ユズリハアルカロイドであるdaphgracilineの全合成が初めて達成された。Type II 分子内[5+2]付加環化反応とエポキシドの還元的開裂反応を鍵として、複雑な架橋縮環構造を構築した。
Yuzurine型アルカロイド
ユズリハ属の樹皮から得られるユズリハアルカロイド類は、抗がん作用や血管弛緩作用など様々な生物活性を示す。13分類以上の化合物群が知られ、いずれも高度に縮環した多環式骨格をもつ。これらの生物学的および構造的特徴から多くの合成化学者の標的化合物となっており、Heathcockらによるdaphniphylline型アルカロイドの合成を皮切りに、既にいくつか本アルカロイド類が全合成されてきた(図1A)[1]。しかし、未だ合成例のない化合物群があり、その一つがyuzurine型アルカロイドである。Yuzurine型アルカロイドの多くは、アザビシクロ[4.3.1]環に加え、C5位のスピロテトラヒドロピラン環を含む五環式構造をもつ。Yuzurine型アルカロイドの一つdaphgraciline(1)は本特徴に加え2つの四置換オレフィンをもち、如何に本骨格を構築するかが課題となる[2]。
一方、南方科技大学のLiらは以前、塩基存在下アセトキシピラノンを加熱するとtype II分子内[5+2]付加環化反応が進行し、ジアステレオ選択的に架橋縮環構造を構築できることを報告した(図1B)[3]。本反応は高反応性のオキシドピリリウムイリド中間体を経て進行し、構築困難な橋頭位二重結合をもつ分子が合成できる。今回、同著者らは本反応を鍵反応の一つとすれば1の初の全合成ができると考えた(図1C)。すなわち、ピラノン2のtype II [5+2]付加環化反応によりアザビシクロ[4.3.1]環化合物3を合成する。その後、3に対するグリニャール反応、続く分子内Diels–Alder反応(IMDA)によりシクロヘキセン化合物4とし、環縮小反応を経て化合物5へ導く。Ti(III)種を用いるエポキシド5とアクリロニトリルとの還元的カップリング[4]でスピロ環を構築して1が合成できると考えた。
>“Total Synthesis of Yuzurine-type Alkaloid Daphgraciline”
Li, L.-X.; Min, L.; Yao, T.-B.; Ji, S.-X.; Qiao, C.; Tian, P.-L.; Sun, J.; Li, C.-C. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 18823–18828.
DOI: 10.1021/jacs.2c09548
論文著者の紹介
研究者:Chuang-Chuang Li (李闯创)(研究室HP)
研究者の経歴:
1997–2001 B.S., China Agricultural University, China (Prof. Dao-Quan Wang)
2001–2006 Ph.D., Peking University, China (Prof. Zhen Yang)
2006–2008 Postdoc, The Scripps Research Institute, USA (Prof. Phil S. Baran)
2008–2013 Associate Professor, Peking University, China
2014–2017 Research Professor, Southern University of Science and Technology, China
2018– Professor, Southern University of Science and Technology, China
研究内容:天然物合成、合成方法論の開発
研究者:Jianwei Sun (孙建伟)(研究室HP)
研究者の経歴:
2001–2004 M.S., Nanjing University, China (Prof. Yuefei Hu)
2004–2008 Ph.D., The University of Chicago, USA (Prof. Sergey A. Kozmin)
2008–2010 Postdoc, Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Gregory C. Fu)
2010–2015 Assistant Professor, The Hong Kong University of Science and Technology, China
2015–2019 Associate Professor, The Hong Kong University of Science and Technology, China
2019– Professor, The Hong Kong University of Science and Technology, China
研究内容:不斉有機触媒を用いた新合成法の開発、機能性分子の合成
論文の概要
著者らは、まずフルフラール6から4工程でピラノン2を合成した。塩基存在下、2を加熱してオキシドピリリウムイリド中間体を発生させ、鍵反応であるtype II [5+2]付加環化反応により七員環をもつ所望の3が単一のジアステレオマーとして得られた。3に対するGrignard反応により、アルコール7とした後、分子内Diels–Alder反応によりシクロヘキセン4とC15位のジアステレオマー4’を得た。本ジアステレオ選択性は2.3:1と乏しかったものの、4と4’は後の変換反応で異性化を伴って望みの中間体へと導ける。すなわち、4と4’をジケトン8に酸化した後、ベンジル酸型転位による環縮小と生じたカルボン酸のメチル化を経て化合物9とした。9から6工程で得られるエポキシド5をTi(III)種で還元的開裂し、続くアクリロニトリルへのラジカル付加反応によりラクトン10を得た。最終的に4工程で10を官能基変換し、daphgraciline(1)の合成を達成した(全25工程)。
以上、type II [5+2]付加環化反応とエポキシドの還元的カップリングを鍵として、yuzurine型アルカロイドの多環式骨格を巧みに構築した。今まで成し得なかった複雑天然物の全合成には困難を要し、全合成達成の報にユズリハは喜びを隠せないに違いない。
参考文献
- Liang, X.; Yang, X.-Z.; Chen, L.; Jiang, S.; Chen, Y.-D.; Deng, Q.-Y.; Chen, X.-G.; Yuan, J.-Q. Alkaloids Derived from the Genus Daphniphyllum. Chem. Res. 2021, 30, 1–14. DOI: 10.1007/s00044-020-02646-w
- Kang, B.; Jakubec, P.; Dixon, D. J. Strategies towards the Synthesis of Calyciphylline A-Type Daphniphyllum Nat. Prod. Rep. 2014, 31, 550–562. DOI: 10.1039/C3NP70115H
- (a) Mei, G.; Liu, X.; Qiao, C.; Chen, W.; Li, C.-C. Type II Intramolecular [5+2] Cycloaddition: Facile Synthesis of Highly Functionalized Bridged Ring Systems. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 1754– DOI: 10.1002/anie.201410806 (b) Min, L.; Liu, X.; Li, C.-C. Total Synthesis of Natural Products with Bridged Bicyclo[m.n.1] Ring Systems via Type II [5+2] Cycloaddition. Acc. Chem. Res. 2020, 53, 703−718. DOI: 10.1021/acs.accounts.9b00640
- RajanBabu, T. V.; Nugent, W. A. Intermolecular Addition of Epoxides to Activated Olefins: A New Reaction. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 4525−4527. DOI: 10.1021/ja00194a073