第462回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(根本研究室)後期博士課程3年の橋本 佳典 さんにお願いしました。
橋本さんの所属されている根本研究室では、医薬品合成に有用な高効率分子変換法の開発など研究されています。今回ご紹介するのは、金属触媒とバイオ触媒を両方使用した、薬理効果を示す多くの天然物に含まれるアザビシクロ[3.3.1]ノナン環を有する多様な置換様式の縮環インドール骨格の触媒的な不斉合成法の開発に関する研究です。本成果は、ACS Catalysis 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Merging Chemo- and Biocatalysis to Facilitate the Syntheses of Complex Natural Products: Enantioselective Construction of an N-Bridged [3.3.1] Ring System in Indole Terpenoids”
Hashimoto, Y.; Harada, S.; Kato, R.; Ikeda, K.; Nonnhoff, J.; Gröger, H.; Nemoto, T. ACS Catalysis, 2022, 12, 14990–14998. DOI: 10.1021/acscatal.2c04076
研究を指導された根本 哲宏 教授と原田 慎吾 講師から、橋本さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
根本 哲宏 先生
「Haraldなら俺が4年生、M1の時にポスドクで同じ研究室にいたから知っているけど」と何となく呟いたことをきっかけに、原田先生を最初にドイツに派遣し、続いてM1だった橋本君を派遣することで、研究室として全く経験値のなかった酵素触媒の研究手法を千葉大に導入したことが本研究のきっかけです。それ以降、納得のいくところまで実験を頑張った結果として、ACS Catal.に発表できるところまでクオリティーを高めることができたのは、橋本君と原田先生の不断の努力の賜物です。二人を中心とした共同研究者の貢献に感謝します。私の貢献は、Haraldと学生の時に一緒にサッカーをやっていたことで20年経っても仲良かったことでしょうか。これまでの経験を糧に、来年度から橋本君が企業の研究所にて活躍することを期待します。
原田 慎吾 先生
橋本佳典くんは、卓越した忍耐力と継続力を持っている学生です。この紹介を書いている2022年12月現在、ドクターのD3であり、研究室内の後輩学生から研究面や就職活動に関して大変頼りにされております。本研究テーマにおいても、中間体として登場する不安定なセレニド化合物の取り扱いや、当研究室にノウハウのなかった酵素触媒反応の実施方法を確立し、研究展開から論文化まで多大な貢献をしてくれました。私の使命の一つとしては、これらの技術が失われないよう研究室内でしっかり受け継いでいくことだと思います。研究とは直接関係ありませんが深夜にバスケをしたことや小生がそれで足を骨折したこと、留学受入教授が主催したドイツでの学会に共に参加したことは良い思い出です。残り四ヶ月で社会へと旅立ちますが、産業界でも活躍することを期待しています。また本研究を支援してくださった日本学術振興会と様々な観点・立場から貢献してくださった共著者に方にも深く感謝申し上げます。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
金属触媒とバイオ触媒を駆使することで、多くの生物活性天然物に含まれるアザビシクロ[3.3.1]ノナン環を有する、縮環インドール骨格の触媒的な不斉合成法を開発することに成功しました。アザビシクロ[3.3.1]ノナン⾻格 (図1、⾚⾊部分)は、5-HT3受容体拮抗薬であるグラニセトロンをはじめとし、多くの薬理活性を⽰す医薬品や天然物に含まれる重要な分⼦構造です。また、この骨格にインドール環が縮環したインドールアルカロイドも、同様に様々な薬理活性を⽰すことから、創薬シーズとして注⽬を集めています。これらインドールアルカロイドはこれまで、特定の天然物の合成のみを⽬的とした「標的指向型合成法」 で作られることが一般的でした。しかし、図1にも示すように、インドール部位の置換様式は様々であることから、1つの合成法で天然物を網羅的に合成することは困難でした。
そこで我々は、重要骨格であるアザビシクロ[3.3.1]ノナン⾻格を先に構築し、合成経路終盤でインドール基を導入することで、インドールアルカロイド群の「多様性指向型合成法」の確立が可能だと考えました。研究の結果、我々が以前開発した新規カルベン反応を用いることで、対称構造を有するアザビシクロ[3.3.1]ノナン⾻格の効率的な構築が可能でした(図2)。その後、不斉を導入すべくバイオ触媒のスクリーニングを行いました。BTB試薬を用いたスクリーニングにより、色の変化(緑→黄緑)で反応の進行を視覚的に捉えることができ、短期間での網羅的な検討を実現しました。更に条件最適化を行い、97% eeという高い不斉収率で目的のキラルアミノアルコールの合成に成功しました。最後に、誘導体化を行うことで合成経路終盤でのインドール基の導入を可能にし、多様な置換様式の縮環インドール骨格の触媒的な不斉合成法の開発に成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
バイオ触媒を検討したところです。
研究当初、キラル有機触媒を用いて対称化合物の不斉非対称化に挑戦していましたが、なかなか不斉は発現せず行き詰まっていました。そんな時、酵素反応の権威であるビーレフェルト大学Harald Gröger研究室への留学の話が持ち上がっており、これは運命だと感じた私は、先生方と相談して留学を決意しました。私にとっては初めての海外経験であり、慣れない環境で未知の領域の研究をすることにとても恐怖していました。しかし、受け入れ先の学生の丁寧な実験指導や、Gröger教授とのディスカッションのおかげで、徐々に酵素反応についての知見を得ることができ、最終的には反応に適した酵素を見つけることが出来ました。この留学が無ければ本研究がまとまることはなかったのではと今でも思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
酵素反応における過剰反応の抑制が難しかったです。
帰国後も酵素反応の最適化を続けており、留学中に見つけた6種類の酵素の中で「最も安価で入手容易」だったC. rugosa由来のリパーゼを用いていました。しかし、目的の加水分解が進行する一方で、反応点が2ヶ所あるせいで過剰な加水分解が避けられないといった問題がありました。pHやバッファーの濃度など様々なファクターを変えましたが結果は変わらず、一見反応の制御は厳しいかに思われました。そこで私は、留学中に言われた「用いる有機溶媒によっては酵素が失活する」という言葉を思い出し、「有機溶媒によって酵素の高次構造を変化させれば、反応を制御できるのでは」という大胆な仮説を立てました。検討の結果、酢酸エチルを用いた際のみ過剰反応の抑制に成功しました。時には固定観念に囚われない柔軟な発想が大切なのだと痛感した貴重な経験でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今まで約6年間、基礎研究に携わってきましたが、来年からは企業に就職し「化学を通して人々の健康に貢献したい」と考えています。環境の変化に多少の不安はありますが、新たな技術との出会いに今からわくわくしています。社会人になっても、今まで培った考察力や発想力を大切にし、いつまでも探求心に満ちた研究者であり続けたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
皆さんの前にも高い壁があると思いますが、諦めず挑戦し続けて下さい。行き詰まった時こそ焦らず、柔軟な発想を心がければ、必ず突破口が見えてきます。
この6年間を振り返ると、反応開発や全合成など様々な実験に携わらせていただきました。どれもなかなか結果が出ず、辛かった思い出が沢山ありますが、今考えると先生の顔色を窺ったり学生間のいざこざを取り持つ方がよっぽど大変でした。笑
最後になりますが、本研究の遂行にあたりご指導・ご助言をいただいた根本哲宏先生、原田慎吾先生にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。また、本研究に関わっていただいた共著の皆さん、並びに本研究を取り上げてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:橋本 佳典(はしもと よしのり)
所属:千葉大学大学院医学薬学府先端創薬科学専攻 薬化学研究室(根本研究室) 後期博士課程3年
略歴:
2020年3月 千葉大学大学院医学薬学府創薬科学専攻 修了(根本哲宏 教授)
2020年4月 千葉大学大学院医学薬学府先端創薬科学専攻 後期博士課程 入学(根本哲宏 教授)
2020年4月 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
受賞歴:
2018年6月 Molecular Chirality Research Center (MCRC) Symposium Best Poster 賞
2020年3月 修士論文発表会優秀発表賞