第432回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院総合文化研究科・寺尾研究室 助教 正井宏先生にお願いしました。
寺尾研究室は
Molecular Architectonics(分子建築学)は,有機分子をまるで家屋の柱や壁,屋根にみたて建造物のように組み上げる技術を創出する学問で有り,当研究室学生はMolecular Architect(分子建築士)として,Molecular design(分子設計)とMolecular synthesis(分子合成)に参画し,nmスケールの機能性分子をどの位置に,どのように繋ぎ合わせるかを緻密に設計し,世界最小の有機建造物・電子素子を自在に創成することを目指します。(寺尾研ホームページより)
を研究理念に、優れた合成技術で、光化学、材料化学(高分子・超分子)方面でユニークな分子たちを報告している研究室です。合成技術だけでなく、応用方面にもアンテナを張り巡らせてるのが伺えます。
本研究では、光と酸、二種類の刺激、協奏的に切断可能な高分子材料の開発が行われています。
一瞬、「あれ?それって分解がめんどくさくなるだけじゃない?」と思ってしまいますが、実用面から考えると、それが非常に有用であることがわかります。論文を読んで、なるほど!と唸りました。問題設定が本当に見事です。
この研究、東京大学よりプレスリリースされました。
それでは、正井宏先生にインタビューをしていきます!
【Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。】
光と酸を用いて、協働的に分解する高分子材料を開発した研究です。光で切断可能な高分子材料は、材料分解や光微細加工技術に応用されています。しかし、このような光応答材料は環境中の光に対しても徐々に反応することから、身の回りで材料を使うことは困難でした。特に、発光材料をはじめとする光学機能材料のように、積極的に光が照射される材料に光分解・光加工技術を組み合わせることは、本質的に不可能と考えられます。
そこで本研究では、塩化水素の存在下で光分解する新しい架橋剤を開発することで、光に安定な材料であるにもかかわらず、酸を用いた光分解を達成しました(図1)。また、酸を用いた光微細加工を行いつつ、加工後に酸を除くことで、光加工材料が発光材料として利用できることを示しました。
【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。】
この研究の起点になったのは、酸の存在下で光分解する白金アセチリド錯体です。この錯体が協働的な分解反応を示すことは、別の研究を行っているときに偶然に見つかりました。クロロホルム中における365 nm励起の発光特性を観察する際、当時の学生さんがUVランプの操作を誤って254 nmを一瞬照射してしまい、改めて365 nmを照射すると、(254 nm照射で生成した微量の酸(?)と、365 nmの光で生じる分解反応によって)みるみる発光特性が変化した、というのが始まりでした。とはいえ、最初は何が起きているかはおろか、何に使えるのかもわからない時期が続きました。その後、高分子材料の架橋剤として使うという着想に至り、今の研究がスタートしました。研究が始まってからも、高分子材料の扱いや測定法の改良など、常に課題を抱えていたのですが、担当学生のラッセルさんが1つ1つ問題を解決し、完成に至りました。この研究の中で確立された材料の合成手順や測定方法における工夫は、今では研究室の高分子研究におけるGeneral Procedureになっています。
【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】
この研究対象は機能性材料なのですが、最も難しかった課題は、協働的な反応で生じた生成物の特定でした。研究の中で、メチル化シクロデキストリンによるロタキサン構造を使うことが、「キレのいい」反応につながることが判明したのですが、それによって生成物の特定は極めて困難になりました。メチル化シクロデキストリン誘導体は、極性・サイズといった分子の性質がシクロデキストリンに支配されるだけでなく、各種NMRのピークが山脈のように出てくるため、わずかな官能基の変化が観測しにくい化合物でした。そこで、未知の生成物をまず力業で単離し、二次元を含む各種NMRを駆使して、生成物を推定しました。最終的には、その化合物を別のルートで合成してNMRを比較することで、クロロアルキンが主生成物であることを決定しました。この材料の実験を担当したラッセルさん、石野さん、金子さんの、技術と知識と根気が一体となった結果で、誰一人欠けていても達成できなかった壁を越えた瞬間でした。
【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】
原子や分子は、それ自体が物性や反応性を支配する一方で、そのような分子を少量添加するだけでも、分子的な振る舞いが材料や素材のようなマクロな性質にまで大きく影響することが多々あります。分子的な性質を幅広い物質スケールに相関させられる点を、合成化学としての魅力に感じており、その階層的な関係を設計できるような研究を進めていきたいです。
【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。】
今回の研究は想定していなかった実験結果から生まれたものでした。手違いではありつつも一瞬の変化を見逃さなかった学生さんの慧眼と、その変化を単なるミスとして埋葬せずに、報告・考察してくれた心意気の賜物でした。研究において、日々の積み重ねはもちろん重要ですが、その一方で新しい発見は意外と身近にあって、しかしながら些細なことで見落としてしまうような危ういものだということを、改めて実感しました。これを読んでくださった研究現場でご活躍の皆様も、是非新しい発見を掴んでください。
最後に、今回の研究に関してご議論・ご指導頂いた寺尾先生並びにスタッフの皆様、研究室の学生諸氏に感謝申し上げます。
【研究者の略歴】
正井 宏
東京大学大学院総合文化研究科・寺尾研究室 助教
2013年4月 〜 2016年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2016年3月 京都大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 博士後期課程 修了(辻研究室)
2016年4月 〜 2017年5月 東京大学大学院新領域創成科学研究科 日本学術振興会特別研究員(PD)(伊藤・横山研究室)
2017年6月 〜 2019年3月 東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員(寺尾研究室)
2019年4月 〜 現職
2021年10月 〜 JSTさきがけ研究員