第427回のスポットライトリサーチは、神戸大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 無機物質創成化学研究グループ(水畑研究室)の鈴木 良将(すずき よしまさ)さんにお願いしました。
水畑研究室では、界面電気化学をベースに電気化学デバイスにおける様々な特異的現象の解明を進めており、電池材料、金属腐食、セラミックスを用いた光電気化学材料等、多様な界面を用いたエネルギー変換材料の創成に取り組んでいます。本プレスリリースはリチウムイオン電池の電解質に関連した研究成果です。研究の背景として、リチウムイオン電池で使われている電解液には、リチウム塩に加えて高粘度溶媒、低粘性溶媒が混合して使われています。一方、高出力な電池を実現するには電流を大きく取り出せる電極材料や隔膜 (セパレーター) が必要であり、そのために微細な粒子からなる表面積が大きな材料を高密度に充填する必要があります。電解質はこのような高密度ですきまの小さな空間に入り込み、スムーズにイオンを受け渡ししなければなりません。そこで本研究では、このような環境で溶媒が固体とどのような相互作用を持ちイオンの移動にどのような影響を及ぼすかを調査し、ナノ空間に存在する溶媒が不均化をおこすこと、特にエーテル鎖を有するグライム系分子が固体表面に凝集し、粘性を著しく増大させることを見い出しました。
この研究成果は、「Journal of Physical Chemistry C」誌およびプレスリリースに公開されています。
トップ画像は、過塩素酸リチウム(LiClO4)が環状分子である炭酸プロピレン(PC)とエーテル鎖を有するグライム分子(1,2-ジメチルエーテル,DME)からなる混合溶媒中に溶解した電解液が、ずり粘性測定装置の図の下部にある石英カンチレバー表面上に存在するときに溶媒分子が相分離している様子を示しています。上部にはこの測定法の原理であるFECO分光測定による光干渉縞が生じている様子を示しており、この分光測定により電解質の相分離が見いだしたことを示しています。
Yoshimasa Suzuki, Nobuaki Kunikata, Motohiro Kasuya, Hideshi Maki, Masaki Matsui, Kazue Kurihara, and Minoru Mizuhata
J. Phys. Chem. C 2022, 126, 28, 11810–11821
DOI: doi.org/10.1021/acs.jpcc.2c02980
研究室を主宰されている水畑 穣 教授より鈴木さんについてコメントを頂戴いたしました!
固液界面における電解液の挙動は、様々な分野で研究されていますが、非水溶媒を用いた電解液については種類も用途もバラエティに富み、何を選択し、どのような視点(切り口)で研究に取り組むべきかはその研究する立場によって変わってきます。今回取り組んだ固液界面における二元系溶媒の物性の研究は私が助手であった1997年に始めて取り組んだものですが、その時に読んだ故松田好晴先生のPC-DME系LiClO4溶液の電気伝導率の研究に遡ります。当然リチウムイオン電池の電解液を念頭においた研究でしたが、ご存知のようにこの電解液は現在は使用されていません。ただ、Scientificな視点から見ると、2つの溶媒の構造や特徴が全く異なっていながらその特徴のトレードオフにより、良好な物性を得るというコンセプトが素晴らしく、その研究へのリスペクトからこの系にこだわってきました。
固液界面における電解液の物性は電気化学でも界面化学でも興味深い研究対象ですが、その両方の視点から結果を得ることはこれまで培われてきた多くの物性研究の結果を矛盾なく説明することが求められます。これを独力で行うことは難しいことですが、鈴木君はそれぞれのエキスパートである共同研究者の指導の下、粘り強く取り組み、長年の課題であった固液界面における非水系電解液のイオン伝導に関する疑問を解決してくれたと思っています。
鈴木君はこの研究の他にも非水系濃厚電解液のゼータ電位測定というこれまで必要とされながら取り組まれてこなかった測定法を開発し、企業との共同研究の下、特許出願に至る成果を得てきました。今後も産業に貢献する学術的な研究を進めてもらえればと願っています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ナノ空間に存在する二元系非水溶媒において溶媒が不均化をおこすこと、特にエーテル鎖を有するグライム系分子が固体表面に凝集し、粘性を著しく増大させることを見出しました。
今回用いた溶媒はリチウム電解質を良く溶かす分極性の強い炭酸プロピレン (PC) とエーテル結合を有する低粘性な1、2ジメトシキエタン (DME) との組み合わせによる混合溶媒であり、本来高い電気伝導性を示すことが古くから知られていました。この組み合わせは現在のリチウムイオン電池で用いられる電解液が様々な混合溶媒からなり、その混合のコンセプトの基本になるものです。一方で、電池材料内における電解液は高密度に充填された電極活物質やセパレーター材料の中にしみこんでいることが知られています。このような環境下においては固体の表面物性の影響を強く受けることが知られており、我々は以前にこの混合された溶媒からなる溶液を金属酸化物粉体と共存させると PCにDMEを添加しても電気伝導率は増加せず、低粘性溶媒の働きが失われてしまうことを確認しました。そこでLiClO4 PC-DME溶液をシリカナノ粒子と共存させ、その原因を明らかにしようと考えました。
本研究の成果は、本来粘性を低下させるエーテル分子が固体表面に凝集することで溶媒の不均化が生じ、かえって粘性を増加させることを明らかにしたというものです。このことは、固体表面における通常のイオン伝導が抑制されることを示唆しており、従来組成を制御すればよいとされてきた二元系溶媒の働きが固体近傍で大きく変化するという興味深い結果が得られました。さらに、比較的高濃度の電解液を用いることによって、不均化現象を抑制することができることも実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
エーテル系分子が固体表面に凝集し粘性を増加した結果、イオン伝導を阻害する事を明らかにしたのですが、本来の用途から考えると、この不均化は好ましくないものであり、何とかして不均化を抑制する方法はないかと思案しました。その時思いついたのは「濃い溶液を使えばいけるのではないか!」とひらめきました。というのも、固体―溶媒分子間の相互作用が問題であれば、イオンー溶媒分子間の相互作用を強くすればよいのではないかと考えたからです。すると、これが見事当たりました(笑)エーテル系分子がLi+に安定した溶媒和を形成する事がラマン分光測定から確認され、固液界面での不均化も抑制することに成功しました。このことは、エーテル系分子の固相表面への濃縮とイオンへの溶媒和が競争的な現象であることを示しており、電解液設計において重要な知見になると考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
固液界面での溶液構造という実際に目視で確認できない構造を明らかにするには何か1つだけの測定をするだけで解るわけではありません。この研究では、電気伝導率の測定はもちろんですが、イオンの動的挙動を知るためにNMR測定やずり粘性測定を用いました。また、相分離下における溶媒―イオン間相互作用を知るためにはラマン分光が必要でした。しかもこれらの測定が示す結果がお互いに矛盾しないことを説明することに苦労しました。一つ一つの測定結果からでは、断定できない構造モデルですが、様々な分野の先行研究で用いられている界面の構造を検討する際に用いられている測定法について理解し、複数の測定法を組み合わせて考察を行うことで、十分に信頼できる考察になったと考えています。研究室内では、実験によって、界面の構造を見ることが出来る「第三の目」が開眼したと笑い話になっています。(苦笑)また、東北大学の栗原研究室により開発された表面ずり粘性測定法を用いることで、重要な知見が得られると考え、共同研究のご提案をさせて頂き、東北大学に1か月程度滞在させていただき、実験を行うなど自ら積極的に行動していった結果がこの発見につながったと考えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は、これまで界面電気化学をベースに電気化学デバイス中の固液界面における様々な特異的な現象に関する研究を行ってきました。幸い、この成果を含む幾つかの研究成果を博士論文をまとめることができ、この10月でメーカーへの採用の内定をいただきました。企業でもいままでの研究生活を通じて身に着けた「第三の目」・・・ではなく、分析手法と経験を活かし、電気化学に限らず、幅広い分野での界面での特異的な現象に関する研究を続けていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
この研究テーマは、学部4回生で研究室に入研した際に、指導教員である水畑穣教授から与えられたテーマで、博士課程前期課程まで取り組んできました。先生からの熱心な指導や、自然科学という巨大すぎる相手に、何回か心が折れかけたこと等ありましたが、負けん気で食いついてきました。そうすることで、自身で考察し、研究計画を立て、実行し、発表するという研究に対する能力を身に着け、心から研究が楽しいと思えるようになりました。このような思い入れの強い研究をChem-Station様に取り上げていただく機会を得られましたこと心より感謝申し上げます。
最後に、いつも熱心に指導して頂いている水畑教授に厚く御礼を申し上げます。また、共著者である國方伸亮さん(現・富山工業技術研究センター)、牧秀志先生(神戸大学工学研究科准教授)、松井雅樹先生(北海道大学理学研究院教授)に改めて感謝申し上げます。そして、共振ずり粘性測定装置の使用を快諾して頂き、指導してくださった栗原和枝先生(東北大学多元物質科学研究所教授)、粕谷素洋先生(公立小松大学生産システム科学部准教授)に厚く御礼を申し上げます。
研究者の略歴
名前: 鈴木 良将 (すずき よしまさ)
所属:
神戸大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 無機物質創成化学研究グループ 博士後期課程3年 (次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST)研究員)
研究テーマ: 「固液界面での二成分溶媒の不均化構造」 「ゼータ電位と固液界面でのイオン伝導との相関」
略歴:
2018年3月 神戸大学工学部応用化学科 卒業
2018年4月-2019年9月 神戸大学大学院 工学研究科応用化学専攻 博士課程前期課程
2019年10月- 神戸大学大学院 工学研究科応用化学専攻 博士課程後期課程
関連リンク
- エーテル分子はすみっこがお好き?-電場・磁場・光でナノ空間における二元系溶媒の不均一化を知る-:神戸大学プレスリリース
- Disproportionation Phenomenon at the Silica Interface of Propylene Carbonate–1,2-Dimethoxyethane Binary Solvent Containing Lithium Perchlorate:原著論文
Are they comfortable lying on the interface? DME, a typical ether in mixed solvents, prefers the interface and won’t move. Solvated ions, Resonance shear, NMR and Raman spectra all help this discovery. @DeptChemical #batteryelectrolyte #quantitativenmrhttps://t.co/JS5ArcmO2M
— The Journal of Physical Chemistry (@JPhysChem) July 26, 2022