新年1回目、そして第456回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系 上野研究室の田口宏大(たぐち こうだい)さんにお願いしました。
本プレスリリースの研究成果は、炭化水素の起源判別についてです。地球以外の天体に生命を探す試みは古くから行われていますが、最近の太陽系探査によると、土星の衛星であるエンケラドスや初期火星の堆積物からも炭化水素などの有機分子が検出されています。これらの地球外の有機分子が、生命の痕跡であるのか、無機的な化学過程で合成された有機分子なのかを判別する方法について、いくつかの方法が提案されてきました。一つの方法として安定同位体比があり、エタンやメタンのような分子の炭素の安定同位体比(13C/12C)を調べることで炭化水素が生物起源なのか、無機的につくられた非生物起源なのかを判別するものです。具体的に熱分解でできたエタンや微生物起源のメタンは、無機的に生成された炭化水素と比べて13C/12C比が低いとされていますが、実際に分析すると、生物起源の炭化水素と非生物起源のもので近い13C/12C比を持つ場合もあり、安定同位体を用いた環境分子の起源推定には限界がありました。
そこで本研究では、同位体分子計測という新しい分析法を開発し、炭化水素の起源判別ができるかを検証しました。この研究成果は、「Nature Communications」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Low 13C-13C abundances in abiotic ethane
Koudai Taguchi, Alexis Gilbert, Barbara Sherwood Lollar, Thomas Giunta, Christopher J. Boreham, Qi Liu, Juske Horita, Yuichiro Ueno
Nat Commun 13, 5790 (2022)
DOI: doi.org/10.1038/s41467-022-33538-9
研究室を主宰されている上野雄一郎 教授より、田口さんについてコメントを頂戴いたしました!
田口さんは学部4年生として私の研究室に所属して以来、着実に研
究を進めてきました。これまで有機分子の中に13Cが2つ含まれ る同位体分子種はどれくらいあるのか、その存在度( 二重置換度と言います)が何によって決まっているのか誰もわかり ませんでした。そもそも、 これを高精度に計測することは困難でしたが、田口さんは、 粘り強い研究の結果、私達が思いついた分析法のアイデアを実用化 することに初めて成功しました。 この方法で天然の試料を分析しはじめた当初、様々な生物がつくる 有機物は、その生物種に応じて異なる二重置換度を持つだろうと予 想しましたが、結果はどの生物も似たような値を持つことが明らか になりました。この意外な結果を逆手に取って、それなら生物由来 の有機物を判別する手法になるのではと考え、それを検証したのが 今回の成果です。想定外の状況にも臨機応変に対応して研究を進め ていける能力は素晴らしいと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
有機分子が生物につくられたのか、無機的につくられたのかを同位体分子計測で判別した研究です。
近年の太陽系探査で、土星の衛星のエンケラドスや火星の堆積物から炭化水素が検出されています。地球の場合、炭化水素は主に生物起源であり、堆積性有機物の熱分解で生成する場合と、メタン生成菌の代謝によりつくられる場合があります。一方で、一部の特殊な天然ガスは無機的に生成されると考えられており、非生物起源天然ガスと呼ばれています。これまで、天然ガスの起源を判別するために、炭素の安定同位体比(13C/12C)が用いられてきましたが、その判別法には限界がありました。
本研究では、新しい同位体分子計測法を開発し[1, 2]、炭化水素の起源を判別できるか検証しました。今回特に注目したエタン(C2H6)は、三つの同位体分子種(12C2H6、12C13CH6、13C2H6)からなり、この内13Cを2つ含む分子(13C2H6)がどれだけ存在するのか(13C-13C二重置換度)を分析しました。
その結果、C-C結合のつくられ方に起因して、13C-13C二重置換度が異なることを明らかにしました。生物の酵素反応でC-C結合をつくる場合は可逆的な反応となり13C-13C結合が多くつくられる一方で、CH4から無機的に炭化水素を合成する場合は13C-13C結合がつくられにくいことが分かりました。
この手法を応用すれば、天然ガスの起源をより確実に判別できます。さらに、地球外の天体でみつかる有機分子を分析することで、生命の痕跡があるかどうかを判別することが可能になると期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は、安価で簡便な新しい分析方法を確立することから始めました[1, 2]。従来は数億円規模の高額で大型な分析計が、13C-13C存在度の測定に必要だったからです(その装置を所有する研究室は世界でも数少ない)。今回のプレスリリースの内容は、その独自開発した分析法を応用した初めての研究です。それが総合学術雑誌に掲載され、異分野にも科学的貢献が期待できると認められたことは嬉しく思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
開発した独自の分析法はユニークである反面、参考できる先行研究は少ないです。研究テーマの困難は、仮説を実証するために多くのフィールド調査、室内実験、理論計算をこなす必要があったことです。これを乗り越えるため、研究を始める前に、多くの時間をかけてデータを十分に吟味することで、最小限の工程になるように努力しました。そんな大変さがある一方で、初めて実験で仮説を実証できた時の「世界でこれを知っているのは自分だけ!」という事実にドキドキ、そして、ワクワクしたのを覚えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
Creativityを追求する地球化学者を目指します。これは地球生命研究所の中村龍平先生のお言葉で、「『Creativity(創造的)』とは『無から有を生み出す』ではなく、『これまで全く関係がないと思われていた二つの考えや概念が、初めて密接に関連していることを示す行為』です」とあります[3]。これをもとに、博士課程は専門性の向上と科学全般から経済、哲学、政治まで幅広く知恵を入れる努力をします。今後も、科学することを続けていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございます。まずは、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導いただきました、上野雄一郎教授、Alexis Gilbert准教授にこの場を借りて感謝申し上げます。
DNAの二重螺旋構造を発見したジェームズ・ワトソンは、「脳科学の分野でも全く将来性のない部分がある。でも多くの人がそれをやっている。それで忙しくしていられるから。・・・本当の答えをみつけようとするのではなく、単にできるからという理由でやっている」と言っています[4]。日常的に研究を進めていく上で、迷った時は一度立ち止まり、この苦言を思い出します。読書の皆さんへのメッセージは、これはむしろ日頃の自分へのメッセージとしてですが、「十分に考え、やるべきことを整理した上で、限られた時間と労力を投資すべき」です。
参考資料
[1] Taguchi, K., Yamamoto, T., Nakagawa, M., Gilbert, A. & Ueno, Y. A fluorination method for measuring the 13C-13C isotopologue of C2 molecules. Rapid Commun. Mass Spectrom. 34, 1–10 (2020). [2] Taguchi, K., Gilbert, A. & Ueno, Y. Standardization for 13C-13C clumped isotope analysis by the fluorination method. Rapid Commun. Mass Spectrom. 35, 1–12 (2021). [3]「生命誕生の謎をめぐる冒険」東進タイムズ 2021年5月1日号 [4]ジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン、吉成真由美[インタビュー・編] (2012) 知の逆転、NHK出版新書研究者の略歴
名前:田口宏大(たぐち こうだい)
所属:東京工業大学 理学院 地球惑星科学系
専門:同位体地球科学
略歴:
2015/4 – 2019/9 東京工業大学理学院地球惑星科学系
2019/10 – 2021/3 東京工業大学理学院地球惑星科学系 修士課程
2021/4 – 現在 東京工業大学理学院地球惑星科学系 博士課程
2021/4 – 現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)