一体どれだけ実験すれば俺たちは報われる……?
新しい有機反応を開発する反応開発分野では、見つけた反応がどんな化合物でうまくいくのか調べて、その結果を下図のように表にまとめることが一般的です。
図1. 本記事著者が以前発表した反応の基質適用範囲1 反応開発の論文でこれを載せるのはマナー。ただし作るのはとっても大変です。
一般的にうまくいく基質が多いほど、その反応の有用性(一般性)が高いことの証明と捉えられます。しかし、近年はこの基質の数が重視されすぎる傾向があり、論文一方当たりの基質数が爆発的に増えています。
このことについて有機化学の論文誌(Organic Letters誌)のEditor-in-Chief: Marisa C. Kozlowskiは論説を発表しました2。気になった内容を一部要約すると以下のようになります。
・反応開発の論文における基質の数は増加傾向にあり、2009年平均17個であった基質数が2021年には平均40個になっている。
・Twitterのアンケートでは半数以上の研究者が10-20個の基質数で十分と考えていることが分かった。
・Me, Et, n-Prのようなほとんど新たな情報をもたらさない基質は意味を持たない。
図2. こういうテーブルはイマイチとのこと
・立体障害、官能基許容性など議論できる意味のある基質を検討するほうがベターである
図3. どうせ8個検討するならこんなテーブルのほうがベター
・うまくいかない基質の結果も重要である
Org. Lett.誌の方針としては、うまくいかないものを含めた10-20の様々な基質でよいとのことです。ただし、それは上述のようにMe, Et, n-Prのようなほとんど化学的に差がない基質は含まないようです。
本当に今後基質検討数は減るのか⁇
皆様は以上の議論についてどう思ったでしょうか? もっともな論説に思った方も多いかもしれません。私個人としても基質の数はもう少し少なくてもいい、と前から思っていました。
しかし一方で、この論説を真に受けて基質の数を減らすと、やはりリジェクトのリスクがあがるのでは? という不安がよぎらない反応開発の研究者はいないでしょう。そのくらい近年は数が重視されていたのです。また、トレンドを産み出すビックラボは、一般的にマンパワーの強みを生かす意味でも基質検討数を多くしがちです。なので、本当に今後基質を減らす流れになるかというと、少々疑問が残ります。
もし基質の数が減らないまま「質」が求められ続けると、今回のOrg. Lett.誌論説は、近年の反応開発における「一般性至上主義」をより加速させていかないか、少し心配になってしまいますね。
今後の反応開発の論文はどうなるべきでしょうか? そして実際にどうなっていくでしょうか? 今後の傾向から目が離せません。
そしてこの件に関して、皆様はどう思うでしょうか? ぜひコメントやケムステTwitter等で意見を聞かせてくださいね。
1 T. Morofuji, K. Inagawa, N. Kano, Sequential Ring-Opening and Ring-Closing Reactions for Converting para-Substituted Pyridines into meta-Substituted Anilines, Org. Lett. 2021, 23, 6126–6130.
2 M. C. Kozlowski, On the Topic of Substrate Scope, Org. Lett. 2022, 24, 7247–7249