第460回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)の谷田部 孝文 助教にお願いしました。
谷田部先生の所属されている山口研究室は触媒化学を専門としており、山口研究室は過去のスポットライトリサーチ(第396回)にもご登場いただいています。今回ご紹介するのは、従来とは異なる選択性を持った第三級アミン酸化をもたらす金ナノ粒子触媒に関する研究です。本触媒反応系によって新規構造を持つプロパルギルアミン類の合成が可能になり、さらに金ナノ粒子触媒上での協奏的二電子一プロトン移動という反応機構を提唱してメカニズム解明も行われた本成果はNature Communications 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Regiospecific α-Methylene Functionalisation of Tertiary Amines with Alkynes via Au-Catalysed Concerted One-Proton/Two-Electron Transfer to O2”
T. Yatabe, K. Yamaguchi, Nat. Commun. 2022, 13, 6505. DOI: 10.1038/s41467-022-34176-x
研究室を主宰されている山口 和也 教授から、谷田部先生について以下のコメントを頂いています。固体触媒にかける思いがあふれる今回のインタビューをお楽しみください!
谷田部さんとは彼が4年生で研究室に配属されてからのつきあいです。彼が4年生の時、諸事情により研究室がだいぶしんどい(?)状況でしたが、それでも研究室を選んでくれて、また博士進学もしたいとのことで、とてもうれしく思った記憶があります。谷田部さんが研究室に入ってきて最初に彼に与えたテーマは実はうまくいきませんでした。今となっては私のテーマ設定がよくなかったと思いますが…、それでも彼はしっかりとした周辺調査、粘り強い実験でそのテーマの戦略がよくなかったことを示してくれました。逆に、自分で新しいテーマ「機能集積型固体触媒によるワンポットフラボン合成」を立案して(4年生なのに)、翌年には論文化(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 13302)に成功!また、フラボン合成の際に、副生成物として数パーセント検出されていたオーロンに注目し、今度は同じ原料から逆にオーロンを主生成物にするというテーマにも取り組み、紆余曲折を経て約3年後に論文化(ACS Catal. 2018, 8, 4969)に成功!今回紹介していただく研究は、最初はちょっとした気付きからスタートですが、谷田部さんのそれを見逃さない「洞察力」、発展したらここまで広がるかもしれないと考えられる「想像力(妄想力)」、何が何でも絶対にやり遂げるという「粘着力」のたまものだと思います。今後、谷田部さんはこの分野を代表する研究者の一人になると思いますので、彼の活躍にぜひご注目ください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
アミンは窒素原子を含む有機化学における基本化合物の一つであり、自然界や工業製品等に幅広く存在します。特に、第三級アミンは医農薬品に多く含まれる構造であり、元々のアミン骨格を保持したまま、普遍的に存在するC–H結合に対して特定の位置で選択的変換を行うことができれば、新薬等の新たな機能性化学品を効率的に開発できると期待されます。
第三級アミンは酸化反応を経ることで、高い求電子性を有するイミニウムカチオンに変換できるため、位置選択的に酸化を行うことができれば、種々の求核剤との反応により、基質に制限なくさまざまなα-C–H結合官能基化が可能と考えられます。実際、多数の酸化的α-C–H結合官能基化がこれまで報告されてきましたが、第三級アミンの有する三種の異なる炭化水素基を認識し特定の位置の炭化水素基のみを選択的に酸化することは非常に困難であり、選択的な官能基化はこれまで基本的にα-メチル基に限られていました。α-メチル基選択的酸化は、single electron transfer (SET)/脱プロトン/SETを経る古典的な第三級アミン酸化反応機構において、脱プロトン過程で立体電子効果により速度論的にメチル基が優先的に反応することに起因しており、α-メチル基選択性を打破するには新たな第三級アミン酸化反応機構が必要でした。
本研究では、Auナノ粒子触媒上で第三級アミンから酸素分子への協奏的二電子一プロトン移動が起こるという新たなアミン酸化反応機構により、従来型の第三級アミン酸化選択性を打破し、末端アルキンを求核剤として、α-メチレン基選択的なC–H結合官能基化を達成しました。再使用可能なAuナノ粒子触媒を使用した酸素酸化反応であり、実際にさまざまな新しい構造のプロパルギルアミン類の合成に成功しているため、環境調和的かつ効率的な新規有用化学品の創製が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本反応は、反応一回目の検討で想定した通りに目的物が生成したという、これまでの私の研究人生の中でもとても稀有な例であり、着想時にまず思い入れがあります。本研究テーマの着想は、博士課程二年時の2018年4月まで遡ります。当時、修士課程二年だった中井諭君といつものようにデスクでディスカッションをしていた時です。中井君は学部四年生からのテーマを論文にまとめ一段落した後に色々なテーマをさまよっていたのですが、Cu/N-oxylという錯体触媒系を用いることで第三級アミンのα-メチル基選択的酸素化反応が少し進行し、調べてみるとほとんど報告のない反応であり、このテーマに注力していこうかと話をしていました。すでにその2年前に、2016年当時博士研究員であった金雄傑先生 (現東大野崎研助教) と修士課程一年の片岡憲吾君が中心となって、酸素分子を酸化剤、水を酸素源としたAl2O3担持Auナノ粒子触媒による第二級アミン・第三級アミンのα-酸素化反応を報告していましたが (参考文献1)、その第三級アミンにおける酸素化の選択性はα-メチレン基選択的であり、α-メチル基の酸素化は達成できておりませんでした。どうしてα-メチル基の酸素化の選択性が出るのかを考えたときに、古典的なSET/脱プロトン/SETであればメチル基選択酸化でイミニウムカチオンができるので、Cu触媒だしまあ普通のことかなとすぐに思いましたが (種々の検討の結果、Cu/N-oxyl触媒系で起こっていたアミン酸化はまた少し違う推定メカニズムとなりました:参考文献2)、同時に、むしろAuナノ粒子触媒による第三級アミン酸化の選択性が異常なのでは、と思いつきました。第三級アミンのα-酸素化反応は、2016年に報告するまで量論酸化しか報告がなく、既報はメチレン基選択的酸素化であったので、その選択性が特殊であることに気づきづらかったという背景があります (ちなみに、メチル基選択的酸素化が難しいのはイミニウムカチオンに水が付加してヘミアミナールとなり、そのまま分解して脱メチル化になってしまうのが一因であり、Cu/N-oxyl触媒がヘミアミナールを速やかにアミドに酸素酸化できることも中井君のα-メチル基選択的酸素化において鍵でした:参考文献2)。当時、私は層状複水酸化物 (LDH) により末端アルキンの求核性を高めることを鍵とする遷移金属フリーな形式的ヒドロアシル化反応を開発していたところであり (参考文献3)、金先生が博士課程在籍時の2014年にマンガン酸化物OMS-2によるメチル基選択的アルキニル化を報告していたこともあり (参考文献4)、LDH担持Auナノ粒子触媒を用いてフェニルアセチレンと1-メチルピペリジンを基質としたアルキニル化をとりあえず行ってみたところ、なんと一発目で収率20%程度できれいにα-メチレン基選択的なアルキニル化が進行しました。進行したアルキニル化をSciFinderで検索しても当時一報もヒットせず、知見がある程度たまっている状態で少し見方を変えると新反応がこんなにすんなりいくこともたまにはあるんだなと、とても印象深い経験でした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
前述のように反応自体の発見、収率の向上には特に大きな困難はありませんでしたが、なぜAuナノ粒子触媒で特異なα-メチレン基選択的酸化が起こるのか、反応機構の解明には非常に苦労しました。博士論文をまとめる際には、Auナノ粒子上での単なるβヒドリド脱離で想定反応機構を書いていたのですが、他のβヒドリド脱離をするような触媒においてもメチレン基選択的なα-C–H結合官能基化がほとんど報告されていない点、Auナノ粒子触媒ではα-メチレン基の中でも環状メチレン基選択的に反応が進行するという点等から、もう少し違うメカニズムなのではないかと、博士論文執筆後に考え直しました。スイスへの留学や新型コロナウイルスの流行などによりなかなか実験ができなかったこともあり、かなり時間がかかりましたが、多角的に詳細なコントロール実験、速度論解析等を行い、Auナノ粒子触媒上で第三級アミンから酸素分子への協奏的二電子一プロトン移動が起こり、イミニウムカチオン様の遷移状態を経ることでα-メチレン基選択性が発現するという、固体触媒特有とも言える新たな反応機構の提唱に至りました。
また、第三級アミンの酸化的α-C–H結合官能基化は非常に多数の報告があるものの、そのほとんどにおいて位置選択性に関する言及がなく、メカニズムの解明も詳細に行っていないものが大半でした。そのため、基質の適用性として、α-メチレン基選択的官能基化が達成されてない事例は文献を調べていくことで積み上がるものの、実際に難しいと言及している論文はないため、イントロダクションの執筆に苦労しました。本論文のリビジョン中に、可逆的な水素原子移動触媒を用いた第三級アミンのα-メチン基・メチレン基選択的なGiese反応が報告され (参考文献5)、酸化的α-C–H結合官能基化においてα-メチル基以外の位置選択性を発現することが困難なことに言及があり、これは個人的には相当後押しになりました (なお、この論文のTOCを見た瞬間には結構焦ったのですが、Curtin–Hammettの原理に基づいた反応の位置選択性の制御であり、第三級アミン酸化自体の位置選択性を制御していないということで一安心しました)。
適用性をさらに広げるのに苦労したり、予想外な重水素化のデータが出たりと、結局レフェリーコメントが帰ってきてからリビジョン版投稿まで1年以上かかってしまいましたが、その分しっかりとしたリビジョンに仕上げることができ、無事アクセプトされ、反応の発見から約4年半の研究がようやく一段落しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
固体触媒は、濾過により触媒の回収・再使用が容易であり、生成物に触媒が混入することも防ぐことができ、フロー有機合成への応用も近年盛んに研究されていることから、その環境調和性や実用性に注目が集まっています。一方で、固体触媒を用いて新しい有機反応を開発するような研究はまだ少数派でありますが、固体触媒特有の触媒特性をうまく活かせれば、本研究のようにこれまで達成できていなかった選択性を発現し、新反応を開発することができます。従来の有用反応を固体触媒化するのは非常に大事ですが、均一系触媒で開発されていない有機反応を固体触媒で開発するということも、その反応で効率的になるプロセスは固体触媒に必然的に置き換わり、結果的に環境にやさしい次世代の触媒化学・有機合成化学の確立に貢献できるのではと考えております。固体触媒による新規有機反応開発に関する体系化・学理の構築や、開発した触媒反応の社会実装を目指し、今後も研究に邁進していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
この世にこれまでなかった反応や分子を自分の試験管やフラスコの中で世界で初めて作り出せるというのは化学の実験系の研究の醍醐味だと思います。加えて、触媒反応開発は特に、反応を行った結果が比較的すぐに出るので、次はこうしてみよう・なんでこうなるんだと色々と試行錯誤するのも面白く、想定通りいっても、想定外があっても楽しいです。もちろん、反応が行かない、収率が伸びない苦しい時もありますが、色んなことを考えて試して根気強く続けていけば、あるとき急に収率が上がったり、思いもしない反応を見つけたりするものだと思います。反応機構の解明も大変なことは多いですが、パズルを解くような面白さがあります。本稿を通して触媒反応開発に興味を持ってくれる人が増えると嬉しいです。
また、固体触媒で有機反応を行う研究は、固定化触媒やフロー有機合成など増えている傾向にありますが、まだまだ新規有機反応開発の主流は錯体触媒や有機触媒のような均一系触媒です。均一系触媒にしか開発できない反応も当然たくさんありますが、大きく触媒設計や構造が異なるため、本研究で実際に示しているように、固体触媒だからこそ開発できる反応もあるはずです。固体触媒による新規有機反応開発の分野にもっと多くの人に参入していただきたいと思っておりますし、本分野を盛り上げられるように私ももっと精進します。
学部生の頃からずっと拝見しているスポットライトリサーチでこのような研究紹介の機会をいただき、とても嬉しく思っており、Chem-Stationスタッフの方々に深く御礼申し上げます。また、今年度4月には東大山東研究室所属の弟もスポットライトリサーチに取り上げていただき、ありがとうございました (第373回スポットライトリサーチ)。
最後に、博士課程時から本研究を支えていただいた山口和也教授、山口研究室 (水野研究室) 所属時に様々な知見を残していただいた金雄傑先生 (現東大野崎研助教)、これまで一緒に研究をしてきた山口研究室の皆様に心より感謝申し上げます。
参考文献
- X. Jin, K. Kataoka, T. Yatabe, K. Yamaguchi, N. Mizuno, Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 7212. DOI: 10.1002/anie.201602695
- S. Nakai, T. Yatabe, K. Suzuki, Y. Sasano, Y. Iwabuchi, J. Hasegawa, N. Mizuno, K. Yamaguchi, Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 16651. DOI: 10.1002/anie.201909005
- T. Yatabe, N. Mizuno, K. Yamaguchi, ACS Catal. 2018, 8, 11564. DOI: 10.1021/acscatal.8b02832
- X. Jin, K. Yamaguchi, N. Mizuno, RSC Adv. 2014, 4, 34712. DOI: 10.1039/C4RA05105J
- Y. Shen, I. Funez-Ardoiz, F. Schoenebeck, T. Rovis, J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 18952. DOI: 10.1021/jacs.1c07144
関連リンク
- 金ナノ粒子触媒により第三級アミン酸化の従来型選択性を打破 ―新規機能性化学品の環境にやさしい効率的な創製に期待― (プレスリリース)
- T. Yatabe, K. Yamaguchi, Nat. Commun. 2022, 13, 6505. DOI:10.1038/s41467-022-34176-x (原著論文)
- 山口研究室ホームページ
研究者の略歴
名前:谷田部 孝文 (やたべ たかふみ)
所属:東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻山口研究室助教
研究分野:触媒化学、有機合成化学
研究テーマ:固体触媒特有の触媒特性を利用した新規有機反応開発
略歴:
2015年3月 東京大学工学部応用化学科卒業 (水野研究室)
2017年3月 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 修士課程修了 (水野・山口研究室)
2019年9月 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士課程修了 (山口研究室)
2017年4月–2019年9月 日本学術振興会特別研究員DC1
2019年9月–12月 スイス連邦工科大学チューリッヒ校 訪問研究員 (Prof. Christophe Copéret) (日本学術振興会若手研究者海外挑戦プログラム)
2019年10月–12月 日本学術振興会特別研究員PD
2020年1月–現在 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 助教 (山口研究室)
2022年10月–現在 JSTさきがけ研究者「地球環境と調和しうる物質変換の基盤科学の創成」領域