シリーズ累計10万PV突破!!超ケムステマニアには好感触でしたが,一般受けがめちゃくちゃ悪いいくつかのシリーズ圧倒的不人気回がある影響で筆者の予定より遅れました(笑)。また最近,Googleでケムステと打ち込むと予測検索で「ケムステ ポンコツ」が一番上にくるようになったそうで(知人談),ケムステをポンコツで汚染してくださる読者の皆様に感謝いたします。引き続き,他スタッフに止められるまで徒然なるままにやりたい放題しつつ,時にはためになるようなエッセイを執筆したいと思います。
ポンコツシリーズ
海外編:1話・2話・3話・4話・5話・6話・7話・8話・9話・10話・11話
ポンコツ化学者,サンプル量を考える
昨今の化学研究でサンプル量をたくさんキープできるかは,日々の教育以上に資金力と実験に対する余裕さ(時間やメンタル等)が大きく依存するようになったと筆者は考えている。こちらに来て確信したが,日本の研究教育指導レベルは何処でもハイレベルだ。しかし,筆者がB3でラボに入った10年以上前より増税や輸入品の高騰等によって殆どの基本試薬が高価になった影響と,研究費がどんどん削減されている日本の地方ラボでは学生のサンプル確保量が自然と減っているのではないだろうか。ラボに入りたての頃,サンプル整理で歴代の先輩が馬鹿みたいな量の合成中間体を確保していたことに驚き,噂に聞く一斗缶反応をやってみたいという憧れを持った記憶がある(18Lポリタンク反応を経験した今はもういい)。
上の世代の方は「もっと作ってこいよ!俺なんて〜」と思うこともあるだろうが,昔に比べて買える試薬は増えたが総じて高価になったので学生が試薬を沢山買うことを怯み,お願いしにくくなっている側面があるはずだ。その一方で,学生はラボ運営に対して変な気を使い過ぎず,ボスに怯まずお願いすることをしてほしいと思う。
多くの研究指導者は,いつどんな時代だろうと化合物を作り上げてくるためには,失敗を経験という成功への糧にして成長する学生と共に,ミスをリカバーできる十分な試薬量が必要なことを知っている。一流のアカデミア研究者は自分の研究観(マイウェイ)を押し通すために世間から金を稼ぐことも一流にならなければいけないので,おそらく学生からのその程度のプレッシャーであれば心地よく覚える変態ばかりだ(知らんけど)。したがって,学生は自分で研究費を稼ぐチャンスが来るまで「実験するから金をくれ」ぐらいの図々しい気持ちで伸び伸び実験してほしいと思う。筆者もそこそこ図々しいが,正しい図々しさを体現出来なかった。
ポンコツ博士,温故知新に気づく
こちらの学生やポスドクはサンプルの扱いや実験自体がぶっちゃけかなり雑だが(雑な筆者に言われるので凄い),それらを考慮して一応ボッスに伺いを立てた後,躊躇なく半端ない量の試薬を発注して十分な実験サンプル量と結果を確保していた。また,筆者の発注アカウントがまだない時,学生が「必要なんだろ?うちのボスは金があるから,おかわりもいいぞ!」と必要以上の試薬を発注してくれた。最近,今まで一度もしたことがないミス(試薬間違い)を犯してしまったのだが,日本なら切腹させられているところ,必要分以上を発注してくれていたお陰で即フォローできて助かった。
そういえば筆者が所属した日本のラボでも,先生が年度末300万くらい余りそうだから必要な消耗品を今のうちに好きなだけ買って使い切ってくれと先輩院生らに頼むと翌月残高が-100万以上になっており,年度末どころかラボが終了しかけたコントのような逸話を聞いたことがある。しかし,その世代の実験サンプル量や研究成果は安定しており,図々しさが良い結果を生み出す一因になったのであろう。赤字分を稼がないといけないボッスからしたらたまったものでなさそうだが,やんちゃながら成果を出してくれた世代の方が,記録だけでなく記憶にも残るため,大変勉強になった。
ポンコツ博士,指導と研究スタイルを考える
一方,筆者も含めて日本の研究者は,日本の古き良きクオリティを維持するため,資金面に関しては試薬や機器の高騰に対応し,”国だけに依存しない研究費を確保する新たな手法の確立“を真剣に考える時代がやってきているのかもしれない。アメリカのPIは,得られた基礎研究の成果から企業コラボやベンチャーを起業して金を稼ぐのがめちゃくちゃ上手く,金銭面ではラボ運営に加えて本人も余裕がある勝ち組のように見えるのだ。
その雰囲気が影響するのか,学生も心の余裕を有し,研究にもプライベートにもポジティブな,良い意味で野心的な学生が多く存在する。成果に追い込まれる学生ではなく,成果を追い込める学生が生まれやすいアメリカのシステムは日本のシステムよりこの点においては圧倒的に優位だと実感した。もちろんアメリカ全ての大学や研究所がそうだとは限らないし,筆者はいつ何時も成果に追い込まれる側である。
また,アメリカのシステムではオーバードクター生が普通にいるが,その多くが”自分が思うキリの良い所までやっていい結果を携え,良いポジションや高待遇の企業を捕まえる”という前向きな気持ちでオーバーしている。もちろんさっさと卒業したがっているが,”卒業まで給料が支給されて引き続き最低限の生活が保証される“から前向きなオーバーが可能なのだろう(やらかしたり,メンタルを病んで動かない院生は即クビにされるので日本よりシビアであることも事実だが)。
ポンコツ博士,昨今の大学院を憂う
研究生活を見てどこかキラリと光る所のある学生が「研究を自分の中でキリのいい所までやってみたいが,そのまま博士まで行ったら最高でレクサスRX450h程度の奨学金10年ローンしないと生活できない→早くお金を得てやりたかったことするために就職先決めないと…→研究活動よりも就活に注力しないと…→内定決まったから関連するか分からない研究を続けることに意味はあるのか?」と,現実目線に切り替えていく姿を見届けて嘆く話を聞いたことがある。
自己投資で学費を払いながら困難をやり遂げる研究で大きな夢を見るよりも,お金を貰って小さな夢を着実に叶える方が現実的で,本人が日本のD進などアウトオブ眼中になる気持ちはよく分かる。世の中結局お金よね…と少し悲しくなるが,研究職の人も研究者になるということはあくまでも自分を豊かにする手段の1つであり(知的好奇心を満たしたい,研究で一発当てたい,高給だから,化合物が好きなど),研究者になる行為が目的ではない。そして多くの人は,研究という狂気の世界へ心臓を捧げるために日常生活の安定を求めている。
研究職に分類されるポスドクの筆者からしても,研究を続けることが時代の流れにそぐわない「武士は食わねど高楊枝」状態になるのであれば,日本から武士が絶滅して商人が増えたように,潜在的な研究職(博士)志望者が現実的な職種に横移動するのは当たり前だと思う。実際筆者も,薬剤師になった時貰える年収が未経験のくせにポスドク時より60~120万ほど上がって驚き,生活苦を続けることが少々馬鹿らしくなった。
ポンコツ博士,エグゼクティブな生活に憧れる
一方,アメリカは国や州の法令によって大学院生が学振の特別研究員(以下DC)以上の給与,ポスドクは博士としての最低賃金で働く。給与の一部持ち込みを要求するラボは多いが,金銭面で一般人と平均以上の給与によって最低限の生活を保障されることから,自分が開拓する研究に矜持と野心を持ち続けることができる。また,高インパクトな論文や結果を出せば高待遇な求人やテニュアPIに応募できるため,院生・ポスドク達の”仕事をやり遂げる”という思いは強い。実際,隣のポスドクは基本年俸130Kドル(+ボーナス別)で契約してラボを脱出した(カリフォルニアの平均年収は100Kで中央値は65K程度)。アメリカのポスドクも高度技術職の中では給与はかなり安く下積み期間であるが,華々しい次のステップがはっきり見えるのだ。正直羨ましい…。
ただ,下積みといえども筆者のお給与は研究所で定められた最低賃金だが薬剤師の時の給与よりも円換算すると1.5倍以上も高く(1ドル=120円換算),博士課程から学費と生活費のために借りた奨学金を返済しながらでも散財しなければ最大月1000ドルの貯金が可能だ(返済額:半免済で約400万/10年)。物価は高いといえど不動産価格と外食費が異常なだけであり,ルームシェア+自炊すれば食料品はそこまで高くないので独身(or単身赴任)なら問題なく貯蓄生活ができる。したがって,筆者のこちらの生活は日本の中央区勤務・港区住まいをルームシェアでワイワイ楽しんでいる出稼ぎ港区研究員という感覚である。
日本のポスドク時代,奨学金を返済しながら院生時代と同様の生活をすることすらキツくなり,10年以上住んだ家賃5万円の部屋から2万5千円の部屋に引っ越した結果,隣の住民が動かない洗濯機を動かすために毎晩蹴りを入れる音と怒号に近隣住居者が反応し,筆者の部屋の前で毎日喧嘩して騒がしかった時がある。また,共○党が主導する公園での炊き出し案内が毎月ポストに入っており,筆者の知らない世界を垣間見れて結構楽しかったが,メンタルが振り切れた筆者だから笑って過ごせるもので,他の博士達にこの生活を送ってほしくない(多分壊れる)。
ポンコツアラサー,新・慶安の御触書(for院生)を立案する
筆者のボンビーエピソードは割愛するが,日本もいち早く欧米と同様に修士課程から生きていくには困らない給与(大卒公務員の給与を参考に額面300万)を出して大学院とは働きながら専門分野(学問)を極めることができる自己研鑽業という認識を学生にも社会にも持たせた方が良いのではないだろうか?現在の日本のシステムでは先生が学生を共同研究者として見ていても,学生は無償で院生活(最低2年)を過ごす丁稚奉公というイメージが強く,一方的な責任共有の感じがする。成人年齢が早まったのだから成人になって6年も経つ院生に,大学運営への協力と労働の意識をさせるために給与を与えて国民の義務である教育・労働・納税の責任を大学院で経験するシステムにする必要があるのではないか。日本で美談に挙げられる二宮金次郎も働きながら勉強していたのだから,院からは研究を仕事として捉える機会もあって良いと思う。
大して居ない博士進学者支援をちまちまするより,毎年約7万人も入学する修士課程の段階から10-30%程度を支援することを考えよう(大学無償化は論外だし,院生全員カバーも他の支援があるので不必要)。申請要項は条件を満たす各研究室(基盤,若手,萌芽,民間助成金獲得中など)で成果実現に向けた実験助手として最低2年間を採用しよう(集中を避けるためラボ内は最大4名/博士2名までなど)。また,TA, RAという大学教育のお手伝いによる追加給与, 博士課程からはDCの獲得によって26歳の公務員給与を参考に総額400万(300+100追加)の給与と研究費,肩書きを更に追加できるシステムにしよう(Co○壱トッピング型給与と名付ける)。
地方で博士課程進学が激減しているということは,学士や修士課程からハードワークしてくれる子が減っているということだ。したがって,地方のラボ自体はお金より人手不足の方が深刻だろう(お金がなくて大学自体が瀕死というのをよく聞くが,規模が大きすぎて筆者のちっぽけな頭では革新的なアイデアが浮かばないし,筆者的には金より人だ)。トータル1-3万人程度をきっちり研究遂行のために全国へ分散するシステムにすれば,日本の論文総数も回復してくるのではないだろうか。選択と集中は大切だが,今はやりすぎな気がする。当たった院生は,格差が広がる現代において研究活動という”好きなことを極めようとするだけで社会貢献と給与を得られる経験”をしたという麻薬からきっと逃れられなくなるだろう。
社会の価値観が変わりゆく中,日本の大学院システムは生かさず殺さずでなく,生かさず殺すシステムに変わりつつあり,慶安の御触書よりもひどく見える。院生クラスが研究せずにバイトや就活に勤しむ姿は農業しない農民に近く,正直滑稽だがそれも生活苦や将来不安からくる故だ。給与が貰えたら働いている社会人や一見勝ち組に見えるYoutuberから,”学生気分”や”お金にならないのになんで研究するの?”などと言われた際に,隣の芝生が青く見えることも減るはずだ。
ポンコツ就活未経験者,就活を語る
就活に関しては一斉の就活戦争ではなく成果を残してから虎視眈々と良い所に就職を狙うアメリカの方式に少し近づくと考えられる。最近,不本意就職という採用してくれた企業に大変失礼なワードが生まれたみたいだが,就活を失敗した気持ちが生まれるなら,実績を残してじっくり就職先を吟味し,第二新卒として就活を目指すか,研究が面白くなりそうだからそのままDに突き進むか選べるシステムにすればよい。給与があればおそらく「結果出して就活した方が自分は有利なタイプだな。来年勝負しよう。それで無理なら仕方ない」と考える学生もいるはずだ。
また,企業がこの実績を獲得して就活するM3(研究助手)生と青田刈りのM2生,どちらを真に欲するか見てみたい。企業は院卒から大学のネームバリューだけに因われず,ラボでしっかり叩き上げられて結果を出してきた隠れた人材も本当は欲しがっているのではないだろうか。
その他,世間的な話をすると昔に比べてお見合い婚が減って生涯未婚率が上がることで出生率が下がっているため,筆者は学生結婚を増やさないと出生率は上がらないと考えている。在学時からお給料が貰えたら,学生結婚も前向きに視野に入るだろうし,卒業後にすぐにお金が溜まるスタートを切れれば,子供も早い段階で産みやすくなるのではないだろうか(特に博士課程)。
ポンコツアラサー研究者,倒れる
これらの問題に対する1番の課題は「財源」であるが,これに関しては金銭面で辛い経験をした歴代の院卒者らとこれから対峙する学生が研究費獲得のようにアイデアを考えてステルス戦闘機約10台分(7000人x300万x5年=1050億)の予算を税金から毎年もぎ取ってこなければならない(好き勝手書いているが凄い額だ…)。アメリカのように超お金持ちな卒業生が毎年ステルス戦闘機500台以上の莫大な寄付金を提供してくれることは日本で厳しいので,結局国庫からもぎ取るしかない(日本で超リッチな印象の前○社長ですら毎年この個人寄付はちょっと無理)。
筆者は個人的に面白いんじゃないかと思うアイデアを適当にいくつか考えてみたが,酒の場の冗談で流石に書けないので,何処かで筆者の研究紹介と共にしょうもない雑談を誰かさせてくれないだろうか(笑)。アラサーになると,たまには自分の研究生活を通じてポンコツなりに社会的なことを考える国士系研究者になる時があるんですよ,たまには,とアピールしておきたい。
本質の研究のことを考えず,現実的ではない無茶な思考をデジタルタトゥーのように長文で垂れ流している筆者は,そんなこと考えてるから…といわれんばかりにヤツにかかって倒れていたのであった。
〜〜続く〜〜
関連リンク・余談
前記事および本記事は暇を持て余した筆者が勝手に考えたことであり,ケムステの思想等とは全く関係ないことをご理解ください。
いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元。