第442回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 理学院化学系(西野研究室)に所属されていた原島 崇徳 さんにお願いしました。現在、原島さんは分子科学研究所にて特任研究員として活動されています。
原島さんは、昨年のスポットライトリサーチにもご登場いただいており、今回が2度目のご登場となります。
今回ご紹介するのは、1 nm以下の電極間の電気計測を利用した、タンパク質1分子の代表的な翻訳後修飾である「リン酸化」を検出する新手法を開発したという成果です。リン酸化はがんの増殖や薬剤感受性に深く関与していると知られており、今回の単分子検出法によって生命現象や疾病発症機構のさらなる解明につながることが期待されます。
Journal of the American Chemical Society 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されており、Supplementary Coverにも選出されています。
“Unique Electrical Signature of Phosphate for Specific Single-Molecule Detection of Peptide Phosphorylation”
Harashima, T.; Egami, Y.; Homma, K.; Jono, Y.; Kaneko, S.; Fujii, S.; Ono, T.; Nishino, T. Journal of the American Chemical Society, 2022, 144, 17449–17456. DOI: 10.1021/jacs.2c05787
研究室を主宰されている西野 智昭 准教授から、原島さんについて以下のコメントを頂いています。今回もたくさんのメッセージが詰まったインタビューを、ぜひ最後までお楽しみください!
原島君は、本研究においてリン酸による単分子接合の存在に初めて注目し、優れたリン酸化の検出法を確立しました。原島君のコメントにもあるように、当初私たちはリン酸を直接検出することは想定しておらず、リン酸化部位を含むペプチドの計測からリン酸化を検出しようと試みていました。ところが原島君があるとき、「高伝導度領域に何かシグナルがある。これはリン酸が直接電極へ架橋している構造に対応するのではないか」となかなか大胆な仮説を話しはじめました。私は、測定対象のペプチドは複雑な化学構造である上に、リン酸は金属とのリンカー基を持たないため、今のデータからは何とも言えないと突き返しました。すると原島君は、無機リン酸による対照実験、理論計算による吸着エネルギー計算、リン酸と金属の相互作用に関する文献など、主張を裏付けるデータを次々と提示してくるようになり、私が完全に納得した頃には既に論文レベルの十分な成果となっていました。私が見てきた学生の中でも特に原島君は、皆が気づかない現象にも目を向けるセンスと、データに基づき仮説を多角的に検証する貪欲さを兼ね備えている有望な研究者です。本年度からは分子科学研究所の特任研究員として、これまでの経験を活かしつつ新しいテーマにも挑戦しているようで、今後の活躍に期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、簡便な電流計測に基づきたんぱく質のリン酸化を特異的に検出する手法を新たに開発しました。たんぱく質のリン酸化はがんの増殖やアポトーシスのシグナル伝達に関わる重要な生体反応です。本研究では、たったひとつの分子が1 nm以下の微小な間隔で向かい合った電極対に架橋した構造である「単分子接合」の電気伝導度(電気抵抗値の逆数)を指標に、たんぱく質のリン酸化の単分子検出を行いました(図1)。測定の結果、リン酸基による単分子接合の伝導度は一般の有機分子に比べ100倍以上大きいことが明らかになりました。このリン酸の伝導度に基づき閾値を設定することにより、夾雑物の多い環境下でもリン酸化されたたんぱく質を特異的に検出することに成功しました。本測定法は電流計測に基づく簡便且つ小型化可能な系であるため、将来的には持ち運び可能な次世代の疾病診断機器としての発展も期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究の肝は「リン酸が高伝導な単分子接合を形成できる」という発見にあります。従来の単分子接合の研究は、測定対象の分子に電極への吸着力の強いリンカー基(SH基, NH2基など)をラベルすることが常識でした。同様に当初の私たちの研究も、まずリン酸化を受けるアミノ酸残基を挟むようにシステイン残基を配置しSH基を介した接合を作製、そしてリン酸化前後の電気伝導度の変化を期待するという計画で進めていました(図2)。しかし実験を行ってみると、予想していたシグナルに加えてリン酸化体のペプチドには注目していた伝導度の数百倍の高伝導度領域に特徴的なシグナルが得られました。この結果を受け、私たちは「リンカー基を持たなくてもリン酸基が直接電極に架橋できるのではないか」という大胆な仮説を立てました。この仮説に基づき、無機リン酸による対照実験や電気化学計測を行ったところ、リン酸による接合の存在を肯定する結果が次々と得られました。さらに、理論計算によってリン酸による接合は電子輸送のエネルギー障壁が極めて小さいことが判明し、リン酸による高伝導性も十分に検証することができました。これほど高伝導な接合を形成する分子は非常に稀であるため、リン酸の伝導度を閾値に設定することにより複雑な化学構造を持つたんぱく質においても誤検出のほとんどないリン酸化反応の検出が達成され、本研究が完成しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究の出発点である「リン酸による単分子接合が存在する」という仮説にたどり着くまでに、実は最も時間と苦労を要しました。先に述べた通り、研究当初はリン酸化されるアミノ酸残基を含むペプチドの電気伝導度に基づいてリン酸化の検出を試みていました。しかし残念なことに、リン酸化前後でペプチドの伝導度の違いは小さく、この方法ではリン酸化の検出精度は十分ではありませんでした。また理論計算から、リン酸化による伝導度変化が小さい理由は、リン酸基とアミノ酸骨格との電子的な相互作用が非常に小さいためであることがわかりました。これらの結果を素直にとらえると、当初の計画ではリン酸化の検出を行うことは難しいという結論になります。一方、私は諦めが悪かったので、ペプチドとリン酸基の相互作用が小さいという結果を踏まえて戦略を練り直しました。最終的に、もしリン酸が直接電極へ架橋した単分子接合が存在すれば、ペプチドの配列によらない汎用的なリン酸化検出が可能となるのではという一発逆転のアイデアに至りました。そこで無機リン酸を用いた対照実験を行ったところ、これまで注目していなかった高伝導領域に特徴的なシグナルが得られ、本研究の根幹を担うリン酸による単分子接合の存在を見出すことができました。
今になって振り返ると、期待通りでない結果が出てきても失敗と決めつけず、逆にその結果を活かすような建設的なアイデアを粘り強く提案していったことが本研究の成果へとつながったと考えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
本研究を通じて、ナノサイズのギャップ電極のような人工のナノ構造体と、たんぱく質のような生体分子とのハイブリッド構造にはまだまだ多くの可能性が秘められていると感じています。本研究の経験をもとに、将来は人工的なナノ構造体と生体分子を組み合わせた新たな分子機械の設計・開発を行いたいです。実際に現所属では、金属ナノ粒子にDNAなどの生体分子を修飾した構造体による分子モーターの開発に取り組んでいます。生体分子のような巨大な分子の動きを理解する上でも、分子・原子レベルの相互作用まで立ち返り反応機構を議論する化学の基本姿勢が今も役立っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究は往々にして思い通りには進まず、多くの予想外の結果に遭遇します。その時に「これは失敗だ」と匙を投げるのは簡単ですが、「なぜこのようなことが起こるのか」に目を向け解釈を諦めないことで思いもよらぬ発見にたどり着くことがあります。本研究のリン酸による高伝導な単分子接合の発見は、予想外の結果が次々と出る中、西野先生や共同研究者の先生方との議論を繰り返し粘り強く仮説をアップデートし続けたことでたどり着いた成果です。
特に学生の方々への激励としまして、研究は苦悩の連続と思いますが、一見失敗に見えるような予想外の結果にも目を向け、深堀りしてみる好奇心をぜひ大切にしてください。ごく稀にですが、思わぬ発見と研究の楽しさがそこにあると思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。
おわりに、本研究に携わってくださった共著の方々に厚く御礼申し上げます。またこのような貴重な機会をくださったケムステスタッフの皆様に深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:原島 崇徳 (はらしま たかのり)
所属:東京工業大学 理学院化学系 西野研究室(当時)
略歴:
2017年3月 東京工業大学 理学部化学科 卒業
2019年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士前期課程 修了
2022年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士後期課程 修了
2019年4月~2022年3月 日本学術振興会特別研究員 (DC1)
2022年4月~ 分子科学研究所 IMSフェロー