[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

「フント則を破る」励起一重項と三重項のエネルギーが逆転した発光材料

[スポンサーリンク]

第421回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 中山研究室の相澤 直矢(あいざわ なおや)助教にお願いしました。

今回ご紹介いただける成果は、理化学研究所の創発物性科学研究センター (CEMS) 創発超分子材料研究チーム (夫研究室)情報変換ソフトマター研究ユニット(宮島研究室)北海道大学大学院理学研究院化学部門 前田研究室による成果です。
有機光材料の常識であった“最低一重項励起状態(S1)のエネルギーは最低三重光励起状態(T1)のエネルギーよりも大きい”すなわちΔEST=E(S1)-E(T1)が正であるという常識を打ち破った革新的な報告です(ΔESTは一般的に”デルタ イー エス ティー”と読まれます)。光化学・計算科学・有機化学・デバイス科学の融合的なアプローチで、負のΔESTを持つ分子を合成・実証しています。分子が関わる光化学全体に衝撃を与えたこの成果は、Nature本誌に原著論文として公開され、もちろんプレスリリースもされています。

“Delayed fluorescence from inverted singlet and triplet excited states”
Naoya Aizawa, Yong-Jin Pu, Yu Harabuchi, Atsuko Nihonyanagi, Ryotaro Ibuka, Hiroyuki Inuzuka, Barun Dhara, Yuki Koyama, Ken-ichi Nakayama, Satoshi Maeda, Fumito Araoka & Daigo Miyajima, Nature 2022, 609, 502–506. DOI: 10.1038/s41586-022-05132-y

論文中では、タイトルとなっているこの新現象を、頭文字をとってDFISTと呼ぶことを提案しています。理論的に提唱されていたものが本当に現実のものになったということで、これからこのDFISTが光化学の新分野として発展していくことを期待しています。

相澤先生にスポットライトリサーチに寄稿いただくのは二度目です(参考:コンピューターが有機EL材料の逆項間交差の速度定数を予言!)。前回も計算化学による素晴らしい分子探索の成果でしたが、今回はなんと見つけた分子が教科書を書き換えるという大仕事! 背景にあったドラマを、インタビューを通じて感じていただければと思います。それでは、相澤先生のインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

1925年にドイツの物理学者フリードリヒ・フントは「同一の電子配置において、最大のスピン多重度を持つ状態が最低エネルギーを持つ」という経験則を提案しました。このフント則は、多電子原子や分子の基底状態および励起状態において広く成り立ちます。例えば、これまでに合成された数多くの有機分子の三重項励起状態のエネルギーは一重項励起状態より低く、両状態間のエネルギー差(ΔEST)は正であることが知られています。
本研究では、三重項励起状態より一重項励起状態のエネルギーが低い、すなわち負のΔESTを持つ有機EL発光材料を開発しました。負のΔESTに由来して、本材料の三重項励起状態は速やかに一重項励起状態、そして光子に変換されます。
驚くべきことに、負のΔESTの可能性は1980年代から議論されていました。しかし、実験的証拠がないまま現在に至っていました。詳しい先行研究や負のΔESTの起源については是非論文をご参照ください。

Q2. 本研究テーマについて、思い入れがあるところを教えてください。

本材料の発光特性を初めて評価したときは思わず声が出るほど感動しました。遅延蛍光寿命が217 nsと短いうえに、温度を下げると通常とは逆に短くなったのです。2020年8月のことですが、半信半疑だった負のΔESTの仮説が確信に変わった瞬間でした。その2年後にやっと皆様に共有することができて嬉しく思います。

(a) 負のΔESTを持つHzTFEX2の分子構造と(b) 過渡PL減衰の温度依存性
一重項励起状態が三重項励起状態よりも低エネルギーであるため、低温において一重項励起状態の占有密度(ポピュレーション)が増大し、遅延蛍光寿命が短くなる。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

前例がなかった負のΔESTをどう実証するかが難しかったです。そのために、量子化学計算、分光測定、デバイス評価の多角的な検証を行いました。その中でも、波動関数理論の励起状態計算や過渡吸収分光等は、本研究のために新たに導入したので、使いこなせるようになるまで時間が掛かりました。ただ、色々と思考を巡らせながらの証拠集めは、苦労したというより、楽しかったと記憶しています。一方で、論文の査読は非常に厳しかったです…(詳細はPeer Reviewer Fileとして公開されています)。
共同研究者の先生方をはじめとする多くの方々のご尽力により、本研究をやりきることができました。この場を借りて感謝申し上げます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

昨年から大阪大学工学研究科応用化学専攻の教育活動に携わっています。学生さんが、こちらの想定をはるかに超えるどんなすごい発見をしてくれるか今から楽しみです。そのためにも、だれもが安心して研究に取り組める環境づくりに力を入れたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

H. Rechenberg “Friedrich Hund” Physics Today 50, 126 (1997)によると、フント (1896–1997)は、第一・第二次世界大戦をドイツで経験しながら、101歳まで生き、250報以上の論文を発表しました。皆様の長寿と繁栄を!

関連リンク

  1. 原著論文 Delayed fluorescence from inverted singlet and triplet excited states
  2. プレスリリース 励起一重項と三重項のエネルギー逆転を実現-フントの規則を破る新しい有機EL材料として期待-
  3. C&EN記事 This organic molecule shines bright by breaking the rules

研究者の略歴

Profile:

名前:相澤 直矢(あいざわ なおや)
所属:大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻
専門:有機エレクトロニクス
略歴:
2015年 山形大学理工学研究科 博士後期課程 修了 博士(工学)
2015年–2018年 九州大学稲盛フロンティア研究センター 特任助教
2017年–2021年 科学技術振興機構さきがけ研究員
2019年–2021年 理化学研究所創発物性科学研究センター 研究員/基礎科学特別研究員
2021年10月より現職

spectol21

投稿者の記事一覧

ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

関連記事

  1. 生体医用イメージングを志向した第二近赤外光(NIR-II)色素:…
  2. \脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケ…
  3. 元素記号に例えるなら何タイプ? 高校生向け「起業家タイプ診断」
  4. 決め手はケイ素!身体の中を透視する「分子の千里眼」登場
  5. 自在に分解できるプラスチック:ポリフタルアルデヒド
  6. 5配位ケイ素間の結合
  7. 「関東化学」ってどんな会社?
  8. 先端事例から深掘りする、マテリアルズ・インフォマティクスと計算科…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 論説フォーラム「研究の潮目が変わったSDGsは化学が主役にーさあ、始めよう!」
  2. Nature Chemistry誌のインパクトファクターが公開!
  3. ファンケル、「ツイントース」がイソフラボンの生理活性を高める働きなどと発表
  4. ブドウ糖で聴くウォークマン? バイオ電池をソニーが開発
  5. 土釜 恭直 Kyoji Tsuchikama
  6. リチウムイオン電池のはなし~1~
  7. 【金はなぜ金色なの?】 相対論効果 Relativistic Effects
  8. ボンビコール /bombykol
  9. 有機EL素子の開発と照明への応用
  10. 君はホンモノの潤滑油を知っているか?:自己PRで潤滑油であることをアピールする前に中身や仕組みを知っておこう

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年9月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP