グラム陰性菌に有効な抗生物質であるdarobactin Aの初の全合成が報告された。Larockインドール合成により2つのマクロ環を順に環化し、課題であったアトロプ選択性を発現させる合成戦略が本合成の鍵である。
Darobactin Aの合成
薬剤耐性菌は人類の脅威である。特にグラム陰性菌は薬剤の侵入を阻む細胞外膜をもつため、薬剤耐性を示す細菌が多い。そのため、広範なグラム陰性菌に対して有効な新規抗生物質の探索・開発が盛んに研究されている。2019年、LewisらはPhotorhabdus微生物群から新規抗生物質としてdarobactin A(1)を単離した[1]。1は広範なグラム陰性菌に選択的に作用し、グラム陽性菌には抗菌活性を示さない。1は外膜表面の膜タンパク質BamAに結合し、外膜タンパク質(OMP)の折りたたみを妨げることが明らかにされた(図1A)[2]。グラム陰性菌に対するこのような作用機序は前例がなく、1を有機合成により量的供給できれば薬剤耐性をもつグラム陰性菌に対する抗生物質の創薬研究を促進できる。1は、15員環および14員環の二環式ペプチド骨格を有し、その環上に2つのインドール部位をもつ。このインドール部位の高い平面性から、この2つのマクロ環は歪んでいる。さらに、この2つのインドール部位は回転障壁が高くアトロプ異性体が存在する。すなわち、1の全合成において、アトロプ選択性を制御しつつこれら2つの大員環をいかに構築するかが課題となる。
今回、イリノイ大学のSarlahとMerckの合同チームは1の初の全合成を報告した。著者らは4つのフラグメント2–5から1を構築する合成戦略を立てた(図1B)。これらのフラグメントをペプチドカップリングによって連結し、課題の大員環をLarockインドール合成法によって構築することで、16工程(最長直線工程)でアトロプ選択的に1の合成を完了した。なお、同時期にスクリプス研究所のBaranらも同様にLarockインドール合成を駆使して1の全合成を報告した[3]。
“Total Synthesis of Darobactin A”
Nesic, M.; Ryffel, D. B.; Maturano, J.; Shevlin, M.; Pollack, S. R.; Gauthier, D. R.; Trigo-Mouriño, P.; Zhang, L.-K.; Schultz, D. M.; McCabe Dunn, J. M.; Campeau, L.-C.; Patel, N. R.; Petrone, D. A.; Sarlah, D. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 14026–14030. DOI: 10.1021/jacs.2c05891
論文著者の紹介
研究者:Niki R. Patel
研究者の経歴:
2006–2010 B.S. in Chemistry, Temple University, USA
2010–2015 Ph.D. in Chemistry, Lehigh University, USA (Prof. Robert Flowers)
2015–2017 Postdoc, University of Pennsylvania, USA (Prof. Gary A. Molander)
2017– Senior scientist, Merck
研究内容:銀を用いた酸化反応の機構解明研究、生体触媒、天然物合成
研究者:David A. Petrone
研究者の経歴:
2006–2011 B.S. in Chemistry, University of Guelph, Canada
2011–2016 Ph.D. in Chemistry, University of Toronto, Canada (Prof. Mark Lautens)
2016–2019 Postdoc, ETH Zürich, Switzerland (Prof. Erick M. Carreira)
2019–2020 Postdoc, University of Toronto, Canada (Prof. Douglas W. Stephan)
2020– Senior scientist, Merck
研究内容:遷移金属触媒を用いた反応開発、天然物合成
研究者:David Sarlah (研究室HP)
研究者の経歴:
2002–2006 B.S. in Chemistry, University of Ljubljana, Slovenia
2006–2011 Ph.D. in Chemistry, Scripps Research Institute, USA (Prof. K. C. Nicolaou)
2011–2014 Postdoc, ETH Zürich, Switzerland (Prof. Erick M. Carreira)
2014–2021 Assistant Professor, University of Illinois, USA
2021– Associate Professor, University of Illinois, USA
研究内容:天然物合成、合成方法論の開発
論文の概要
著者らはまず、適切に保護されたアミノ酸同士のペプチドカップリング等を用いてフラグメント2、3、5を合成した(詳細は論文およびSI参照)。次にセリン誘導体6から4工程で7を得た。続いて、著者らは2つのマクロ環のアトロプ選択的な構築を目指した。Gloriusらが報告したRh触媒によるアセトアニリドのオルト位選択的ヨウ素化反応を7に適用することで、Cbz保護体8を合成した[4]。8のCbz基をBBr3で除去したのち、3とのペプチドカップリングにより環化前駆体9へと導いた。続いて、鍵反応である9のLarockインドール合成による環化反応を検討した。アトロプ選択的な大員環構築に加え、9が臭化アリールをもつためヨウ化アリール選択的な反応条件が求められる。検討の結果、比較的低温(40 °C)でLarockインドール合成条件に9を付したところ、化学選択的に反応が進行し10およびatrop-10が3:1の生成比で得られた。図2に示すようにアルキンがパラジウムに挿入するとき、より歪みの小さい立体配座をとって環化することでアトロプ選択性が発現したと考えられている(論文SI参照)。10から化学選択的な脱保護と5および2とのペプチドカップリングを経てヘプタペプチド11を得た。次に、2度目のLarockインドール合成により15員環を形成し、11を二環式ペプチド12へと導いた。最後に、12の保護基を除去することで1の全合成を達成した。
以上、Larockインドール合成を駆使してアトロプ選択的にdarobactin Aの全合成を達成した。さすがのグラム陰性菌も、本研究の鮮やかな合成戦略そしてdarobactin Aの見事な爆沈機構に驚きの目を隠せないdaro?
参考文献
- Imai, Y.; Meyer, K. J.; Iinishi, A.; Favre-Godal, Q.; Green, R.; Manuse, S.; Caboni, M.; Mori, M.; Niles, S.; Ghiglieri, M.; Honrao, C.; Ma, X.; Guo, J. J.; Makriyannis, A.; Linares-Otoya, L.; Böhringer, N.; Wuisan, Z. G.; Kaur, H.; Wu, R.; Mateus, A.; Typas, A.; Savitski, M. M.; Espinoza, J. L.; O’Rourke, A.; Nelson, K. E.; Hiller, S.; Noinaj, N.; Schäberle, T. F.; D’Onofrio, A.; Lewis, K. A New Antibiotic Selectively Kills Gram-Negative Pathogens. Nature 2019,576, 459–464. DOI: 1038/s41586-019-1791-1
- Kaur, H.; Jakob, R. P.; Marzinek, J. K.; Green, R.; Imai, Y.; Bolla, J. R.; Agustoni, E.; Robinson, C. V.; Bond, P. J.; Lewis, K.; Maier, T.; Hiller, S. The Antibiotic Darobactin Mimics a β-Strand to Inhibit Outer Membrane Insertase. Nature 2021, 593, 125–129. DOI: 1038/s41586-021-03455-w
- Lin, Y.-C.; Schneider, F.; Eberle, K. J.; Chiodi, D.; Nakamura, H.; Reisberg, S. H.; Chen, J.; Saito, M.; Baran, P. S. Atroposelective Total Synthesis of Darobactin A. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 14458–14462. DOI: 10.1021/jacs.2c05892
- Schröder, N.; Wencel-Delord, J.; Glorius, F. High-Yielding, Versatile, and Practical [Rh(III)Cp*]-Catalyzed Ortho Bromination and Iodination of Arenes. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 8298–8301. DOI: 1021/ja302631j