第450回のスポットライトリサーチは、神戸大学大学院理学研究科化学専攻 津田研究室の岡田 稜海 (おかだ いつうみ)さんにお願いしました。
津田研究室は光反応を用いた有機合成を専門としており、特に研究室で開発した「光オン・デマンド有機合成法」を用いて、ポリカーボネートやポリウレタンなどのポリマー、イソシアネート、ウレア、アルデヒド、クロロギ酸エステルなどの医薬品中間体などの有用既知化合物、ならびに、全く新しい機能を持つ機能性化合物やポリマーなどの合成研究を行っています。本プレスリリースの研究成果も光オン・デマンド有機合成法を用いた成果です。医薬品中間体やポリマーの原料としてホスゲン (COCl2) は用いられていますが、極めて高い毒性を持つため、安全性の理由からホスゲンを使わない合成方法が求められています。そこで本研究では、クロロホルムの光酸化反応に適したフロー光反応システムを新たに設計し、ほぼ定量的なホスゲンへの変換反応 (96%以上) を成功させました。さらにアルコールや触媒を連続的に反応させることによって、クロロギ酸エステル、カーボネート、およびポリカーボネートを高収率で連続合成することに成功しました 。
この研究成果は、「Organic Process Research & Development」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。
Flow Photo-On-Demand Phosgenation Reactions with Chloroform
Yue Liu, Itsuumi Okada, and Akihiko Tsuda, Org. Process Res. Dev. 2022
研究室を主宰している津田 明彦 准教授より岡田さんについてコメントを頂戴いたしました!
岡田稜海君は、2020年度から当研究室に配属され、JST産学共同プロジェクトに関連する本研究課題に取り組み始めました。ちょうどコロナ禍が始まり、配属直後の約2ヶ月間の活動停止によって出鼻をくじかれてしまいましたが、持ち前の「動じないメンタル」で淡々とそれを乗り切り、筆頭著者の劉悦君と協力して、フロー光オン・デマンド有機合成システムの開発を成功に導いてくれました。岡田君が行う実験は、とても精度が高く、同じ実験を繰り返し行ってもほとんど誤差がありません。持ち前の論理的かつ計画的な実験によって、システムのあらゆる性能を正確に定量・比較して、様々な課題をあぶり出すことができました。それらのデータを基にして、反応条件を化学的および物理的に最適化し、このシステムを完成させることができました。岡田君は現在、それをさらに磨き込んで、より実用的でサスティナブルなフロー光反応システムの開発に取り組んでいます。今後の彼の活躍に是非ご注目下さい!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ポリマーや医薬品中間体など、様々な化学品がホスゲン(COCl2)を原料として生産されています。しかし、ホスゲンは極めて高い毒性を持ち、その使用には安全性のリスクが伴うため、それを代替できる新たな方法や化学物質の開発が社会から求められています。本研究では、クロロホルムを原料とする新たなフロー光オン・デマンド合成システムの開発に世界で初めて成功しました(図1)。このシステムに、気化させたクロロホルムと酸素の混合ガスを送り込み、紫外光を照射すると、ほぼ定量的にホスゲンへの変換反応が生じました。さらに同じ系内でアルコール(必要に応じて塩基触媒を添加)と連続的に反応させることによって、クロロギ酸エステル、カーボネート、およびポリカーボネートを高収率かつグラムスケールで連続合成することに成功しました (図2)。系内で反応を完結させることによって、系外でのホスゲン非検出も達成できました。用いる塩基触媒として、塩化水素と反応してイオン液体になるN-メチルイミダゾール(NMI)を用いたところ、溶媒を用いずにカーボネートを合成することができました。安全・安価・簡単に、かつ低環境負荷で、多種の化学品合成に利用でき、さらなるスケールアップが可能であり、アカデミアから化学産業まで幅広い分野での利用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ホスゲンが極めて高い毒性を持つ気体であるため、いかに安全なプロセスを構築するかを常に意識して、安全第一で今回の研究に取り組みました。特に、流路に組み込んだ個々のユニットの接続方法や材質については検討を重ねました。光分解ガスや基質などの漏洩を起こさないことは、実験の正確さを担保するために必須であり、加えて、光オン・デマンド合成法の最大のセールスポイントである安全性を主張するために、その追求が重要であると感じていました。私は、上級生の劉悦さんと協力して、このフローシステム開発の立ち上げから関わり続けてきました。組み上げたシステムに空気を流して漏れの有無を確認するような実験から始めて、光化学反応を実施し、システムの更新を繰り返し、段階的に難易度の高い実験に挑戦して、フロー光反応による連続合成という1つのゴールにたどり着けたことには、大きな喜びを覚えました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
クロロホルムと酸素のフロー光反応を行い、続いて同一系内で、その生成物とアルコールを用いて連続フロー有機合成を行う試みが、本研究で特に難易度の高い課題でした。それぞれを別々に行うのであれば問題にならないような固体生成物の析出による流路の詰まりや、反応に伴う気体の体積変化、流速の調節、基質や溶媒の比などを考慮して、多数のパラメーターを適切に調整する必要があるからです。所属する研究室も自分自身にも、フロー合成の知識や経験がまったくない状態からの取り組みでしたので、最初は右も左も分からないような状況でした。それでも、得られたデータも失敗も全て次に繋がるという思いで、ひたすら試行錯誤の繰り返しで、諦めずに実験を続けました。少しずつ良い結果が得られるようになり、それを積み重ねて、このシステムを完成させることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
新たな分野の知識や技術に触れ、学び続けていきたいです。学部と大学院での計3年間、私は、クロロホルムを原料とする光オン・デマンド合成法の社会実装に向けた研究に精力的に取り組んできました。大変興味深い内容であり、とても充実した研究活動でしたが、またそれとは異なった新分野を開拓したい気持ちにも駆られています。これまでの経験や知識を活かすためにも、新たな研究に挑戦して、より幅広い知見や技術を得ることに努めたいと考えています。過去の研究や実績に縛られることなく、常に広く門戸を開いて化学に向き合って行きたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
「無理せず頑張ること」がなによりだと思います。どれだけ根を詰めて研究しようが、期待するような成果はすぐには出ませんし、ミスやエラーは必ず生じます。そこで焦って余裕を無くすと、おおよそろくな事にはなりません。結果が出ない時こそ、いったん肩の力を抜いて、「まぁそんな上手くはいかないもんだ」と思えるくらいの気持ちでいることが大事だと思います。
最後に、本研究を遂行するにあたり、ご指導いただいた津田明彦先生、研究生活を支えてくださった研究室の皆様に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:岡田 稜海 (おかだ いつうみ)
所属:神戸大学大学院理学研究科化学専攻 津田研究室
学年:修士課程2年
テーマ:ハロカーボンを原料とするフロー光オン・デマンド有機合成法の開発
略歴:
2021年3月 神戸大学理学部化学科 卒業
2021年4月 神戸大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程入学