第 369回のスポットライトリサーチは、岡山大学薬学部薬学科6年生の 中尾 新 (なかお・しん) さんにお願いしました。
中尾さんの所属する生体物理化学研究室 (須藤雄気 教授) では「光をくすりにする !?」をキャッチコピーとした創薬研究をモットーに、光受容タンパク質・ロドプシンを駆使して、生物学・物理学・化学を融合した ① 探索、② 解析、③ 応用に関する研究を行われています。今回、中尾さんらのグループはロドプシンの一種である アーキロドプシン3 (AR3) の性質に着目し、光照射で選択的に細胞死を誘発する手法の確立に成功しました。その成果は高く評価され、JACS 誌への掲載とともに、岡山大学からプレスリリースされました。
国立大学法人岡山大学(本部:岡山市北区、学長:槇野博史)学術研究院医歯薬学域(薬)の須藤雄気教授、小島慧一助教、同薬学部の中尾新学部生の共同研究グループは、細胞をアルカリ化する光感受性タンパク質を用いることで、光で狙った細胞を選択的に死滅させる新技術の開発に成功しました。
(中略)
本研究で開発した「光細胞死滅法」をヒトのがんへと適用することで、周囲の正常な細胞には毒性を与えず、狙ったがん細胞のみを死滅させることが可能な「副作用のない光がん治療法」の開発につながると期待できます。この研究成果は、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」電子版(現地時間(米国東部標準時):2月17日9:00、日本時間:同日22:00)に掲載されました。
論文名: Phototriggered Apoptotic Cell Death (PTA) Using the Light-Driven Outward Proton Pump Rhodopsin Archaerhodopsin 3
掲載紙: Journal of the American Chemical Society
著 者: Shin Nakao, Keiichi Kojima, Yuki Sudo
DOI: 10.1021/jacs.1c12608
本研究を指揮された教授の須藤先生より、中尾さんの人となりと研究姿勢についてコメントを頂戴しております!
『秘密実験のススメ』
中尾くんは真面目で努力家であり、模範的な学生さんですが、あえて特筆したいことがあります。それは、良い意味で『指導教員(私)の言うことをきかないこと』です。
溶液の pH (H+濃度) は、生物活性に大きな影響を及ぼすパラメーターです。実際に、ヒト培養細胞をアルカリ溶液 (pH > 9) に懸濁すると、1 時間程度で細胞死がおこります。ここで、光依存的に細胞外から細胞内に H+ を輸送する RmXeR により細胞死が緩和され、逆向き (内→外) にH+ を輸送する AR3 で加速すると仮説をたて、それが中尾くんのテーマとなりました。彼の緻密な実験によりこの仮説は実証されました (論文図1)。一方で、私は、生理的中性 pH (≃7) での実験は意味が無い (細胞の恒常性維持能力が効果を打ち消してしまう)、と彼に伝えていましたが、彼はこっそり実験を行い、中性 pH でも AR3 による細胞死が惹起されることを証明しました (論文図2,3)。これにより本手法の適用範囲は大きく拡大し、がん治療をも見据える成果となりました (論文図4)。したり顔をした彼の姿が忘れられません。
須藤雄気
指導教員の助言を振り切っていわゆる闇実験をしたくなってしまうのは、科学的探究心と信念を持つ学生につきものですね。実習に国試にと何かと忙しく研究に没頭しにくい六年制薬学部の学部生が 1st author として JACS 誌に掲載されるのは非常に珍しく、中尾さんの研究に対する情熱の深さが見てとれます。
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください
今回の研究では、光で狙った細胞を選択的に死滅させる新技術の開発に成功しました。
細胞を死滅させる技術は、がんの治療に利用されています。これまで、細胞を死滅させる方法としては、主にくすり (薬剤) が用いられてきました。しかしながら多くのくすりは、目的のがん細胞だけでなく周囲の正常な細胞にも作用してしまい、投与によって毒性 (副作用) を引き起こしてしまうという課題がありました。
今回、私たちは、細胞内をアルカリ化する光感受性タンパク質 (外向きプロトンポンプ型ロドプシン・AR3) を発現させた細胞に光を照射することで細胞を死滅させることができることを見いだしました。さらに、この細胞の死滅がプログラム化された細胞死であるアポトーシスにより起きていることが明らかになりました。光は時空間分解能に優れた刺激であり、照射時間・照射範囲を緻密に制御することができます。そのため、本研究で開発した「光細胞死滅法」をヒトのがんへと適用することで、周囲の正常な細胞には毒性を与えず、狙ったがん細胞のみを死滅させることが可能な「副作用のない光がん治療法」の開発につながると期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください
研究を始めた当初、ヒト培養細胞をアルカリ溶液 (pH > 9) で培養すると細胞死が起きるという知見をもとに、生体内では起こりえないアルカリ環境中で細胞死の実験を行っていました。そこで、アルカリ溶液中で光依存的に細胞外から細胞内に H+ を輸送する Rubricoccus marinus xenorhodopsin (RmXeR) により細胞死が緩和され、逆向き (内→外) に H+ を輸送する AR3 により細胞死が加速されることを実証しました。その際に、須藤先生からは「科学的におもしろい」というコメントをいただいたことを覚えています。ただ、研究を始めて半年たたずの私には、生体内とは異なる条件で起きた細胞死のおもしろさが分かりませんでした。そこで、ダメもとでしたが、生理的中性 pH (≃ 7)で AR3 を用いた細胞死の誘導を試みました。結果的にその試みは成功し、がん治療をも見据える成果につながりました。あの時ばかりは少しうれしかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究を通じて難しかったことは、細胞死とオプトジェネティクスを組み合わせた実験手法を考えることです。オプトジェネティクスは、光感受性タンパク質 (e.g. AR3、RmXeR) を任意の細胞に発現させ、光を用いて細胞や個体応答を操作する技術のことで、多くは神経活動の光操作を指向しています。そのため、オプトジェネティクスを用いた細胞死の誘導やそのアッセイの前例がなく、当初は手探りで実験手法を選択していました。さらに、本細胞死滅法の利点である光を当てた部分のみにしか細胞死が起こらないという特徴が、アッセイ法の選択肢を狭めていました。そこで、先生方からの助言を頂きながら既存のアッセイ法を網羅的に調べることで、本研究に適した試薬・手法を1つ1つ選択することができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は6年制薬学部に在籍しており、医療現場での実習をすでに終え、今春に薬剤師免許を取得する予定です(仮)。実習中に、薬物治療の副作用に苦しむがん患者さんを目の当たりにし、より副作用の少ない医療を実現したいと思うようになりました。今回の研究はまだまだ基礎研究の段階ですが、この光細胞死滅法を発展させ、医療現場に届けられるように今後も研究に取り組んでいきたいと思います。そして、医療人としての視点を忘れずに研究を続けていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします
今回の研究の成果は、私が研究というものをあまり知らなかったからこその結果であり、偶然の力によるところが大きいと思います。ただ、今回の経験から、自分の中にある興味・おもしろさに従って研究に取り組む姿勢を今後も大切にしたいと思いました。
最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった、Chem-Station スタッフの方々に感謝申し上げます。そして、本研究をまとめるにあたり、ご指導とご助言を頂いた 須藤 雄気 教授、小島 慧一 助教に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。
【研究者の略歴】
名前:中尾新
所属:岡山大学・薬学部薬学科6年・生体物理化学研究室
経歴:2022年3月 岡山大学薬学部薬学科 卒業予定
2022年4月 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 入学予定
研究テーマ:光で狙ったがん細胞のアポトーシスを誘導する新技術の開発
実務経験を基にした薬学的視点からの基礎研究は、まさしく薬学部の醍醐味と言えますね。光を用いた副作用の少ないがん治療の臨床応用は未だ難しいですが、ぜひ新しい道を切り拓いていただきたいと思います!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!