酸化マグネシウム、といえば、皆さんは何をまず思い浮かべるだろうか。
中学の理科で出てきた、マグネシウムの燃焼実験だろうか。それとも、グリニャール反応で金属マグネシウムを使う時に削り落とす、表面に出来てしまっている邪魔な皮膜部分だろうか。あるいは、石オタクの人であれば鉱物のペリクレースを連想するかもしれない。
しかし筆者が真っ先に思い浮かべる酸化マグネシウムといえば、そう、便秘薬である。なんと酸化マグネシウムは、便秘薬として汎用されているのだ。
便秘薬としての酸化マグネシウムと筆者との出会いは、今から二年近く前のこと。一週間ほど便秘が続いていたある日の夜、どんなに頑張ってもウンチが出ずに緊急事態に陥った筆者は、最終的に救急車で病院に搬送され(本当に申し訳ない)、そこで処置後に処方していただいたのが酸化マグネシウムの錠剤だったのである。
「え、酸化マグネシウム?…試薬じゃん(そんなことはありません)」
なぜ酸化マグネシウムが便秘薬として機能するのか。ものすごく気になったので調べてみたところ、どうやら浸透圧を利用して腸内で便をふやかすということらしい。
酸化マグネシウムの体内動態(吉田製薬株式会社総合製品情報概要より転載)
体内に取り込まれた酸化マグネシウムは、まず胃酸(HCl)との反応で塩化マグネシウム(MgCl2)になる。さらに膵液(NaHCO3)と反応し、重炭酸マグネシウム(Mg(HCO3)2)を経て最終的には炭酸マグネシウム(MgCO3)になる。これらの重炭酸マグネシウムや炭酸マグネシウムが腸内の浸透圧を高めて水分を引き寄せ、便中の水分量が増すことで便が軟化および膨張し、排便が促される。…というのが、どうやら作用機序のようである。(ただし、固体の重炭酸マグネシウムというのは存在しないはずなので、腸内の重炭酸マグネシウムというのは水溶液状態なのではないかと思われる。)
酸化マグネシウムは効き目が穏やかで耐性もつきにくく(いわゆる「クセになりにくい」ということらしい)、妊娠中の便秘にも対応可能であり、年間使用者数は4500万人(平成17年)と推定されている。
酸化マグネシウムの他にも、グリセリン(浣腸の主成分)やPEG(ポリエチレングリコール。慢性便秘症治療薬モビコールの主成分)といった生化学系の実験でよく見かける物質が便秘薬として汎用されていて興味をそそられる。居場所は実験室だと思っていたアイツを、よもやこんな場所で目にするとは…。
せっかくなので、グリセリンの作用機序も調べてみた。
作用機序
グリセリンは、直腸内への注入によって腸管壁の水分を吸収することに伴う刺激作用により腸管の蠕動を亢進させ、また、浸透作用により糞便を軟化、膨潤化させることにより糞便を排泄させると考えられている。
(KEGG MEDICUSより引用)
なおグリセリンは即効性が高く、使用後数分のうちにムズムズ感が沸き起こり、感動的ですらあった。
話が脱線してしまったが、いやはや、酸化マグネシウムにこんな使い方があったとはなんとも驚きである。しかし実は、古来より酸化マグネシウムは胃腸薬として活用されていたとのこと。胃の中で塩化マグネシウムが胃酸を中和する事で制酸剤としても機能するそうだ。ちなみに、酸化マグネシウムはドイツ人医師のシーボルトが1823年の来日時に持ち込んだ医薬品類のうちの1つでもあるとのこと。酸化マグネシウム200年の歴史に思いを馳せつつ、筆者の便秘症が改善することを願ってやまない。
関連リンク
・マグネシウム Magnesium-にがりの成分から軽量化合物材料まで(ケムステ記事)
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