第418回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院 工学研究科 化学システム工学専攻 松尾研究室の小汲 佳祐(おぐみ けいすけ)さんにお願いしました。
松尾研究室では、フラーレンやカーボンナノチューブといったナノカーボン材料の創出や有機π電子共役系を使ったエレクトロニクスデバイスの高効率化研究、新たなメカノクロミック材料の開発などを行っています。本プレスリリースの成果は、機械的応力により色が変化するメカノクロミック材料についてで、これは圧力センサー、記録デバイス、ディスプレイデバイスなどへの応用が期待されています。研究の背景として、これまでは定量的に刺激を加える方法や色の変化を検出する方法が確立されておらず、メカノクロミズム現象は定性的な議論がほとんどでした。そんな中、先行研究においてフルオレンとアクリダンという骨格を二重結合で架橋した構造をもつ「フルオレニリデン-アクリダン」化合物が、分子構造の変化に起因したメカノクロミズムを示すことを本グループは報告しており、本研究ではこの「フルオレニリデン-アクリダン」を用い、これまで不明であった圧力応答性や応答の空間分解能について定量的測定を行いました。
この研究成果は、「Journal of Materials Chemistry C」誌、および名古屋大学プレスリリースに発表されました。
J. Mater. Chem. C, 2022,10, 11181-11186
研究室を主宰されている松尾 豊 教授より小汲さんについてコメントを頂戴いたしました!
小汲君は私どもの研究室で修士課程を修了し,東京都立産業技術研究センターに就職しました。昨今は博士の学位をもっていたほうが仕事を進めやすいということで,ドクターをとるために名古屋大学の社会人博士課程に戻ってきてくれました。社会人になった小汲君と再び研究をご一緒することになって,まず思ったことは一回り成長したなということです。研究室では押圧により吸収色が変化する材料を取り扱っており,熱力学的,速度論的な基礎的な研究も進めていましたが,押圧により色が変わる現象について,数値的に議論する定量的な知見が不足していました。そんな中、小汲君が所属する研究センターでは様々な装置が利用可能ということで学位論文の研究として,メカノクロミック材料の機械工学的な側面を数値で議論する課題を出しました。すると私が想定していた100%以上の研究成果を出してくれて,このメカノクロミック材料の研究が大きく進むことになりました。この研究を進展させる過程で,論文のパラグラフ構造や英文の組み立て方なども指導しており,小汲君は研究者として更にパワーアップした感じがします。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
外部からの機械的刺激により化合物の色が変わるメカノクロミズムと呼ばれる現象を定量的に測定した研究です。メカノクロミック化合物はその刺激応答性から、センシングデバイスやディスプレイデバイスへの応用が期待されていますが、実際には乳鉢で擦ったり、粉末を紙上に広げたサンプルに文字を描いて色の変化を示すといった定性的な例がほとんどでした。そこで本研究では、吸収色が変化するメカノクロミズムをもつオリジナルの材料を用いて(図1a)、その材料の圧力応答性や空間分解能の定量的測定を行いました。
真空蒸着とその後の溶媒蒸気暴露を組み合わせることで、圧力を加える前の黄色の均一膜を得ました(図1 b)。この膜に対してナノインプリントを用いて垂直応力を加えると、膜の色は黄から緑へと変化しました。プリント後の膜について色の変化を表面電位顕微鏡により検出すると、圧力の強さに対して線形的な応答を確認できました(図1c)。次に、圧力を加える範囲を任意に制御してプリントしたサンプルの測定を行うと、50 nm以下の微小な範囲でもメカノクロミズムが発現していることを証明しました(トップ画像)。これは本研究で用いた化合物のメカノクロミズムが分子構造の変化に由来しており、分子スケールの空間分解能を持つことを示しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
圧力応答前の黄色の薄膜を準備するところです。スピンコート法や真空蒸着法により成膜を試みると、圧力応答後の青色薄膜しか得られませんでした。そのため、如何にして応答前の黄色薄膜を得るかが本研究の最初の課題でした。そこで、この材料のメカノクロミズムの原理を、成膜検討の結果や量子化学計算から多角的に考察し、松尾先生にも何度もディスカッションにおつきあいいただき、分子間相互作用が重要であることをつきとめました。この推論を基に、真空蒸着後に貧溶媒の蒸気暴露処理を行うことで黄色薄膜を得ることができました。きれいな黄色薄膜を作製できた時はとてもうれしかったことを覚えていますが、実際にはようやく本研究のスタートラインに立てただけであることをすぐに思い知らされました(Q3に続く)。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
参考とする先行研究がなく手探り状態であったため、定量的な加圧/検出に適する方法を模索することに苦労しました。私自身は有機合成を背景としていますが、本研究はバイオセンシングやMEMSなど多様な背景をもつメンバーに共著者として入ってもらいました。彼らと議論を重ねることで、加圧/検出それぞれに適した装置を選出し、メカノクロミズムを定量的に捉えることに成功しました。詳細はプレスリリースをご確認いただけますと幸いです。
論文作成の段階でも、書き上げた初稿は研究成果を伝えたい気持ちが前面に出すぎており1つの論文として一貫性のない、ちぐはぐしたものになっていました。読者を考えて上手く文章をまとめることができずに苦労しましたが、松尾先生にご助言をいただきながら何度も原稿を修正し、完成した論文がアクセプトされた時はとても嬉しかったです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
本研究の成果は私一人で達成できたものではなく、多様な分野を背景にもつ共著者の皆様との相乗効果により得られたものだと思っています。議論を重ねるごとに、より良い方向(それも自分では考えもつかなかった方向)に研究が促進されたことに興奮したのを覚えています。自身の専門分野のみで小さくまとまらず、他分野とのコラボレーションが大切であることは頭ではわかっていましたが、本研究を通して身に染みて理解できました。
今後は、自分の見識を広げること・他分野への発展のアイデアを見逃さないことを心掛け、将来的に実社会に貢献できる研究ができればと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
本研究はとてもやりがいがあり、久しぶりに就寝間際まで研究について考える日々を過ごしました。ぜひ皆様も化学の沼にハマってみてはいかがでしょうか。困難な課題であるほど、解決した際の達成感もひとしおだと思います。
最後に、研究紹介の機会をいただいたChem-Stationスタッフの皆様に感謝申し上げます。また、本研究を行う機会をいただき、ご指導とご助言をいただいた松尾先生、共著者としてご協力いただいた永田晃基博士、瀧本悠貴博士、三柴健太郎様に深謝致します。
研究者の略歴
名前:小汲 佳祐(おぐみ けいすけ)
所属:名古屋大学工学研究科化学システム工学専攻
地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
研究テーマ:吸収色の変化を伴う基底状態のメカノクロミズムの定量的測定とセンシング特性を活かした応答展開
略歴:
2012年 首都大学東京 都市教養学部 都市教養学科 理工学系化学コース 卒業
2012年 東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻 修士課程 入学
2014年 東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻 修士課程 修了
2014年 地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター 入所(現職)
2019年 名古屋大学大学院 工学研究科 化学システム工学専攻 社会人博士課程後期 入学