第420回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域 有機化学研究室(伊丹研究室)の藤木 秀成(ふじき しゅうせい)さんにお願いしました。
伊丹研究室は、カーボンナノリング、カーボンナノグラフェンなど、様々な構造を有する芳香族中分子〜高分子の合成を多数報告しています。
今回開発されたのは、そのものでは凝集してしまう芳香族ポリマーを可溶化し、タンパク質や固相担体(シリカゲル)などへの修飾を可能にする技術です。
この研究成果は、「Nature Communications」誌およびプレスリリースに公開されています。
プレスリリース:『主鎖むき出し』の芳香族ポリマーの合成に成功 ~長年の難溶性問題を解決~
Shusei Fujiki, Kazuma Amaike, Akiko Yagi,* and Kenichiro Itami*
原著論文:“Synthesis, properties, and material hybridization of bare aromatic polymers enabled by dendrimer support”
Nature Communications 2022, ASAP, DOI: 10.1038/s41467-022-33100-7
※本記事のアイキャッチ画像は名古屋大学ITbM 高橋一誠博士によって作成されたもので、通常難溶性である芳香族ポリマーをデンドリマー担体に結合すると、デンドリマー担体による近接・凝集抑制効果により可溶化する様子を描かれています。
本研究を指揮された八木先生と伊丹先生から、藤木さんについてコメントを頂戴いたしました!
八木亜樹子 先生より
「溶媒に溶けない芳香族分子を自在に扱えたらおもしろいのでは?」という疑問を学生時代から持っており、助教になった際に藤木くんのテーマとして「難溶性芳香族分子の合成法の開発」を設定しました。最初のアイデアはなかなかうまくいかず、藤木くんがM1とD1の際に私が2度産育休で研究室から離れるなどもあり、藤木くんにはとても苦労させてしまいました。途中、コロナ禍にも突入し大変な時期もありましたが、めげずに研究を続け見事に結実させてくれました。藤木くんの頑張りに加えて天池さんに細胞実験を行ってもらえたことも非常に大きく、感謝しています。本論文の強力なスパイスとなるデータをとっていただいたとともに、藤木分子を飛躍的に展開させる鍵を見出してもらいました。現在、関連研究がいくつも走っています。さらに面白い展開を見せようとチームで頑張っています。
藤木くんはラボの誰よりも実験し(おそらく今年度の実験数は研究室でトップ)、率先してイベントを企画し研究室を盛り上げてくれています。とても個性的なのでよくイジられており(ほめてます)、誰からも愛されるリーダーです。藤木くんが研究者として特に凄いのは、常に考え、自分なりの解をもちつつ周囲のアドバイスを柔軟に取り入れながら研究を進められるところです。「わかりません」「うまくいきません」ではなく「僕はこうだと思うのですがどう思いますか?」「今のところうまくいってないのですが、こうしたらうまくいく気がします」など、自分なりの結論をもった上でディスカッションに来る姿勢にいつも密かに感動しています。テーマ愛とも言える研究へのこだわりと推進力はずば抜けており、卒業後も大いに活躍してくれることは間違いありません。
本論文は、そんな藤木くんの不断の努力と卓越した突破力の結晶です。アカデミックキャリアの初期というメモリアルな時期に素晴らしい学生さんと一緒に研究できた幸運に、感謝しかありません。私の一生の自慢です。
伊丹健一郎 先生より
2017年4月、今回の研究の主役である藤木君が4年生として研究室に配属されてきました。ちょうど八木さんが助教としてアカデミックキャリアをスタートするタイミングで、八木さんのチームにどの学生をアサインするかがとても重要でした。元気で、何かやってくれそうで、「普通」でない何かをもった学生でないと、歴史に残る「八木さん初代4年生」は務まらない(ふさわしくない)と思っていました。藤木君をそのonly one studentに選んだことは大正解でした。研究室を常に盛り上げてくれるサービス精神と行動力に加えて、その圧倒的にユニークな考え方と趣味嗜好でメンバー全員を常に爆笑に包んでくれています。とことん愛すべきキャラです。
藤木君に託すテーマもかけがえのないものにしたいとの思いが当時とても強くありました。結局藤木君に渡したのは、化学者であれば誰でも知っている、共役分子一般についてまわる「難溶性問題」の解決でした。この難問に一つの答えを出したく、八木さんと意気投合したプロジェクトでした。研究室に入るやいなや、誰もが避けて通る問題に向き合わされ、研究をゼロから立ち上げ、自ら道を切り拓くという離れ技は藤木君にしかできなかったとつくづく感じます(藤木君、ごめん!4年生には酷な無茶振りだった!)。全く思うように研究が進まない時期が続いても、藤木君は決して諦めませんでした。そればかりか、藤木君はデンドリマーを使うという「答え」を自ら提案し、それをやって見せてくれました。見事というほかありませんでした。デンドリマーと芳香族ポリマーがまるで人形のように操られる、まさに藤木劇場でした。
研究者として大成長を遂げた藤木君を心の底から尊敬し、また感謝しています。最高のデビュー作です!藤木君、本当におめでとう!
まずはこのスポットライトリサーチムービーから御覧ください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
芳香族ポリマーは、多数の芳香環からなる巨大構造をとるため分子間での相互作用が強く働き、溶液中において凝集しやすく溶けにくいという性質があります。その性質により、精密合成や応用展開、ポリマー主鎖が本来有する性質の評価が阻まれていました。主鎖が難溶性の芳香族ポリマーは、一般的にはポリマー主鎖に対してアルキル基やアルコキシ基などの修飾基を多数導入することで合成されます。修飾基はポリマー鎖の溶解性を向上させ機能を付与させる効果もある一方で、合成を多段階化させることや望まない物性変化をもたらすことがあり、問題とされています。
今回我々は、デンドリマーという樹状構造の分子を担体として用い、その上で芳香族ポリマーの合成を行いました。(図1) その結果、芳香環が約17個連結したポリチオフェンや、ポリパラフェニレン、ポリフルオレンやブロック共重合体など、様々な芳香族ポリマーを合成することができました。これらはヘキサンやTHF、クロロホルムなどの有機溶媒に可溶であるため、それを活かして吸収蛍光スペクトルなどの測定も行いました。さらに、芳香族ポリマーをデンドリマー担体から切り離し、完全に無修飾な芳香族ポリマーへと誘導することも可能です。(図1右上, 図2)
さらに、デンドリマー担体に連結された主鎖が剥き出しのポリチオフェンをシリカゲルやタンパク質へと移し替えることにも成功しました。(図1右下, 図3)この結果は、合成することが難しい無修飾の芳香族ポリマーを導入するための「試薬」として、本手法によって合成された分子を活用できる可能性を示しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
工夫した点は、標的とする分子群の選定です。初めは「完全に無修飾の難溶性芳香族ポリマー」を標的として始まった研究でしたが、この手法を開発する中で「主鎖がむき出しの可溶性芳香族ポリマー」も面白い合成標的なのではないか?という方向に研究が進んでいきました。最終的には、後者を主軸に据えた論文となりつつも、前者へも1段階でアクセス可能な合成法に仕上がったため満足しています。デンドリマーからポリチオフェンを切り離して得られたものの質量分析を行い、目的の無修飾ポリチオフェンに相当する質量分布が観測された時に深夜の測定室で絶叫したことは一生忘れられない思い出です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
得られた化合物が目的のものであるということの証明に苦労しました。この研究では、質量分析や動的光散乱、赤外分光などの間接証拠を積み上げることで目的の分子が得られたことを証明しています。当時はNMRと簡単な質量分析程度しか経験したことがなかったため、各種測定に詳しいスタッフや学生に声をかけて測定法やスペクトルの解釈について積極的に議論するよう心がけました。自分一人では間違った解釈に陥ってしまう可能性もあるため、自分の意見を持った上で、より詳しい人にご意見を頂くことを意識しています。また、複数回のリビジョンの際に頂いたご指摘も、測定限界などが理由で直接的に回答することが難しく苦労しましたが、最終的には複数の間接証拠を揃えることで納得していただけました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
来年度からは企業の研究者として、化学と関わっていく予定です。これまでの研究室での研究とは様々な点で異なることが予想されますが、実験結果に一喜一憂していた初心を忘れず、何歳になってもテーマ立案や試行錯誤を全力で楽しみ続けていたいです。小学校の頃から化学が大好きだったので、人生を通して何らかの形で化学に関わり続けていたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。学部時代からずっと見ていたケムステに掲載していただけること大変嬉しく思います。この研究は、助教として八木先生が着任されたタイミングで私が研究室に入り、始まったプロジェクトでした。論文として投稿するまでに4年半も掛かってしまいましたが、そのうち初めの2年半(M2の夏ぐらいまで)は殆ど成果がないような状態でもありました。研究は往々にして失敗の連続ですが、そんな中でも一つ一つの実験や測定の結果と真摯に向き合い続けていればいつか報われると信じています。私なんかが言うのは烏滸がましいですが、同じように泥臭く、悩みも多い研究をしている人たちへの一助となれば幸いです。
最後になりましたが、自身の研究に対してはかなり奔放で裏実験などもする私を咎めることもなく優しく気長に見守ってくださるとともに、活発な議論をしてくださった八木亜樹子特任准教授と伊丹健一郎教授にこの場をお借りして感謝申し上げます。その自由度と熱意、そして研究室の皆様の助けがあってこそ生まれたアイデアと論文です。
研究者の略歴
名前: 藤木 秀成(ふじき しゅうせい)
所属: 名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域 有機化学研究室
研究テーマ: 「無修飾π共役分子の合成手法開発」
略歴:
2018年3月 名古屋大学理学部化学科 卒業
2020年3月 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)博士前期課程 卒業
2020年4月〜現在 名古屋大学大学院理学研究科理学専攻 物質・生命化学領域 博士後期課程(現D3)
2020年4月〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)