ツイッターでDMFとTolueneは共沸しないという事実を教わり,分液(絶対的な第一選択)が無理な場合「え?分液無理だったの?んー…ほなとりあえずトルエンで共沸させれば多少飛ぶでしょ。ある程度減ったら真空に一晩ひっかけてからシリカ高く積んで気合カラムやね!」とゴリ押しの中にさらに無駄な濃縮工程を後輩にさせていたことを深くお詫びするとともに,よくもまあちゃんと調べずにSNSでつぶやいたことをここで深謝致します。DMFの共沸点については簡易ですが調べましたので記事下記の関連文献を参考にして頂ければ幸いです。もし他の文献情報・実験事実があれば連絡お願い致します。
ポンコツシリーズ
海外編:1話・2話・3話・4話・5話・6話・7話・8話・9話・10話
第11話:ポンコツ博士,データをとる
ポンコツ解析班,データ取りに奔走する
ボッスがD5生達のDefenceスライドおよびThesis内容を確認し始めたときに中間体のデータがちょくちょく揃っていないことが発覚した。筆者も加入直後に「ここのee%のデータいらないの?キラルカラムはここにある?NMR以外の測定はどうするの?」等を聞いていたが,スピーキング,リスニングスキルが乏しすぎて当ラボのデータ管理についてきっちり把握していなかった。英語をペラペラになる必要はないが,最低限のサイエンスコミュニケーション力は養わなければ…とつくづく思った。ちなみに,まだラボの共有フォルダにアクセスできないので困っている。
蓋をあけてみると序盤の化合物の13C-NMRが結構なく,旋光度とIRに関してはほぼ全ての化合物で皆無だった。合成した化合物が前回の類似体だからといえども序盤の中間体を1H-NMRとMSだけで判断したのはちょっと暴挙でしょう…と思った。筆者らが作っていた化合物はジアステレオマーができる可能性があり,1H-NMRだけでは判断しにくい。鍵中間体の2DNMRや単結晶のX線構造解析を終えていたとはいえ,研究スタンスに怖さを感じた。
当たり前のようにボッスから「データを揃えなさい」とお達しが出たので,筆者らはデータ取りを開始した。
ポンコツ博士(薬学),日本の教育を振り返る
このタイミングで日本の大学でPh.Dを取得した方が新たなチームメンバーとして参加された。新ポスドクの方も筆者と同じことを彼らに聞いており「データをしっかりとる,管理する,確認する」ということを習慣づける教育は日本の方が遥かにしっかりしているなぁと思った。
筆者は研究生活で「データないの怖いですよねぇ…。ところで大谷の試合いつ観に行くんでしたっけ?」などの愚痴と雑談を日本語でできるようになったのは大変ありがたかった。また,D5らが卒業して研究を一人でやり遂げる必要がなくなったのも嬉しかった。せっかく人海戦術の凄さに感動したのに,筆者の合成研究全盛期や隣のラボに数年前まで居た「Synthesize Machine」と呼ばれた日本人ポスドクの方ばりの畜生生活を送らなくて済むからだ。
ポンコツ研究者,過去の経験から備える。
サンプルデータがないことに関しては筆者もそれなりに修羅場をこれまで経験してきたのでこのような事態も慣れたものである。過去に自分や先輩のサンプル・データが無く,どれだけ憂き目にあったか常人では計り知れない。とりあえず20mgあれば最低限(H,C,IR,MS,旋光度)のデータや再結晶条件をトラブルなく再度確認できるという教育を受けたため,筆者は最先端であろうと合成サンプルを20-30mgほどキープするように心がけている。NMRの進化によってC-NMRが数mg+1時間以内でとれるようになったとはいえ,今も昔も「サンプルが目に見えて存在する。使うために」が基本であることは変わらない(あまり実践できてない)。
機器の性能が上がって少量で解析できる時代とはいえ,”他人が使いたい”と思う新規反応剤や化合物にするためには,目に見える量がいる。昔の先生はラボで開発した試薬を講演会や学会がある度に無償で配り,自分ら以外に使わせることで有用性を認知させて一般試薬まで普及させたという話を聞く。良いモノを作れば勝手に売れるというのは傲慢な嘘で,ちゃんと認知させれば売れるというのが真実だろう。
これらを踏まえて筆者は”必ず使える”に重きを置いたコンセプトと研究スタンスで物事に取り組もうと考えている。そして使える良いものと社会に認知される手段の1つとしてIF(impact factor)の高い論文を目指し,IFの高い論文に出すことが目的にならないように気を付けたい。IFの高い論文に出す行為は,自身の研究活動を第三者が簡便に評価できる指標のため,就活や研究費獲得に大きく影響するが,IFによってこれまで自分がやってきた結果に対する誇りと自信は揺らいではいけない。その他,IFの高い論文=広告効果が高い論文なので,中身が誇大広告にならないように繊細に気をつける必要がある。一方,筆者が日本の化学マニアIFが高いケムステでこんな記事を書いていること自体は,完全な誇大広告である
ポンコツ学者,サンプルデータについて考える
筆者の所属先は資金力が豊富で,合成に必要な試薬原料を3倍以上常にキープできるため,筆者は2回目の量上げで鍵段階前の原料を当初の予定より倍の量を調製した。したがって,筆者が行った全ての工程で20-50mg程度のpure化合物と100mg程度のcrudeをキープしており,3日以内で筆者担当分のデータを全部揃えることができた。一方,D5生らもフィニッシャー経験があることから不安定な化合物を除いて中間体やクルードをほぼキープしており,ない分は自己責任で作り始めた。彼らもサンプルの重要性を理解しており,Defenceに間に合いそうだったので安心した(HRMSの依頼を一挙に60個以上してたけど)。
とある日,筆者はボッスが全てのデータを細部までチェックしていたことに驚いた。ちょっと言い方が悪いが,所属先のボッスはお年を召してきており,年齢と重ねるとデータ確認が雑になりそうだなぁと考えていた。しかし,D5生がボッスに送ったPh.D thesisの草稿は,本文の内容添削はもちろんのこと,実験稿1つ1つの文章表現や13C-NMRの小数点・アサイン間違いを事細かに訂正した原稿として返ってきた。
そろそろ学生を募集せずポスドクだけのラボ運営に切り替える様子だが,アメリカでPI研究者として25年以上ラボを運営し,70人以上のPh.Dを輩出できた理由の一端を垣間見たと共に,研究者として全くブレていないボッスに強い尊敬の念を抱いた。もちろん,日本の恩師らも提出データをしっかり確認していてくれたが,65歳を超えてもその姿勢を貫けるか分からない(筆者も然り)。*恩師に関しては自分の目で生データや反応フラスコ,焼立てのTLCなどを見ないと気が済まない根っからのプレイヤータイプなので,出来なくなったらトロピカルジュースを飲みにハワイに移住しそうな気がする。
ポンコツ博士,過去から自戒する
博士の学位を取得して数年になるが,やっと最近になってデータを”しっかり細部まで“見ないことによるミスの怖さを実感してきた。薬剤師になって間違うことの怖さと”新人だろうと世間では立派な薬剤師さん”ということを覚え,社会経験を経た研究者として類比思考の結果,より感じるようになったのかもしれない。
データ解析・サンプルの状態において,共同研究者であろうが自分の出した結果であろうが何処か不思議な点や違和感に気付ける観察眼を常に持たなければならない。目の前に存在するモノの前には,一人でまだ実験できない学生,実験出来始めた修士,経験を経た博士,高明な教授であろうとこれまでの信頼性やバイアスを駆逐し,客観的に評価しなければならない。
D進してすぐに「研究者は共同研究者がいようが常に孤独で,他人の意見はあくまでもアドバイスに留め,自分の目でしっかり判断しないといけない。研究の世界で立場はおまけみたいなもんで,”結果や事実から正しい真実を導けたやつが正解で一番偉く”,下剋上できるから面白い」という言葉と,野依先生が執筆した「事実は真実の敵なり」の語源の由来,「学問と創造」を渡されて読んだ記憶を思い出した。筆者は鬼軍曹と呼ばれるほど鬼畜になる必要はないと思うが,コツコツ着実な成果を出してきたのに周りに物作りの本質を忘れて論文を出すことや目先の成果を出すことだけに囚われた者が現れると,直接でなくともたった1つのミスが命取りになるこの世界では厳しくならざる得ない理由が存在することもまた理解できる。
データに関しては日本の化学界隈で起きた研究不正が世間を賑やかせた時,アメリカの同僚ポスドクにも「このラボらの論文は読んだことあるよ。日本の研究は信頼性が高くてレベルも高いイメージだけど,日本の研究って派手な研究不正が定期的に起きるよね。どうやってするの(笑)?」というブラックジョークを喰らい,苦笑した。「目を通して自分がオッケーを出せば,その瞬間に自分の責任となる。誰かではなく自分がストッパーとして機能しなければならない」ことを忘れないように自戒を込めてここに書いておきたい。
ポンコツ筆者,暇つぶし行為を告白する
どこかしら上から目線の印象に見えるかもしれないが,筆者も学生時代に杜撰なサンプル管理や雑な実験ノートの作成,立体構造の読み間違いによる数日間の迷走,見通しの甘い合成等で殺されるかと思った大説教を喰らったことがある。だからこそ,こんなエッセイを読んでくれている人達には自分が失敗を経て大切だと思った感性を共有できればと実践できていないことがあるものの,恥を忍んで書いている。
高いIF論文は持ってない・責任筆者の論文もない・徳(=業績)を積んでいない駆け出しのヒヨッコが偉そうに…と思う方もいるだろうし「努力はしている!」と筆者も反論したい所だが,結果が伴っていないことに対する指摘には真摯に頭を下げたい。結果なき過程は無駄ではないが無力に等しく,どんなに泥臭さくても他者に見える形の結果を残さなければ,やってきた過程に意味を持たせられない。筆者の場合,留学期間中にこちらで論文を出すことがそれに繋がるのだろう。
一方,今後研究者として大成しなくても,筆者の好きな故野村克也氏の座右の銘である「金を残すのは三流,仕事を残すは二流,人を残すは一流」に則れば,このエッセイが誰かのD進のきっかけになって立派なPh.Dが誕生したら,Dの意思を紡げたことに満足して特に研究者人生に悔いはないだろう(でもプロセス重視主義のノムさんも後藤新平もまず自分で結果を残し,全てを揃えた超一流人だから説得力があるんだよなぁ…)。
無駄にアツくなってしまったが,筆者は諸事情で執筆期間中,暇なのだ。筆者の暇つぶしにもう少しお付き合い頂きたい。
〜〜次回に続く〜〜
関連リンク・関連文献
いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元。
後藤新平:こちらのリンクはWiki。ノムさんの座右の銘を最初に言った人。板垣退助が暴漢に刺された事件(板垣死すとも,自由は死せずで有名)で「閣下、御本懐でございましょう」の逸話でも有名な人物。最近の出来事からふと思い出した。
DMFの共沸について:筆者はそもそも共沸する展開に持っていかない反応系の設定と,H/A混合溶液(4:1)と水x3→飽和食塩水x1の分液で除くことが絶対的な第一選択だ。よっぽど無理なときにTolueneで共沸させていたつもりだったが,ただの濃縮だった(笑)。ちなみに現在のラボメンにco-evaporatedについて聞くと「共沸なんてナンセンスだろ!AcOEt/5%LiClaqの分液がスカッととれて最高だぜ!無理ならそのまま高真空ポンプに引っ掛けちまえ」と教えてもらった。
共沸データに関しては,常圧下p-キシレン80%/DMF20%で約134℃が一番良さそうだった。Twitterや論文のいくつかにシクロヘキサンやTFA等の共沸情報があったが,筆者の簡易な文献調査では具体的な数値を把握できなかった。Heptane共沸は95%/5%DMFで97℃まで下がる文献を確認したが,おそらく混ざらないのでToluene/水のようにちょっとだけを除く使い方が正しい気がする。
a) Horsley, L. H. Azeotropic Data—III; Advances in Chemistry; AMERICAN CHEMICAL SOCIETY, 1973; Vol. 116. doi:10.1021/ba-1973-0116. b) Azeotropic Data for Binary Mixtures. Handbook of Chemistry and Physics Online c) Li, M.; Xu, X.; Li, X.; Ma, K.; Qin, B.; Zhu, Z.; Wang, Y. Sci. Rep. 2017, 7, 9497. doi:10.1038/s41598-017-09088-2.