第437回のスポットライトリサーチは、現・大阪公立大学 大学院工学研究科(旧・大阪府立大学 大学院工学研究科)で研究室を運営する椎木 弘 教授の元で修士の学位を取得された田邉 壮さんと、現在も椎木研究室で博士前期課程学生として研究に励む板垣 賢広さんにお願いしました。
田邉さん・板垣さん達は今回、金・銀・銅のナノ粒子を含有する各種のナノ構造体を作製し、これらの構造体がそれぞれ白、赤、青の散乱光を示すことを利用して、食中毒の原因菌として知られる腸管出血性大腸菌(O26とO157の2種類)や黄色ブドウ球菌を迅速かつ同時に識別することに成功しました。本研究成果はAnalytical Chemistry 誌原著論文にて発表され、カバーピクチャーにも選出されました。(カバーピクチャーのデザイン・製作は椎木研究室に在籍する学部4年生の中嶋 亮裕さんが担当されたそうです!)
”Simultaneous Optical Detection of Multiple Bacterial Species Using Nanometer-Scaled Metal−Organic Hybrids”
So Tanabe, Satohiro Itagaki, Kyohei Matsui, Shigeki Nishii, Yojiro Yamamoto, Yasuhiro Sadanaga, Hiroshi Shiigi*
Analytical Chemistry, 2022, 94, 31, 10984–10990
また、本研究成果は大阪公立大学プレスリリースでも発表されています。
お二人の指導教員である椎木 弘 教授より、以下のコメントをいただいています。
本研究グループでは,光や熱,電気などの物理信号に着目した細胞の新しい計測法の開発を行っています。当時、修論生の田邉君と卒研生の板垣君が,ナノ構造体に固有の光学特性を利用して細菌細胞を識別するテーマを担当していました。コロナ禍で入構制限が実施されるなか,二人は個別に研究を進めました。金や銀のナノ構造体が白や赤の安定した散乱光を示すことを見出しましたが,3つめの作製がうまくいきませんでした。ナノ構造体を用いる別のテーマを担当していた修論生の松井響平君が銅を用いた新たなナノ構造体の開発に成功し,田邉君が顕微鏡観察したところ,青色の散乱光を示すことを見出しました。これら3つの異なるナノ構造体にそれぞれ抗体を導入することで異種細菌の識別を実現しました。田邉君の研究を進める力強い実行性と洞察力,板垣君の観察力と客観性,そして松井君の忍耐力と気配りが化学反応し,3人の情熱が触媒することによって,非常に限られた時間ですばらしい成果が得られたものと思います。また,メーカーに就職した田邉君と松井君の今後のご活躍に期待しております。進学予定の板垣君には今後の研究に期待しています。
それでは、田邉さんと板垣さんのインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?
田邉さん・板垣さん
食品や医療,環境など様々な分野で細菌検査が行われています。検査には,通常,培養法や標識法などが用いられていますが,それらの方法には,培養に時間がかかる,蛍光標識の寿命が短い,複数菌種の同時識別が困難であるなど,それぞれに問題がありました。
本研究では,高感度で視認性や環境安定性が高い標識の開発を目指し,無数の金属ナノ粒子がポリマー粒子に内包された粒径100 nm程度のナノ構造体の開発を行いました。この構造体に,標的細菌に対応する抗体を導入することで,構造体の光散乱に基づいた細菌の識別が可能となり,従来法では技術的に困難であった同一視野での複数菌種の同時識別に成功しました。本法によって,1時間程度での検査が実現できるため,新たな検査手法として期待しています。
Fig. 1 金属ナノ粒子を内包したナノ構造体の透過型電子顕微鏡像(左)と、構造の模式図(右)
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
田邉さん
様々な金属からなるナノ構造体を作製し,その光学特性を利用した標識について研究していました。構造体を構成する金属種に応じた散乱光を利用して複数菌種の同時識別を実現するため,金,銀,銅の各金属ナノ粒子を用いて,それぞれ白,赤,青の異なる色の散乱光を示すナノ構造体を開発しました。金,銀および銅ナノ構造体に大腸菌O26,O157,および黄色ブドウ球菌の抗体を導入した標識を作製しました。暗視野顕微鏡下において,これらの標識の特異結合性に基づいて,大腸菌O26は白,O157は赤,黄色ブドウ球菌は青色の散乱光として観察されました。構造体の光散乱スペクトルは金属種によって明確に異なるのですが,人によって色の感じ方が異なったり,顕微鏡の視野内では明確に違いが判別できなかったりしました。そこで,評価には装置を使った光学測定に加え,研究室の仲間にも顕微鏡を覗いてもらい,どの構造体の組み合わせが識別しやすいかなど意見をもらいました。最終的に,開発する色を白,赤,青に決定し,誰もが視覚的に識別しやすい標識として,金(白)、銀(赤)、銅(青)の構造体に辿り着きました。
Fig. 2 金、銀、銅のナノ粒子からなる各複合体の光散乱特性
板垣さん
一般に金属ナノ粒子の散乱光は,粒径や分散状態に依存し,顕微鏡下では様々な色に見えるので標識として使えませんでした。ましてや,標識として用いる場合,細胞表面への凝集が予測されます。そこで本研究では,数nmの金属ナノ粒子をポリマー粒子中に内包させることで分散状態に依らず散乱光が均一な構造体を開発しました。これらの色を評価するために散乱スペクトルを取得,解析しました。今回開発した,金,銀,銅の構造体はそれぞれ特徴的なスペクトルが得られました。さらに,構造体で標識した細菌細胞にも同じようなスペクトルが得られました。これらを詳細に解析し,最終的に構造体の分散状態や粒径によって,散乱光の色に顕微鏡観察レベルでは変化が見られないことを明らかにしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
田邉さん
構造体,標識の作製プロトコルの確立に苦労しました。構造体表面のアミノ基と抗体表面のアミノ基,またはカルボキシ基を架橋剤により縮合させることで標識を作製していますが,反応時間が長すぎると構造体同士が結合してしまったり,構造体に導入する抗体量の制御が上手くいかなかったりするなどの課題がありました。同級生の松井君と相談し,構造体のモデルを用いて表面に存在するアミノ基の数を予測し,最適な構造体と架橋剤,抗体の混合比を算出し,それに基づいて標識を作製しました。作製した標識を評価し,混合比を修正する。これらの実験を幾度も繰り返し,なんとかプロトコルを確立しました。まだ最適化の余地はあると思いますが。
板垣さん
本研究で難しかったところは,綺麗な顕微鏡像を得るための撮影条件を見つけることです。暗視野顕微鏡は,スライドガラス上の小さなゴミからも光散乱を生じる場合もありますし,露光時間が長くなると全てが白く強い散乱光として見えてしまい,細菌や粒子を判別することが困難になります。特に撮影の際には露光時間などを細かく変えながら,細菌の形や粒子の色が綺麗に映るように何度も観察しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
田邉さん
化学メーカーではない企業に勤務しておりますが,あらゆる場面で化学の知識を活かすことができています。学生時代に得た知識や実験手技を活かしながら,またそれに満足することなく今後も化学の目線で勉強し続けようと思います。
板垣さん
私は来春博士後期課程に進学予定です。実は学部のときに幾度かの留年を経験し,本当に勉強がしたいのか,化学が好きなのか分からなくなった時期がありました。しかし,自分の研究が論文になり,多くの人に注目して頂いたことで,誰かの役に立つことの大切さを実感しました。今は自分の研究にやりがいを持って打ち込んでいます。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
田邉さん
私は研究を行う上で,わからないことは恥ずかしがらずに訊くということを大切にしていました。特に実験結果の考察には行き詰ってしまうことが多々ありましたが,同期や後輩にも積極的に意見を貰いに行くことを心掛けました。複数人で話し合うことで新たな考えが生まれることもあり,討論の重要性を感じました。研究は様々な支えがあってこそ前進するものだと思います。
板垣さん
研究を始めた当初は,顕微鏡観察でゴミと細菌の違いもわからない感じでしたが,少しずつ観たいものが見えるようになりました。実験が少しずつ上手くなっていくにつれ研究が楽しいと感じるようになりました。楽しいと思える場面は人それぞれだと思いますが,少しでも何か楽しいと思えるものがあれば,それを大切にしていくことが重要だと思います。
研究者の略歴
名前:田邉 壮(たなべ そう)
略歴:大阪府立大学 大学院工学研究科 博士前期課程修了(2022年3月)
名前:板垣 賢広(いたがき さとひろ)
略歴:大阪府立大学 大学院工学研究科 博士前期課程2年
名前:松井 響平(まつい きょうへい)
略歴:大阪府立大学 大学院工学研究科 博士前期課程修了(2022年3月)
関連リンク
・大阪公立大学大学院工学研究科 表面計測化学研究グループ(椎木研究室)Website
・大阪公立大学プレスリリース:金属から出る光の色を用いて食中毒を引き起こす細菌を迅速かつ同時に識別することに成功!