム–ニッケル合金めっきは配線層の銅を保護する上で優れた性質を示すことから、近年では純パラジウムに代わってエレクトロニクス業界では重要なめっき手法となりつつあります。添加剤の進歩により、貴なパラジウムを卑なニッケルと一定の割合で析出させる技術が確立されており、極めて薄い被膜でも緻密に銅表面を保護することが可能となっています。
このパラジウム-ニッケルめっき浴は塩化アンミン浴とスルファミン酸浴が代表的であり、用途に応じて使い分けられています。
最近の動向
パラジウム価格の高騰が続く中、さらに薄くても緻密な皮膜を安定して得ることのできるめっき浴の研究が進められつつあります。また、他の金属の時と同様に、パラジウムめっきもまた無電解めっきへとシフトしつつあります。値上がりの規模や期間によってはパラジウムにとってかわる材料の開発につながる可能性も否定できず、今後の先行きは不透明といえます。
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長くなりましたので今回はこのあたりで区切ります。次回は電解パラジウムめっきを特集しますのでお楽しみに!