第457回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室の川合 誠司 (かわい せいじ)さんにお願いしました。
醗酵学研究室では、放線菌の形態分化・二次代謝の分子機構とその制御システムに関する研究と微生物の二次代謝産物の生合成に関する研究を主テーマとしております。本プレスリリースの研究内容は放線菌の二次代謝についてです。背景として本研究グループでは、これまでにクレメオマイシンやアラゾペプチンといった放線菌が生産するジアゾ基含有化合物の生合成研究を行ってきました。ジアゾ基はその反応性の高さから、天然物の構造中に存在することで、抗菌活性などの生物活性を付与することができます。これらのジアゾ基はANS経路と命名された天然物生合成特異的な亜硝酸生合成経路から供給される亜硝酸をアミノ基に縮合することで合成されることが明らかになっており、実際にこのANS経路由来の亜硝酸が、ジアゾ基をはじめとする窒素-窒素 (N-N) 結合含有天然物の生合成に利用されているとの報告がなされています。
さらに、ANS経路を構成するタンパク質をコードする遺伝子は多数の放線菌の未知天然物生合成遺伝子クラスターに存在していることから、N-N結合を有する未知の化合物が天然には多数存在することが示唆されており、これらの生合成遺伝子クラスターの産物を同定し、その生合成経路を明らかにすることで、新規天然物の単離や天然物生合成における亜硝酸の新たな役割に対する理解が深まることが期待されます。そこで本研究では、avaクラスターと命名した生合成遺伝子クラスターに着目し、生合成経路の解明を行いました。
この研究成果は、「Angewandte Chemie Internationl Edition」誌に掲載されHot Paperにも選出されました。またプレスリリースにて成果の概要が公開されています。
Seiji Kawai, Ryota Hagihara, Kazuo Shin-ya, Yohei Katsuyama, and Yasuo Ohnishi
Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 61, e202211728
DOI: doi.org/10.1002/anie.202211728
指導教員の勝山陽平 准教授より、川合さんについてコメントを頂戴いたしました!
川合くんは私の研究グループの博士課程1年生です。一緒に研究するようになって3年半経ちますが、そのバイタリティにはいつも驚かされます。研究室に学生として配属された時から、他の学生とは一味違う、存在感を持っていました。意欲的に実験、勉強に取り組んでおり、論文執筆にも積極的です。その成果として、これまでに4本の論文に名を連ねています。今回紹介する論文の成果が身を結んだのも、川合くんの大胆な行動力と繊細に実験結果を検証するスキルがあってこそだと思います。また、面倒見も良く、後輩の指導やディスカッションも積極的に行ってくれます。また、お酒が好きで、飲み会を通したコミュニケーションにも積極的です。博士課程卒業後はどの進路を選んだとしても間違いなく活躍できる人材だと思います。
ジアゾ基を持つ化合物の生合成研究は私のグループの中でも特に重要な研究テーマの一つです。ジアゾ基は有機合成化学においては反応の足場として有用なものだと思います。微生物の一種である放線菌はジアゾ基を持つ天然物を生産するものが複数知られていますが、その反応性の高さや物性の悪さから解析が難しい場合も多く、その生合成メカニズムや、微生物がジアゾ基をどのように利用しているかはほとんど、明らかになっていませんでした。今回の論文は微生物が意外な形でジアゾ基を天然物の生合成に利用していることを明らかにしており、微生物の用いる化学反応の多様さにあらためて驚かされました。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
微生物が生産する天然物は、古くから医薬品や染料などの原料として人類に活用されており、現在市場で売られている低分子医薬品の多くはこうした天然物やその誘導体であるといわれています。微生物の中でも特に土壌中に生育している放線菌は、多種多様な医薬品を生産することで知られています。
放線菌が生産する天然物の中でも、ジアゾ基をはじめとする窒素-窒素 (N-N) 結合を有する化合物の生合成機構に、近年注目が集まっています。私たちの研究グループではこれまでクレメオマイシンやアラゾペプチンといった、放線菌が生産するジアゾ基含有天然物の生合成研究を通じて、亜硝酸を用いたジアゾ基の生合成機構を明らかにしてきました。
本研究では、これまでに得られたジアゾ基合成を担う酵素群のホモログをコードする生合成遺伝子クラスターをゲノムデータベースの解析から見出しました。この生合成遺伝子クラスターはavaクラスターと命名され、クラスター全長の異種発現からアベナルミ酸の生合成を担うことを明らかにしました。さらに、遺伝子破壊実験や組換えタンパク質を用いた詳細な試験管内反応からアベナルミ酸の全生合成経路を解明しました。驚くべきことに、アベナルミ酸の生合成経路には、芳香族アミノ基を既知のジアゾ化酵素のホモログであるAvaA6が一度ジアゾ化して反応性を上げた後に、酸化還元酵素であるAvaA7がNADPH由来のヒドリドをジアゾ基に転移させることで、アミノ基を除去する反応が存在することが分かりました。天然物生合成経路中におけるジアゾ化を介したアミノ基除去反応の報告例はなく、代謝経路におけるジアゾ基の新たな役割が明らかになったといえます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究テーマで私が思い入れがあるところは、テーマ設計の部分です。実はこの研究テーマを思いついたきっかけは、2020年春先のコロナ禍の外出自粛期間に、「今できる研究をしよう」と考えて、自宅でゲノムデータベースの解析を行ったことでした。100種類を超える放線菌のゲノム情報を解析した結果、多数の放線菌ゲノム内に保存される生合成遺伝子クラスターの1つとして、avaクラスターの存在に気がつきました。自粛期間が明けた後は、異種発現実験などによりavaクラスターの解析を行ったところアベナルミ酸とその誘導体の単離に成功した時はとても興奮したのを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
この研究を本格的に始めるまでも、N-N結合を有する天然物の生合成研究を行ってきましたが、大腸菌と放線菌の遺伝子操作や組換えタンパク質の精製といったバイオ系の実験ばかりやっていました。そのため、有機合成や天然物の単離・精製・構造決定を行った経験は数えるほどしかありませんでした。しかしながら本研究では、これらの有機化学的な手法を多用する必要がありました。
前々から化学実験の手法を学びたかったため、この機会をチャンスだと考え、先生や先輩に実験手法や二次元NMRの解析手法などを教わりながら、実験を進めていきました。特にポリエンの合成やニトロ基の還元反応などが難航しましたが、反応条件や精製条件などを各種検討することで、必要な構造決定と全基質の合成を達成しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
近年、バイオテクノロジーを用いることで環境負荷を減らしながら化学物質の生産を目指す試みが盛んだと思います。また、生物が有する代謝経路に存在する特徴的な構造を有する化学物質やその生合成酵素の応用も注目されています。
このようなトレンドの中で、私は化学と生物学の境界領域で研究する研究者として、生物学の実験手法を化学に応用する流れを後押しできるような研究者になりたいと考えています。そのためにも、残りの博士課程の期間は化学を用いた実験に今まで以上に取り組み、様々な実験手法を学びたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまでお読みくださりありがとうございました。本研究が、微生物が持つ多様な代謝経路と生合成酵素が触媒する興味深い化学反応への理解に少しでも役立てば幸いです。
最後になりますが、本研究を遂行する際にご指導賜りました大西康夫教授・勝山陽平准教授をはじめとする研究室の皆様、菌株を分与くださいました産業技術総合研究所の新家一男先生にこの場を借りてお礼申し上げます。また、このような貴重な機会をくださいましたChem-Stationのスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前 : 川合 誠司 (かわい せいじ)
所属 : 東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室 博士課程1年
テーマ : 亜硝酸を用いて生合成される放線菌由来二次代謝産物の生合成研究
researchmap : https://researchmap.jp/151688abc
略歴
2016年3月 攻玉社高等学校 卒業
2016年4月 東京大学 教養学部 理科二類 入学
2020年3月 東京大学 農学部 応用生命科学課程 生命化学・工学専修 卒業
2020年4月 東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程 入学
2022年4月 東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程 進学
2022年4月~ 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)