第424回のスポットライトリサーチは、京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 バイオベースマテリアル学専攻 生物資源システム工学研究室の辻 爽太郎(つじ そうたろう)さんにお願いしました。
辻さんが所属する田中研究室では、水と光とバイオマスによる地球にやさしい合成化学というスローガンのもと、糖鎖高分子の水中かつワンポットで簡便に合成する手法の開発や機能性高分子の水中合成、光を使った重合による機能性高分子および機能材料の合成、天然の原料を用いた骨再生材料などのバイオマテリアルの開発などを行っております。本プレスリリースの成果は活性エステルを有する高分子の水中合成についてです。活性エステルは通常のエステルよりも反応性に富んでおり、アミノ基や水酸基を持つ化合物と反応させることで機能性高分子の合成やタンパク質の修飾などに利用されています。しかしながら、これまでに使用されている活性エステルは疎水性で水に不溶なため、水中での化学反応に利用することは困難でした。一方、硫酸基を導入すると水に可溶な活性エステルとなりますが、非常に不安定なため水中で分解しやすく、水中合成への利用は容易ではありませんでした。そこで本研究では、新しい水溶性活性エステル担持モノマーを設計・開発し、水中での半減期が先行研究よりも大幅に長い安定な分子の開発に成功しました。
この研究成果は、「Macromolecular Chemistry and Physics」誌およびプレスリリースに公開されています。
Sotaro Tsuji, Kazuma Kobayashi, Toshiki Fujii, Hiroaki Imoto, Kensuke Naka, Yuji Aso, Hitomi Ohara, Tomonari Tanaka
Volume 223, Issue 14
研究室を主宰されている田中 知成 准教授より辻さんについてコメントを頂戴いたしました!
辻君は富山高等専門学校の専攻科修了後、博士前期課程から当グループに加わってくれました。入学初日の専攻オリエンテーションでの自己紹介でいきなり、「○○するまで頑張ります!」と言い(○○の部分は、ここに書くのは控えておいた方が良いと思われるくらいのことで、本当にそうなったらマズイです。機会がありましたら私あるいは辻君本人に聞いてください。)、発言通り本当に毎日遅くまで実験していて、研究に対する情熱に満ち溢れています。入学翌日には「何を実験すればいいですか?」と言って、今すぐに実験をしたいという気持ちが非常に強く伝わってきたことを覚えています。今回の水溶性活性エステルを使った研究は辻君が入学した時に始めました。始めた当初は、合成した化合物を精製するためにシリカゲルカラムクロマトグラフィーを行うと不安定なために壊れてなくなってしまいましたが、諦めずに粘り強く精製方法を検討してくれました。今回の研究成果は、辻君の常日頃の実験の賜物だと思っています。辻君は現在、学位取得に向けてラストスパート中です。これからも化学への熱い情熱を忘れず、大きく羽ばたくことを楽しみにしています!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
高い反応性を有するものの水中において不安定で分解しやすい水溶性活性エステルを使った高分子原料を、従来に比べて 50 倍安定化することに成功しました。
脱炭素社会の構築に向けて、化学反応や材料合成の分野では、水中合成技術の開発による有機溶媒の使用量削減や環境負荷の低減が進められています。活性エステルは通常のエステルよりも反応性に富んだ化合物としてさまざまな反応に利用されており、アミノ基や水酸基を持つ化合物と温和な条件で反応し、機能性高分子の合成やタンパク質の修飾が行えます(図a)。
本研究では、水溶性活性エステルのひとつであるテトラフルオロベンゼンスルホン酸エステルを使って、高分子の原料となる新しい水溶性活性エステル担持モノマーを開発しました。今回新たに開発したモノマーは、メチレン基が 5 個つながった鎖(図 b中の赤で表示した部分)を分子内に導入することで水中での半減期が 50 時間となり、従来(図b 1)に比べて非常に安定な分子となり、機能性高分子などの水中合成に利用できるようになりました。また、反応に使用する有機溶媒を大幅に削減できるため、環境負荷の低減や化石資源の使用量削減による脱炭素に貢献できると期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
モノマーの分子設計には思い入れがあります。加水分解を受けにくい活性エステルを担持したモノマーを合成するために、様々なモノマーの構造を検討しました。その中で、本研究で最も安定であることが分かった炭素数5のメチレン鎖をもつ構造(図b 2)の発見は偶然の出来事でした。水溶性活性エステル担持モノマーの分子設計において打つ手がなくなった私は、活性エステル基とビニル基の間にリンカーとなる構造を導入しようと考えました(図b)。目的とするモノマーは親水性であるのにもかかわらず、疎水性のメチレン鎖のリンカーを選んだのは、わざわざ原料の合成をするのが面倒だと横着し、試薬メーカーで販売されていたものを購入し、合成に利用したためです。その結果良い構造に巡り合え、とてもラッキーでした!
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究で最も苦労したところは、水中で安定な水溶性活性エステル担持モノマーの合成です。研究を開始した当初は、加水分解してしまうモノマーをどのようにして分解しないようにするのか、まったく手探りの状態でした。初めはアミンのような求核剤に対するエステルの反応性は、カルボニル基の電子的な性質によって変わると考え、エステルの構造をいろいろ変えてみることにしました。しかし安定な分子が得られず、いきなり手詰まりとなったことを覚えています。結局、研究室の同期や先生と相談し生まれた前述のリンカー構造を導入するアイデアと偶然が重なり、水中で安定なモノマーを得ることができました。それまでは研究を一人で進めがちでしたが、研究を進める上での他者との協調の大切さを痛感しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
社会で役に立つものや概念を生み出したいという目標があります。現在やっている研究は、実社会とは少し離れていますが、将来的には好奇心や探求心を忘れず、より実践的な研究を手掛けたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んで頂きありがとうございました。本研究は他の紹介記事にあるような華やかな成果ではないと思っていたので、寄稿のお話を戴いたときは大変嬉しく思いました。実際、国際学会でポスター発表をした際、2時間の発表時間で誰一人としてスペースに訪れないことがありました。他者に認められたくて研究をしているわけではありませんが、何故研究しているのか分からなくなるなど、博士後期課程での研究生活は沢山悩みました笑。
そのようなことで、悩んでいる人は私だけかもしれませんが、好奇心に任せて研究することが何よりも大切だと思いました!
最後に、研究を遂行する上でご指導して頂いた田中先生、これまで支えてくれた両親、そしてこのような素晴らしい研究紹介の場を与えて頂いたChem-Stationのスタッフの方々に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:辻 爽太郎(つじ そうたろう)
所属:京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 バイオベースマテリアル学専攻 生物資源システム工学研究室 博士後期課程3年
研究テーマ:機能性高分子合成
略歴:
2018年3月 富山高等専門学校 専攻科 修了(福田知博 准教授)
2020年3月 京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 博士前期課程 修了(田中知成 准教授)
2020年4月— 京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 博士後期課程 在学中(田中知成 准教授)
関連リンク
- 不安定な高分子原料を従来に比べて 50 倍安定化することに成功!~水中での化学反応・材料合成に利用可能、有機溶媒の大幅削減による脱炭素に貢献~ :京都工芸繊維大学プレスリリース
- Polymers with Pendant Water-Soluble Tetrafluorobenzene Sulfonic Acid Activated Esters: Synthesis, Stability, and Use for Glycopolymers in Water:原著論文